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If… 《運命の番》エンド ルート
86. 生への執着〜抗う決意〜
しおりを挟む〈リオンside〉
前触れもなく再開したリンの発情期。
医者の直感というべきか、悠長にしている猶予が無くなった事を悟った俺は、急ぎ『ある人』に連絡を取った。
在宅中に倒れたリンは、直ぐさま掛かり付けの…俺が勤務する病院に運ばれた。
診断結果は『発情症候群』。
つまり、発情期だ。
どうして今更…と俺も含め、リンの家族は誰もが思った事だろう。長らく発情抑制剤を服用していなかった事と、沖縄に来てからの規則正しい生活がΩの本能を再び目覚めさせたのではないか、とリンの担当医は言い、俺のバース医としての見解も概ね同じだが、それは決して喜べるものではなかった。リンにとっては…。
Ωにとっての発情期はあって然るべきものだが、数日続く発情期は身体に負担を強いる。それを軽減するのが抑制剤であり、αの存在だ。
けれど、現在のリンの体に抑制剤の使用はあまり望ましくなく、番とは体の関係も含めて別れた後。そもそも、行為自体がリンの身体に負担になる。
発情期の再来は、リン自身にも、そして家族にとっても、決して歓迎出来るものではなかった。
困惑する家族に担当医が告げる。今回の発情期を切っ掛けに今後も定期的、不定期的に関わらず繰り返された場合、確実に余命を縮める事になる…と…。
言葉を失くす家族。発情期の再来を止める事は出来ず、発情期を緩和してやる事も出来ず…。
絶望する家族に「少しの慰めになるのだとしたら…」と担当医が提案したのは、番のαの私物を用意することだった。リンが既に番と別れているからこその提案。そう、あくまでも慰め…だ。番の匂いに包まれれば心は満たされるが、体は満たされない。けれど、それで少しでもリンの心の慰めになるのなら…と、家族の間では、次の発情期に合わせてリンの兄のルイさんが、番から私物を借りてくる事にしたらしい。家族ではない俺は、後日、ノエルからその話を聞いた。
リンの入院期間は1週間。極弱い抑制剤を使用しながら、発情で苦しまないように、ほぼ眠らせていたらしい。リンが入院していたΩ病棟には医師といえどαは入れないから、ノエルが毎日病院に通い、リンに付き添った。
1週間後、退院したリンは、笑顔を見せてはくれたけれど、その顔には疲れが滲んでいた。
数日後、俺の元に『ある人物』から、待ちに待った資料データが届いたー。
ーーーーーーーーーーーーーーー
〈琳side〉
「リン、君が好きだ」
「………。…え…?」
突然再開した発情期で1週間の入院を余儀なくされ、無事退院したのは5日前。約2週間ぶりに会うリオンさんと並んで縁側に座り、日向ぼっこをしている時、リオンさんに告げられた「好き」の言葉。
自分が告白されたのだと気付くのに、数分の時間を要した僕。
え…? リオンさんが僕を好き…?
……………。
え…!?
「あ…あの…、それは…」
「もちろん恋愛としての好きだよ」
まともな言葉が出てこない僕に、リオンが恋愛の意味での『好き』だと、僕の耳元に囁くように言う。
「…!!!」
リオンさんの吐息が耳を掠め、ぞくりと全身が震える感覚と同時にふわりと微かに香る、恐らく…リオンさんのαフェロモン。
…………。
そっか。僕、他の人のフェロモン、判るようになったんだ。何だか安心する匂い…。僕に好意を持ってくれてるからかなぁ…。
でも、僕のフェロモンは……。
リオンさんには判らない…よね…。
だって僕は……。
「…ごめんなさい…。僕、番が……」
「うん。解ってる」
「だっ…だったら、どうして…」
「理屈じゃないんだ。君を…人を好きになるのに、理由なんかないよ。番持ちだから好きにならない、フリーだから好きになるわけじゃない。好きになったからって奪うのは違うけれど、想うだけなら自由だ」
「………。自由…」
「初めてリンを見た時、その笑顔に視線と心を奪われた。それが始まり。ノエルから、君が番持ちで、理由があって別れたけれど番の解消はしてなくて、君と番は別れても互いを愛してる…って知って…。それでも傍にいたいと思った。昨日より今日、今日より明日、会う度に好きが募ったけれど、この想いが形にならなくても、君が笑っていてくれて、そんな君の傍にいられるのならそれでいいって思った。思おうとした。でも、君の発情期が再開して、君の『現実』を改めて知って、後悔はしたくないと思ったから…」
「……………」
「君を救いたいんだ」
「…え…?」
救いたい…? それはどういう…。
意味が解らず、首を傾げた。
今僕に告白したのは、僕がもうすぐ死ぬから言わずにいて後悔したくないから…じゃないの…?
僕を救う…って、どういう意味…?
「リンの気持ちを教えて」
解らなくて、頭の中でぐるぐる考えていたら、返事を促された。
気持ち…。僕の気持ち……。
「で…でも僕、番がいて…番契約も解消してなくて…」
そんな言い訳じみた事を口にしていた。
自分の気持ちにはとっくに気付いているのに…。
リオンさんと出逢ってからは彼と過ごす時間が楽しくて、幸せで、自分が番持ちである事も…Ωである事すら忘れる事も少なくないのに、夜1人になると番の事を想い、Ωの自分を再認識する…を繰り返す日々…。
リオンさんに惹かれているのに、想う事すら番に対する裏切りに思えて…。あの人にはもう1人の番がいて子供までいるのに…。あの人が先に裏切ったのに…。
どうして僕だけ…こんな気持ち……。
「教えて?」
リオンさんは笑顔で再び請う。
優しい、僕の大好きなリオンさんの笑顔…。
言ってもいいの…? 本当に…?
「…好き…です…」
小さな声で想いを告げた。
僕はリオンさんが好き。好きになった。
でも…。
「好きになったんです、貴方を。貴方と過ごす毎日は楽しくて、幸せで…。でも、僕は番を…あの人の事が忘れられないんです。Ωの本能なんだと思います。そこに恋愛感情が無くなっても、僕はきっと番に囚われたまま…。一生、逃れられない。それに、たたえ貴方と恋人になれたとしても、僕の体は貴方を受け入れられないから…」
こんなのは不誠実だし、真の意味て愛し合う事は出来ないんだ、と言外に伝えながら首を振る僕に、リオンさんは…。
「リン、愛してる」
「…っ…!!」
真摯な眼差しで僕を見つめながら言外に告げられ、それを理解した瞬間、視界が滲んだ。
どんな僕でもいいんだ、と伝えてくれたから…。
「僕で…いい…の…?」
「リンがいいんだ。君の全てが愛おしい」
英語で愛を囁かれ、とうとう僕の涙腺が決壊した。
涙を流す僕の手を、リオンさんがそっと握った。きゅっきゅっと軽くにぎにぎを繰り返す。
「どう? 俺に手を握られて、不快じゃない?」
「…?」
問われた事の意味は解らなかったけれど、不快ではないから僕は首を横に振った。それに頷き返したリオンさんは、今度は僕の濡れた頬に触れる。
「これは? 不快じゃない?」
僕は再び首を横に振った。
「じゃあ…これは…?」
ふわり……
今度は抱きしめられた。包み込むように、ふんわりと…。リオンさんのフェロモンが鼻腔を擽る。
「急に抱きしめて、ごめんね? イヤじゃない?」
僕は先の2回よりも激しく首を横に振った。
イヤじゃない。…けれど、0距離の接近に胸の鼓動が速くなる。好きな人に抱きしめられて、ドキドキしないわけがない。
「…よかった。軽い触れ合いなら大丈夫だね」
体を離しながらリオンさんか呟いた。
「え…?」
「じゃないと困るよね。誰に触れられても拒絶反応おこしてたら、番持ちのΩは家族や友人、自分の子供とすら触れ合えなくなってしまう」
「あ……」
そっか…。リオンさんは確認してくれたのか。
番持ちのΩは番以外に触れられると拒絶反応を起こすと言われてるから、どこまでなら許されるのか、を。
「リン、俺はこうして軽く触れ合えるだけでも幸せだから、今は深く考えないで」
もう一度、リオンさんは僕の両手を取った。
「リン、一緒に戦おう」
「え…。戦う…?」
「うん。リンは運命を受け入れてるんでしょう?
俺は、諦めてほしくない。俺が傍にいるから、生きる事に執着してほしい。運命に抗ってほしい。一緒に頑張ろう? でも…それでも、どうしてもダメだったら…。俺が最期まで一緒にいるから…」
「!!!」
リオンさんの頬を涙が伝う。胸が締め付けられる。
こんなにも…こんなにも僕の事を想ってくれる。
リオンさんが愛おしい。離れたくない…。
もし…もしも叶うなら僕は…。僕だって……。
僕の瞳からも、止まりかけていた涙が再び溢れた。
「僕…生きたい…。本当は…死にたくない…。やりたい事…いっぱいあるのに…。生きたいよ…」
本当は死にたくない。もっと生きたい。
余命…!? ふざけないでっ! 僕はまだ若いんだ! まだまだいっぱい、やりたい事があるの!
心の中で叫ぶ。
いつしか諦める事を受け入れる事が当たり前になっていた僕の、内に秘めた叫びだった。
「必ず…助ける…」
再びふわりと抱きしめられた僕の耳に吹き込まれる、愛しい人の呟き。
「…うん…。僕も…抗うから…」
僕は腕を上げて、愛しい人の背中に回したー。
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