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彼女が出ていくその前は
母は嘘を一つ、つきました
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私はシルベスター伯爵夫人。現シルベスター伯爵に18歳で嫁いで28年になる。この大陸は不安定で、いつもどこかで戦争が起こっている。我が国も例外ではなく、期間をあけて不定期的に起こされる隣国との戦争が、今まさに終結を迎えようとしていた。
こんなご時世だから、貴族の子息は騎士学校に通う事が義務付けられている。戦争の前線に繰り出されるのは平民の兵士だ。兵士の士気を高めるために、どうしても貴族が陣頭指揮をとらねばならない。『私たち貴族も命を張っている』姿勢を見せつけるために…
いくら明日の命も知れぬ兵士に比べたら安全な場所にいるとはいえ、貴族である騎士が巻き込まれる事もある。我が伯爵家でも、この大戦が始まって間もない頃に戦場で長男を亡くしていた。爵位を継ぎべき嫡男を亡くす。それは貴族によくある話。だからこそ、貴族はたくさんの子供を持つ。当然一人の妻にまかないきれるはずもなく、男爵・子爵家では1人、伯爵・侯爵・公爵家では2人、王族では3人と、正妻とは別に第2夫人以降が認められていた。
私は今、馬車にのり、侯爵家に嫁いだ次女の元に向かっていた。
「ユカリナ…」
「…」
どうやら事前に知らされていなかったようだ。私も事情を知って急いで駆け付けたものの、今まさに結婚式を挙げているという。呆然とする大切な娘を抱きしめる。
私が駆け付けた理由。それは、娘の夫であるエルバード侯爵家の嫡男ディランが、戦場から一人の女性を連れ帰ったと噂に聞いたから。
あぁ貴女もなのね…
私は彼女を抱きしめたまま、静かな口調で語りかける。
「貴女も知っているでしょ?たくさんの子供を持つ事は、貴族の義務よ」
そう、義務なのよ。
「ディラン様が他の女性を娶るのも、義務を果たすためには仕方のない事よ」
分かってる。
「この大戦で亡くなってしまったけれど我が伯爵家を継ぐべき嫡男を産んで下さったのも、貴方の異母でしょ?」
葬式の後、こっそりと一人で祝杯を上げた。
「今では、彼女の二人目の息子である、貴女と同じ年の異母兄が後を継ぐべく伯爵家を盛り上げてる」
悔しい。
「三人目の息子である貴女の異母弟もまだ幼いけれど将来有望よ」
なんで貴女たちだけ…
「でも子供の数や性別ではないわ」
本当にそうかしら
「旦那様は正妻を優先すると決まっているの」
私は、貴方に愛されたかった。
「大丈夫、第2夫人はあくまでも第2夫人」
勝ち誇ったあの女の顔が目に浮かぶ。
「私は貴女や、貴女のお姉様を産めて幸せよ」
本当は男児を産みたかった…
ユカリナは泣き崩れた。
私の夫には、私の他に2人の妻がいる。
結婚して半年後、お腹に子供を宿す中もう一人妻が増えた。私が一番初めに出産した。女児だった。次はあの女が子供を産んだ。後継ぎとなる男児の誕生だった。その次もあの女で、また男児を産んだ。そのすぐ後に生まれた私の子供は、また女児だった。その後、夫は長期間家を留守にした。戦争が起こったのだ。4年と言う長い期間の中で何があったのかは分からないが、夫は若い娘を連れ帰って来て第3夫人とした。その女は数年後男児を産んだ。夫の寵愛はいまだその女が独占している。
第2夫人は後継ぎを残した。第3夫人は夫の寵愛を得ている。第1夫人である私は、夜会などでは正妻の同伴しか認められていないため、伯爵の正妻という名誉だけを授かった。
本当はその全てが欲しかった。貴方に愛され、貴方そっくりの男児を産み、貴方の妻として社交に勤しみ…。そんな叶うはずのない夢を見ていた。私は偽りの仮面を張り付けていた。正妻と言う、他には何も待たない女に最後に残された、私の矜持を守るための仮面。
貴女を産めて良かったと思っているのは本当よ。だから、大切な貴女が心を壊さないように‥私の仮面をあなたにも授けましょう。
私は、貴女に嘘を付く。
「私は、貴女のお父様と結婚で出来て幸せです。今は辛くても、いつかディラン様と結婚出来て幸せだったと思う日がくるでしょう。今は、黙ってついていくだけで良いのです」
私が、こんな見え透いた嘘を付かなかったのなら、もしかしたら貴女はあんな結末を迎えることはなかったのかと思うと、私の胸は張り裂けそうになる。
こんなご時世だから、貴族の子息は騎士学校に通う事が義務付けられている。戦争の前線に繰り出されるのは平民の兵士だ。兵士の士気を高めるために、どうしても貴族が陣頭指揮をとらねばならない。『私たち貴族も命を張っている』姿勢を見せつけるために…
いくら明日の命も知れぬ兵士に比べたら安全な場所にいるとはいえ、貴族である騎士が巻き込まれる事もある。我が伯爵家でも、この大戦が始まって間もない頃に戦場で長男を亡くしていた。爵位を継ぎべき嫡男を亡くす。それは貴族によくある話。だからこそ、貴族はたくさんの子供を持つ。当然一人の妻にまかないきれるはずもなく、男爵・子爵家では1人、伯爵・侯爵・公爵家では2人、王族では3人と、正妻とは別に第2夫人以降が認められていた。
私は今、馬車にのり、侯爵家に嫁いだ次女の元に向かっていた。
「ユカリナ…」
「…」
どうやら事前に知らされていなかったようだ。私も事情を知って急いで駆け付けたものの、今まさに結婚式を挙げているという。呆然とする大切な娘を抱きしめる。
私が駆け付けた理由。それは、娘の夫であるエルバード侯爵家の嫡男ディランが、戦場から一人の女性を連れ帰ったと噂に聞いたから。
あぁ貴女もなのね…
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「貴女も知っているでしょ?たくさんの子供を持つ事は、貴族の義務よ」
そう、義務なのよ。
「ディラン様が他の女性を娶るのも、義務を果たすためには仕方のない事よ」
分かってる。
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「今では、彼女の二人目の息子である、貴女と同じ年の異母兄が後を継ぐべく伯爵家を盛り上げてる」
悔しい。
「三人目の息子である貴女の異母弟もまだ幼いけれど将来有望よ」
なんで貴女たちだけ…
「でも子供の数や性別ではないわ」
本当にそうかしら
「旦那様は正妻を優先すると決まっているの」
私は、貴方に愛されたかった。
「大丈夫、第2夫人はあくまでも第2夫人」
勝ち誇ったあの女の顔が目に浮かぶ。
「私は貴女や、貴女のお姉様を産めて幸せよ」
本当は男児を産みたかった…
ユカリナは泣き崩れた。
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第2夫人は後継ぎを残した。第3夫人は夫の寵愛を得ている。第1夫人である私は、夜会などでは正妻の同伴しか認められていないため、伯爵の正妻という名誉だけを授かった。
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注意)ほぼコメディです。
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※無断転載・複写はお断りいたします。
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