あなたに嘘を一つ、つきました

小蝶

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彼女が出ていくその前は

神父は今日も嘘を一つ、つきました

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 私は今日も嘘をつく。

 
 私はこの教会で神父をしている。

 もともと教会関係者だった訳ではなく、20年程前の戦争で利き手である右腕を失い右足にも障害が残った、貧乏な家の生まれで兵士として生きるしかなっかった私の再就職先だ。私はまだ恵まれているのかもしれない。兵士として得るよりは少ない給金だが、あの地獄へと向かわないで済む。20年以上たっているのに、色あせる事なく私の安眠の邪魔をする、赤く染まった戦場の悪夢。私と共に戦っていた部隊は全滅した。


 春の麗らかな空気が心地よい、晴れ渡る空の元、目の前には一組のカップル。

 まるで自分たちしかこの世界にいないような、二人の世界を作り上げ見つめあう新郎新婦に、無意味な愛を問う。


「新郎ディラン・エルバード」

 今回は侯爵家の坊ちゃんか…

「あなたはここにいるシェリー・ロワイルを、」

 子爵家の娘。確か二女だった。いや三女だったか…?

「病める時も、健やかなる時も、」

 忘れたのか?

「富める時も、貧しき時も、」
 
 お前、4年前にもここで誓っていたんだぞ。永遠の愛を

「妻として愛し、敬い、」

 とても綺麗な女性だった。

「慈しむ事を誓いますか?」

 不自由でしょうと私に杖を送ってくれた心優しき女性。

「誓います」

 
 新郎の誓いを受け、隣に立つ新婦に向き直り定例となる言葉をかける。

「新婦シェリー・ロワイル」

 まぁ割と可愛い方か…

「あなたはここにいるディラン・エルバードを」

 子爵の娘が侯爵の嫡男なんて、随分上玉をゲットしたな。

「病める時も、健やかなる時も、」

 せっかく手に入れた結婚相手玉の輿だ。

「富める時も、貧しき時も、」

 せいぜい逃がさないように努力して守るんだな。 

「夫として愛し、敬い、」

 人の不幸の上に成り立つ幸せを。

「慈しむ事を誓いますか?」

 相手は侯爵。まだもう一人妻が増える可能性だってあるんだぞ。
 
「はい。誓います」


 戦争が始まると、私は忙しくなる。なぜだか結婚式が増えるんだ。中には戦場で結婚する者もいるらしい。最初は戦争へ向かう男のために、生きる事を諦めないための枷を付ける為に結婚をと、平民と同じ思考から来ているのだと思ってた。でも違った。私にこの立場を譲ってくれた、同じような境遇の元兵士である前任の神父に聞いたんだ。

 『吊り橋効果って知ってるか?』

 初めて聞いた言葉だった。吊り橋の上のような不安や恐怖を強く感じる場所で出会った男女が、恋愛感情を抱きやすくなる現象の事なんだそうだ。 まさに戦場はそんな現象が起こるにはふさわしい場所だった。ピンチに陥った二人が危機を共に乗り越えていくうちに、だんだん恋愛関係になっていく。でもそれは後方で指揮を取るだけの貴族様に限っての話だ。故郷に帰りたいと、愛する者のために帰りたいと、必死に生にしがみついていた使い捨ての兵士のその後ろで、貴族様は恋愛ごっこの真っ最中だったんだ。


 今回の大戦の主戦場となった土地の近くに領地を持つ子爵家の娘が、同じ戦場に赴いていた侯爵家の嫡男と結婚。簡単に想像が付く。あぁまたかって思った。子爵家の令嬢となれば、炊き出しや救護と言った後方支援には参加しなくてもいい。しかし、女性たちの間ではこの”吊り橋効果”は割と有名な話らしい。本来参加しなくてもいいのに、危険の中、健気に働く彼女たちはさぞ眩しく見えたんだろうな。

 どうせ

 『私たちの為に戦ってくれている、みなさんのお役に立ちたいんです』

 とでも言われたんだろう?あいつらは貴族の騎士の相手しかしないんだ。本当に戦っている私たちの世話をしてくれるのは、同じ平民の年老いた女性だけだった。


 私は、明日も同じ嘘を付く。

 結婚式を教会であげることすらできなかった、今は亡き兵士たちの冥福を祈りながら。

 偽りの神父による、心にもない言葉。


「夫婦として認めます。お二人の行く末に幸多からん事を祈ります」
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