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レオンの手によってエルナが連れ去られた後、砦の執務室でシオンは血が滲むほど拳を握りしめていた。 周囲の騎士たちは、見たこともない主君の荒れ様に、息を殺して震えている。
(まただ……また、お前は私の前から消えるのか)
シオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この人生が「二度目」であることを知っている。
一度目の人生。彼はエルナの愛を疎ましく思い、彼女を冷遇した。結果、エルナは絶望の中でゲームのシナリオ通りに罪を犯し、処刑された。 彼女の首が跳ねられた瞬間、シオンは自分の心に開いた巨大な穴に気づいた。彼女がいない世界は、色彩を失い、ただの瓦礫の山にしか見えなかった。 その後、彼は国を捨て、魔術の禁忌を侵して時間を巻き戻したのだ。
(今度こそ、お前を救おうと決めた。お前が私を嫌ってもいい。憎んでもいい。ただ、私の目の届く場所で、生きていてくれればそれでよかったのに……!)
今世のエルナは、なぜか以前よりもずっと賢く、そして強かった。 彼女が自分に向けた「無関心」な瞳。それが、一度目の人生で彼女が処刑台で見せた、枯れ果てた瞳と重なって、シオンを狂わせる。
「レオン……貴様だけは許さない。我が国の至宝を、その汚い手で触れるな」
シオンは傍らにあった地図を、剣で真っ二つに切り裂いた。 「全軍に告ぐ。ソルスティアとの国境に全戦力を集結させろ。これは戦争ではない。……ただの『奪還』だ」
愛ゆえの狂気は、もはや一国の存亡すら天秤にかけるほどに膨れ上がっていた。
隣国ソルスティアの王宮。 エルナは「亡命令嬢」として、レオン王子の離宮に滞在していた。 レオンはエルナの商才と、ゲームの知識(彼女にとっては「勘」と言い張っている)を高く評価し、彼女を自分の軍師兼秘書として雇い入れた。
「エルナ、君が提案した新航路の関税案、あれは素晴らしい。アステリアの経済に大打撃を与えられる」 「それは良かったですわ。……まあ、あそこの王子が追いかけてこない程度の打撃にしておいてくださいね」
平穏な日々(シオンからの脅迫状が毎日届くのを除けば)を過ごしていたある日、王宮に一人の少女が訪れる。 プラチナブロンドの髪に、慈愛に満ちた瞳。 彼女こそが、ゲームの本来の主人公(ヒロイン)、ユリ・ノエルだった。
「エルナ様、お会いしたかったです……! あなたがいないと、この物語は始まらないのですから」
ユリの言葉に、エルナは嫌な汗が流れるのを感じた。 本来なら、ユリはアステリアの学園でシオンと恋に落ちるはずだ。なぜ彼女が、海を越えてここまでやってきたのか。
「ユリ様、どうしてここに? 貴女はシオン殿下と仲睦まじく過ごしているはずでは……」 「いいえ。シオン殿下は『エルナがいない世界など滅びればいい』と言って、私を地下牢に放り込もうとしたんです。命からがら逃げてきたんですよ」
(……あのクソ王子、ヒロインまで攻撃してるじゃない!)
エルナは頭を抱えた。 シナリオが完全に壊れている。ヒロインが王子から逃げ出し、悪役令嬢を頼ってくるなど、前代未聞だ。 しかし、エルナの脳裏に一つの「悪魔的な作戦」が浮かぶ。
「……ねえ、ユリ様。いっそのこと、私たち二人で新しい国でも作りません? 男なんて放っておいて、自由を謳歌するんです」 「まあ、素敵! エルナ様、私どこまでもお供しますわ!」
こうして、追いかける王子二人の思惑を余所に、逃げる令嬢と逃げるヒロインによる「最強の同盟」が結成されてしまった。 しかし、その背後には、怒り狂ったシオン王子の軍勢が、地平線を埋め尽くす勢いで迫っていたのである。
(まただ……また、お前は私の前から消えるのか)
シオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この人生が「二度目」であることを知っている。
一度目の人生。彼はエルナの愛を疎ましく思い、彼女を冷遇した。結果、エルナは絶望の中でゲームのシナリオ通りに罪を犯し、処刑された。 彼女の首が跳ねられた瞬間、シオンは自分の心に開いた巨大な穴に気づいた。彼女がいない世界は、色彩を失い、ただの瓦礫の山にしか見えなかった。 その後、彼は国を捨て、魔術の禁忌を侵して時間を巻き戻したのだ。
(今度こそ、お前を救おうと決めた。お前が私を嫌ってもいい。憎んでもいい。ただ、私の目の届く場所で、生きていてくれればそれでよかったのに……!)
今世のエルナは、なぜか以前よりもずっと賢く、そして強かった。 彼女が自分に向けた「無関心」な瞳。それが、一度目の人生で彼女が処刑台で見せた、枯れ果てた瞳と重なって、シオンを狂わせる。
「レオン……貴様だけは許さない。我が国の至宝を、その汚い手で触れるな」
シオンは傍らにあった地図を、剣で真っ二つに切り裂いた。 「全軍に告ぐ。ソルスティアとの国境に全戦力を集結させろ。これは戦争ではない。……ただの『奪還』だ」
愛ゆえの狂気は、もはや一国の存亡すら天秤にかけるほどに膨れ上がっていた。
隣国ソルスティアの王宮。 エルナは「亡命令嬢」として、レオン王子の離宮に滞在していた。 レオンはエルナの商才と、ゲームの知識(彼女にとっては「勘」と言い張っている)を高く評価し、彼女を自分の軍師兼秘書として雇い入れた。
「エルナ、君が提案した新航路の関税案、あれは素晴らしい。アステリアの経済に大打撃を与えられる」 「それは良かったですわ。……まあ、あそこの王子が追いかけてこない程度の打撃にしておいてくださいね」
平穏な日々(シオンからの脅迫状が毎日届くのを除けば)を過ごしていたある日、王宮に一人の少女が訪れる。 プラチナブロンドの髪に、慈愛に満ちた瞳。 彼女こそが、ゲームの本来の主人公(ヒロイン)、ユリ・ノエルだった。
「エルナ様、お会いしたかったです……! あなたがいないと、この物語は始まらないのですから」
ユリの言葉に、エルナは嫌な汗が流れるのを感じた。 本来なら、ユリはアステリアの学園でシオンと恋に落ちるはずだ。なぜ彼女が、海を越えてここまでやってきたのか。
「ユリ様、どうしてここに? 貴女はシオン殿下と仲睦まじく過ごしているはずでは……」 「いいえ。シオン殿下は『エルナがいない世界など滅びればいい』と言って、私を地下牢に放り込もうとしたんです。命からがら逃げてきたんですよ」
(……あのクソ王子、ヒロインまで攻撃してるじゃない!)
エルナは頭を抱えた。 シナリオが完全に壊れている。ヒロインが王子から逃げ出し、悪役令嬢を頼ってくるなど、前代未聞だ。 しかし、エルナの脳裏に一つの「悪魔的な作戦」が浮かぶ。
「……ねえ、ユリ様。いっそのこと、私たち二人で新しい国でも作りません? 男なんて放っておいて、自由を謳歌するんです」 「まあ、素敵! エルナ様、私どこまでもお供しますわ!」
こうして、追いかける王子二人の思惑を余所に、逃げる令嬢と逃げるヒロインによる「最強の同盟」が結成されてしまった。 しかし、その背後には、怒り狂ったシオン王子の軍勢が、地平線を埋め尽くす勢いで迫っていたのである。
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