当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

平山和人

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国境の検問所、重厚な石造りの砦の一室。エルナは今、豪華すぎる「監獄」に閉じ込められていた。 窓には魔力で強化された鉄格子。扉の前には、シオンが直々に選抜した「エルナを逃がさないためだけ」の精鋭騎士が並んでいる。


「……ありえない。本当にありえないわ」


エルナはふかふかのソファに沈み込み、天を仰いだ。 数時間前、彼女を抱き留めたシオンの腕は、震えていた。怒りゆえか、あるいは恐怖ゆえか。彼はエルナを馬車に押し戻すと、耳元で「もう、お前の望む自由はこの世界には存在しないと思え」と、愛の告白というにはあまりに物騒な言葉を吐いたのだ。


ガチャリ、と鍵が開く音がする。 現れたのは、夜会での正装から一転、黒い軍服を纏ったシオンだった。その瞳には深い隈が浮かび、どれほどの執念で彼女を追ってきたかを物語っている。


「食事は済んだか? エルナ」 「毒が入っているかもしれないと思うと、喉を通りませんわ。殿下、いい加減にしてください。私はただ、自分の人生を静かに過ごしたいだけなんです」 「静かな人生? 私を捨て、他国へ逃げ、名もなき男と添い遂げる人生か? ……そんなものは、私が許さない。お前を構成する髪の毛一本、吐息の一つまで、アステリア王家の管理下に置く」


シオンはエルナの傍らに膝をつき、彼女の指先を愛おしそうに、しかし逃がさないように強く握りしめた。


「どうして……どうしてそこまで私に固執するのですか? 以前は、私を見るたびに『不愉快だ』と仰っていたではありませんか」 「……不愉快だった。お前の愛が、あまりに眩しく、重かったからだ。だが、それを失うと分かった瞬間、私の世界は真っ暗になった。お前がいない未来なら、この国ごと灰になっても構わないと……そう思ったんだ」


その瞳に宿る、昏(くら)い光。 エルナは直感した。この男、私が前世を思い出すのと時を同じくして、何かが「壊れて」しまったのだと。 しかし、ここで諦めるエルナではない。彼女は隠し持っていた「商会特製・超強力催眠粉末」を、袖口からこっそりと取り出した。


「殿下、少しお顔を近づけてくださる?」 「……? ああ、ようやくその気になったか」


シオンが期待に満ちた表情で顔を寄せた瞬間、エルナは粉末を彼の顔面に叩きつけた。


「あばよ、重すぎる愛!!」


催眠粉末は確かに効いた。シオンは呆然とした表情でその場に崩れ落ちた。 だが、問題はここからだ。砦の外には数百の騎士がいる。 エルナはあらかじめ用意していた、シオンの軍服の替えを奪って身に纏い(サイズはガバガバだが、マントで誤魔化した)、窓からロープで脱出を試みた。


「あのおてんば令嬢……本当にやりおったな」


着地した先で待っていたのは、聞き覚えのない低い笑い声だった。 そこに立っていたのは、アステリア王国の騎士ではない。漆黒の毛並みの馬に跨った、銀髪の青年――隣国ソルスティアの第二王子、レオン・デ・ソルスティアだった。


「レオン殿下!? なぜここに……」 「我が国の国境付近で、隣国の王子が軍を動かしているんだぞ? 偵察に来るのは当然だろう。それよりも、逃げるのを手伝ってやろうか? 面白そうな令嬢(エサ)を見逃す手はない」


レオンは不敵に笑い、エルナに手を差し伸べた。 彼は乙女ゲーム『クリスタル・ローズ』において、シオンの最大のライバルであり、同時に「最も食えない攻略対象」として知られていた男だ。 毒を食らわば皿まで。エルナはその手を取り、彼の馬へと飛び乗った。


「助かります! 条件は何でも飲みますから、今すぐこの国境を越えてください!」 「ははっ、いい返事だ。……おい、アステリアの騎士どもに伝えろ! この令嬢は我が国が『亡命希望者』として保護するとな!」


レオンの号令と共に、ソルスティアの精鋭たちが動く。 背後の砦からは、早くも目を覚ましたらしいシオンの、地獄の底から響くような怒号が聞こえてきた。


「エルナァァァ!! 逃がさん! 地の果てまで、黄泉の国まで追い詰めてやる!!」


霧の中に消えていく国境。エルナはひとまずの自由を手に入れたが、隣に座るレオン王子の「狩人」のような視線に、新たな波乱の予感を感じずにはいられなかった。
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