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《本編》
70. ほんとうの"僕”
しおりを挟む「『あの日』、僕を先に家に帰した貴方は、帰って来なかった」
「っ!!」
僕の話は『あの日』まで飛ぶ。再び彰宏さんは息を飲んだけれど、言葉を発する事はなかった。まずは聞くに徹してくれるみたい。
「次の日、帰って来た貴方は、突発的な発情を起こしていた僕を抱いた。拒絶した僕を。あの時の事、僕、憶えてるんだよ?」
僕にとっては衝撃的な出来事だったから。
あの日あの時から、僕の頭の中や胸の内には、忘れられない記憶が蓄積されていったの。
「ねえ彰宏さん、自分で気付いてた? 貴方からは僕以外のΩの匂いがしたの。シャワーだけで洗い流せたと思ってた? あんな強烈な匂い、触れたくらいじゃ移らない」
「……………」
何も言えないでしょう?
僕、今日は思ってたこと全部『言う』って決めてたの。貴方との距離が拡がっていくのを感じる度に、言おうして言えなかったこと全部。
あの時、貴方を問い詰めて責めれば、貴方は隠さずに全て話してくれたのかな? それとも、言葉を濁して、誤魔化して、隠そうとしたのかな…?
「それからだったね。貴方が、番持ちのαには免除されている筈の泊まりがけの出張に行くようになったのは。僕は、貴方の立場なら有り得るのかなと思ってたんだけどね。決まって期間は3泊4日。僕の発情周期の直前。そして帰って来た貴方からはいつも僕以外の…同じΩの匂いがした。その時はまだ名前は知らなかったけれど、祐斗さんだよね? その頃には祐斗さんの生活の面倒を見てて、発情期の相手をしていた。番だから。でも、僕も番だよね? 祐斗さんの相手はするのに、どうして発情期の僕は相手をしてもらえなかったのかな?」
「…そ…それは…琳が……」
「僕が…何? 拒絶した僕が悪いって言うの?
僕、抑制剤飲んでたから覚えてるよ。僕が拒絶したこと。だって、不快だったの。貴方は僕のαなのに、他のΩの匂いがするんだよ? 気持ち悪い。他のΩを抱いた貴方に触れられたくなかった。結局、ピークには我慢出来なくて自分から求めちゃったけれど…。でもね、よく考えて? それ以前に、たとえ僕が番じゃなくても僕は貴方の夫だよ? 相手が番であっても、これって不貞だよね? それでも、僕が悪いの?」
「……………」
彰宏さんの言葉に被せる様に言った僕の言葉は、自分でも判るくらいトゲトゲ。つまり、恨み言。それでも、全部言うって決めた僕の言葉は止まらない。
「結婚2年の記念日を過ぎた頃から、貴方の帰宅は毎日深夜。僕は毎日、ご飯を作って待ってた。帰らない貴方を待って、諦めて1人でご飯を食べて…。貴方は夜中に帰宅してから食べてはくれてたけど、僕は少しくらい遅くたって、一緒に食べたかった。その日一日の事を話しながら。だって会話って大切でしょう?」
結婚してからの彰宏さんは、残業がある日でも遅くなる旨と帰れそうな時間を必ず連絡してくれて、多少遅くなっても僕は待ってて、一緒にご飯を食べていた。けれど、ある日を境に連絡なく帰宅が遅くなり…。この時も僕は訊けなかった。最初に訊いた時に「友達と会う」と言ったから、毎晩なんておかしい…と思いながらも、何度も訊いて不快な思いをさせたくない…と思ってしまったから…。そして、追い打ちをかける様に、変わらず出張だと偽って数日家を空ける彰宏さんは、僕の発情期が終わるまで帰って来なくなった。
「そうして、僕達の間に出来た溝はどんどん拡がっていって…。貴方は帰って来なくなった」
「…っ…」
「帰って来て僕と過ごしてくれるのは週末の一日だけ。ただ同じ空間にいるだけで会話は必要最低限だし、触れ合う事もないし、一緒にいる意味あるのかなぁ…って思った。だって僕、本気で思ってたんだもの。生存確認の為に帰って来てるのかなぁ…って」
「! ちがっ…!」
彰宏さんが焦った声を上げる。
うん。解ってるよ。違うってこと。『現在』はね。でも、あの頃は僕も精神的に辛かったから、本気でそう思ってたの。
そして今、僕の『話』を唇を噛み締めながら聞く彰宏さんは、信じられないものを見る様な顔してる。
そりゃあ、驚くよね。だって僕、出逢ってから…結婚してからも、貴方にこんなにはっきり、しかも辛辣な物言いをする事って、無かったもんね。感情的になったのだって、離婚を切り出した日が初めてだよ。自覚は無かったけれど、僕って『事なかれ主義』みたいなとこがあるみたいだから。
でも、きっとこうして言い出したら止まらないのも僕の本質なんだと思う。僕はΩだけれど、αの血も多分に入ってるし、お母さんや瑠偉くんを見てると、ね。間違いなく僕は息子であり弟…なんだよね。
だから僕は続ける。
「貴方は知ってるか知らないけれど、番持ちのΩはね、番以外のαを誘惑しなくなる代わり…かどうかは判らないけれど、発情期自体は番のαを求めて重くなる傾向があるの。番がいれば軽くなると思ってる人は多いけれど。確かに僕は、フリーの時より重くなってるみたい。貴方が一緒に過ごしてくれていた時は気付かなかったけれど、独りで過ごす様になって初めて気付いたよ…」
「……………」
その顔は…知らなかったんだね…。
でも、知らなかったは免罪符にはならない。
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