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《本編》
69. 10年先も一緒だと信じてた…
しおりを挟む長峰家・応接室ー。
テーブルを挟んで、僕と彰宏さんは向かい合って、それぞれにソファーに座っているー。
彰宏さんを出迎えてくれたのは瑠偉くん。僕は応接室で緊張しながら待っていた。お母さんと華英ちゃんは、瑠偉くんのの指示で応接室の隣の客間にいる。
そして今、応接室には彰宏さんと2人きり。
話をする為に会ってるのに、互いに話の切り出し方が分からず、僕達の間には沈黙が横たわっていた。
その沈黙の中、僕は昨夜、僕の部屋に来てくれた瑠偉くんの言葉を思い出していた。
『琳、もしも…もしもの話だ。彰宏と話をして、あいつの話を聞いて、自分の気持ちと向き合って、その上でだ。やっぱり彰宏の傍にいたい、と思ったら、俺はそれでも良いと思う』
『………。え…?』
『離婚、彰宏は最後まで拒んでた。高槻社長に言われて離婚届にサインしたんだ。俺はあいつを赦すつもりはない。赦せる訳が無い。でも、俺が…俺達がそう思うのと琳の気持ちは別…だろ? 何処だって良いんだ。一度決めたからといって必ずその通りにしなければいけないという事もない。ただ琳が心のままに穏やかに過ごせる場所を…。琳の気持ちを尊重する。父さんと母さん、華英にも文句は言わせない』
僕の心のままに……。
胸の内で、瑠偉くんの言葉を反芻する。
僕は一つ大きく深呼吸してから、真っ直ぐに彰宏さんを見据えた。
「今日は此方まで足を運んでいただき、ありがとうございます」
僕は先に口を開き、お礼を述べた。まだ離婚していない僕達は本当なら自宅で話すべきなのに、僕の都合でこっちに来てもらったから…。
「いや、無理を言ってお願いしたのは俺だから…」
彰宏さんが首を横に振る。
「そ…その…。俺が訊けた義理じゃないが、体の調子はど…どうだ…?」
「うん。大丈夫。ありがとう」
短くだけれど「大丈夫」と答える僕。
でも、本当だよ? 内臓がどれくらいボロボロかは自分では判らないけれど、ご飯食べれてるし、夜はちゃんと寝れるし、少し疲れやすくなった実感はあるけれど、息苦しかったり痛かったりとかはないんだ。普通に生活出来てる。無理しない程度に…だけれど。
そう話せば、安心した様な顔をする彰宏さん。
僕から見れば、彰宏さんのほうが疲れてる様に見えるよ?
「貴方は? 疲れた様な顔してる」
僕が指摘すると、彼は「はは…」と力なく笑う。
「あ、うん。仕事は行ってる…けど、夜はあまり…寝れてない…かな…」
視線はしっかりと僕を捉えながら、少し困った様な…バツの悪そうな顔をして、彰宏さんは言った。
「…琳、俺な、今、自宅で独り…なんだ」
「……………」
そうなの?、と僕は返さなかった。祐斗さんと宏斗くんの所にいないの?、とも訊かない。僕に「会いたい」と言いながら、流石に彼らとの生活を変わらず続ける様な真似はしないと思う。僕の入院中も彰宏さんが自宅で1人で過ごしていた事は、こっそり瑠偉くんから聞いてたし。僕が居なくなった自宅に毎日帰ってるって、何の冗談かなぁ…とは思うけれど。
「…琳、寂しいよ…。君がいない家は寒い…。君は…ずっとこんな気持ちでいたのか…」
「……………」
後悔を滲ませた呟きにも、僕は応えない。
あの頃の僕の気持ちを身を以て知った貴方に、何を言えばいいの? 貴方が今独りで過ごして感じている気持ちを、僕は貴方の何倍もの期間味わっていたんだ、と責めればいいの? それとも、そうだね…と共感して欲しいの?
彰宏さんが何を求めているのかが判らなくて、僕は彼をじっと見つめた。
そうして、見つめ合うこと暫し…。
「…彰宏さん、僕ね、貴方の赤ちゃんが欲しかったの」
「…っ…!」
脈絡なく、何の前置きもなく放たれた僕の言葉に、彰宏さんが目を見開き息を呑んだ。
何から…どこからどう話せばいいのか考えてたんだけど、はた…と気付いたんだ。言葉を選ぶ必要なんて無いこと。本音で言いたいことを言えば良いんだってことに。最後なんだから…。
「本当はね、結婚したらすぐにだって赤ちゃんが欲しかった。でも、貴方が言ったから…。3年は2人きりで…って…。だから、言えなかった。貴方が望むなら…。3年くらいなら…。3年後でも僕はまだ若いんだから…。そんな風に自分に言い聞かせて、夫夫になったのだから、夫である貴方の意見を尊重しなきゃ…って…。だから、言えなかった」
それが始まりだったように思う。
「…ごめん。俺が既に決定事項の様に言ってしまったからだな。信じてもらえないかも知れないけど、琳の気持ちを無視したつもりはなかったんだ。琳がそんな風に思っていたなんて知らなかった。知ろうともしなかった。相談して、ちゃんと話し合うべきだった…」
「…うん。そうだね…。でも、僕も言わなかった。イヤならイヤって言えば良かったんだ。僕は早く貴方の子供が欲しいんだって。言い訳だったんだ。貴方を尊重したつもりで、実際は違う意見を言うのが怖かっただけ。貴方を信じていなかったからじゃない。僕がただ臆病だったの。貴方を困らせたくなかった。
それに……。
僕達は『番』だから、3年先の幸せを疑ってなかった。5年先.10年先も一緒にいるのだから、3年なんて大した期間じゃない…って思った…」
まさか、僅か1年で変わる…なんて、想像すらしていなかったんだ。彰宏さん自身も…だと思う。
「…琳……」
彰宏さんが切なそうな声で呟いたー。
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