当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

平山和人

文字の大きさ
7 / 50

7

しおりを挟む
吹き荒れる雪風の中、シオンが放つ魔力によって世界は白一色に染まっていた。 エルナは、氷の上に跪き自分の靴に口づけをするシオンを見下ろし、震える声で問いかけた。


「……殿下、今、私の頭の中に流れてきたのは何ですか? あなたが泣きながら私を抱きしめていた、あの光景は……」


シオンの肩が微かに揺れた。彼は顔を上げ、氷のように冷たく、しかし地獄の業火のように熱い瞳でエルナを見つめた。


「気づいたか。……そうだ、エルナ。私は知っている。お前が処刑台に消え、私の心が死んだあの日のことを。お前のいない世界を私が自らの手で壊し、禁忌の魔術で時を戻したことを」


シオンの告白は、あまりに重く、残酷だった。 彼は一度目の人生で、エルナを冷遇し、彼女が追い詰められて罪を犯すのを止められなかった。彼女を失って初めて、自分の愛の深さに気づいたシオンは、国中の魔力と自分の寿命を代償に、時間を巻き戻したのだという。


「私は誓ったのだ。今世では、お前が私を憎もうと、蔑もうと、私の手の中に閉じ込めて守り抜くと。お前が死ぬ運命なら、その運命ごとこの世界を凍らせてやる」


(……嘘。この執着、重すぎるどころか「世界の理」を捻じ曲げた結果だったの!?)


エルナは戦慄した。彼女が前世の記憶を取り戻し、「逃げたい」と願ったことも、あるいはシオンが彼女を救おうとして歪んでしまった愛の結果なのかもしれない。 しかし、エルナはシオンの手を振り払った。


「殿下……それはあなたの『後悔』であって、私の『人生』ではありません。あなたが私を殺した過去があるなら、私は余計にあなたから逃げなければならない。だって、私の自由を奪っているのは、他の誰でもない……あなたなんですもの」


シオンの瞳に、絶望の色が広がる。愛ゆえの狂気は、皮肉にも最愛の女性からの「拒絶」をより強固なものにしてしまったのだ。



シオンの絶望に呼応するように、周囲の氷がさらに鋭く、巨大に成長していく。このままでは、商船もろとも全員が氷の檻に閉じ込められてしまう。 その時、凍り付いた商船の甲板から、まばゆい黄金の光が降り注いだ。


「シオン様、もうおやめください! その悲しみは、エルナ様を苦しめるだけです!」


光の主は、ヒロインのユリだった。彼女は「聖女」としての真の力――浄化の魔力を覚醒させていた。 黄金の光が氷を溶かし、シオンの荒れ狂う魔力を優しく包み込んでいく。


「ユリ……。貴様、なぜ邪魔をする。これは私とエルナの問題だ」 「いいえ! エルナ様は私の大切なお友達です! シオン様が彼女を縛り付けるなら、私がその鎖を断ち切ります!」


ユリの放った光がシオンの魔力を一瞬だけ無効化し、足元の氷が崩れ始めた。 エルナはその隙を見逃さなかった。彼女は腰に隠していた「商会製・煙幕魔石」を叩きつけた。


「ユリ様、今ですわ!」 「はい、エルナお姉様! 転送魔法、最大出力ーーーっ!」


二人の令嬢が手を取り合った瞬間、空間が大きく歪んだ。 シオンが手を伸ばしたが、彼の指先は空を切り、二人の姿は光の粒子となって消え去った。


後に残されたのは、ただ広大な氷の海と、膝をついて咆哮する孤独な王子の姿だけだった。 「エルナ……! どこへ行こうと無駄だ。お前の残り香さえあれば、私は何度でも地獄から這い上がってお前を見つける……!」


王子の執着は、もはや「恋」という言葉では説明できない、神話的な執念へと昇華していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…

甘寧
恋愛
主人公リーゼは、婚約者であるロドルフ殿下に婚約破棄を告げられた。その傍らには、アリアナと言う子爵令嬢が勝ち誇った様にほくそ笑んでいた。 身に覚えのない罪を着せられ断罪され、頭に来たリーゼはロドルフの叔父にあたる騎士団長のウィルフレッドとその場の勢いだけで婚約してしまう。 だが、それはウィルフレッドもその場の勢いだと分かってのこと。すぐにでも婚約は撤回するつもりでいたのに、ウィルフレッドはそれを許してくれなくて…!? 利用した人物は、ドSで自分勝手で最低な団長様だったと後悔するリーゼだったが、傍から見れば過保護で執着心の強い団長様と言う印象。 周りは生暖かい目で二人を応援しているが、どうにも面白くないと思う者もいて…

処理中です...