当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

平山和人

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ユリの決死の転送魔法が辿り着いたのは、どの国家にも属さない中立地帯「自由都市連盟」の王都、リベルタスだった。 ここは商人、冒険者、そして訳ありの逃亡者たちが集まる、活気と混沌の街である。


「はぁ、はぁ……。さすがに、ここまで来ればシオン様も軍隊は動かせないはずよ」


エルナとユリは、街の路地裏で安堵の溜息をついた。 二人は偽名を使い、街の外れに小さな「香水と薬草」の店を開いた。エルナの現代知識と、ユリの聖女の力で作られたハーブティーは瞬く間に評判となり、二人はようやく「平穏な自由」を手に入れたかに見えた。


だが、開店から一週間。 店の向かい側に、突如として豪華絢爛な「宝石店」が開店した。 店主として現れたのは、見事な変装を施してはいるものの、隠しきれない王族のオーラを放つ黒髪の美青年。


「……いらっしゃいませ、お隣さん。私は宝石商の『シアン』と申します。以後、お見知りおきを」


エルナは持っていたティーカップを床に落として粉砕した。 「……シオン殿下、何をしてらっしゃるんですか」 「シアンだと言っているだろう。私はただ、隣り合った運命に従って店を開いただけだ。……ああ、エルナ。今日のドレスもよく似合っている。ストーカーではない、これは正当な市場調査だ」


シオンは軍隊で無理やり奪う作戦から、隣に住み着いてじわじわと外堀を埋める「執着ストーカー作戦」に切り替えたのだ。 さらに悪いことに、街の反対側からは、隣国のレオン王子も「貿易ギルドの代表」として視察に現れ、エルナの店を囲んで再び一触即発の事態に発展しようとしていた。



シオンとレオンによる「エルナ争奪戦」がリベルタスで繰り広げられる中、エルナはある異変に気づいた。 彼女の体が、時折透けるように薄くなり、心臓に焼け付くような痛みが走るようになったのだ。


「……これ、まさかゲームの『修正力』?」


エルナは前世の知識を総動員して考えた。 悪役令嬢であるエルナは、本来ならこの時期、王都で罪を暴かれ、処刑されているはずなのだ。 生き延び、さらに本来のヒロインであるユリと手を組んで逃げている現状は、この世界の「シナリオ」にとってあまりにも大きなエラーとなっていた。


その夜、エルナの前に、どろりとした漆黒の霧が現れた。 それは人の形を取り、エルナに死を宣告するように囁いた。


『……死ぬべき運命から逃れることはできない。悪役には、悲惨な最後こそがふさわしい……』


「いやよ。私は、私の人生を自由に生きると決めたの!」


黒い霧がエルナに襲いかかろうとしたその瞬間、部屋の扉が力まかせに蹴破られた。


「私のエルナに触れるな、紛い物めが!」


現れたのは、魔剣を抜いたシオンだった。彼はエルナを背中に庇い、その霧を魔力の炎で焼き払った。 シオンは青ざめた顔でエルナを振り返り、彼女の肩を強く掴んだ。


「……気づいていたのか。この世界の『意志』がお前を殺そうとしていることに」 「殿下……知っていたんですか?」 「一度目の人生で、私はこれに抗えなかった。だが、今は違う。エルナ、お前を連れ戻そうとしたのは、私の欲望だけではない。私の側にいなければ、世界はお前を消し去ってしまうんだ」


逃げれば自由になれると思っていたエルナ。 しかし、彼女の本当の敵は王子ではなく、彼女の死を望む「運命」そのものだった。 エルナは、大嫌いなはずのシオンの手に、思わずしがみついた。


「殿下……私、死にたくありません。自由になって、美味しいものを食べて、笑って生きたいだけなのに!」 「わかっている。……エルナ、これからは私の執着を利用しろ。お前を殺そうとする運命を、私がこの手で捻り潰してやる」


こうして、逃亡令嬢と執着王子は、世界そのものを敵に回した「共闘関係」へと、奇妙な進化を遂げることになったのである。
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