当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

平山和人

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観測者がエルナの言葉に目を細めた瞬間、空間が激しく揺れ動いた。 エルナの意識は、強制的に「一度目の人生」の深淵へと引きずり込まれる。


そこに見えたのは、断片的な記憶ではない。 冷遇され、孤独に震え、愛を求めて空回りし続けたエルナの「心」そのものだった。 そして、彼女が処刑された後……。


『エルナ……エルナ!! 嘘だ、目を開けてくれ!!』


血の海の中で、彼女の遺体を抱きしめて号泣するシオンの姿。 彼はその後、国を捨て、禁忌の魔導を求めて世界を放浪した。自分の腕を切り落とし、瞳を潰し、その痛みすらエルナを失った苦しみに比べればマシだと笑いながら、彼は魔導の極致に至った。


『神よ、もしお前がいるなら、彼女のいない世界など焼き尽くしてやる。……私を、彼女のいる場所へ戻せ。今度こそ、彼女を誰にも、運命にすら渡さない』


シオンが時間を巻き戻したのは、王子の責任感でも、正義感でもなかった。 それは、あまりに深すぎてドロドロに腐りかけた、純粋な「狂愛」だったのだ。


(……この人、本当に救いようがないわ)


記憶の渦から戻ってきたエルナの頬を、涙が伝う。 目の前に立つシオンは、今世でも同じ瞳で自分を見ている。


「殿下……あなたは、私を救うために自分を壊したんですね」 「……お前に知られたくはなかった。私の愛は、お前にとって呪い以外の何物でもないからな」


シオンは自嘲気味に笑ったが、エルナはその胸ぐらを掴んで引き寄せた。


「ええ、呪いよ! 最高に重くて、大嫌いで、逃げ出したいほど気味の悪い呪い! ……だからこそ、私に責任を取りなさい。一人で勝手に消えて清算するなんて、絶対に許しませんから!」


エルナの叫びに呼応するように、彼女が持っていた鍵が眩い光を放ち始めた。それは、世界の記録を「閲覧」するものではなく、「修正」するためのマスターキーだったのだ。



「ユリ様、レオン殿下! 力をお貸しください!」


エルナが叫ぶと、神殿の入り口で防戦していた二人が、光の奔流となってエルナの元へ集まった。 聖女ユリの「創造」の力。 隣国王子レオン(世界の意志に操られた経験を持つ)の「破壊」の力。 そして、シオン王子の「執着(固定)」の力。


「私がこの鍵で、世界の中心にある『大本(ソース)』にアクセスします。皆さんは、その間、私を世界の修正力から守ってください!」


「……正気か、エルナ! 世界の意志に直接干渉するなど、精神が崩壊しかねないぞ!」 シオンが制止するが、エルナは不敵に笑った。


「大丈夫です。私、前世ではデバッグ作業(ゲームのバグ修正)のバイトで鍛えてましたから!」


(……嘘。そんなバイトしたことないけど、気分はそんな感じよ!)


エルナが鍵を宙に差し込むと、巨大な魔法陣が展開された。 無数の文字が空中を流れ、エルナの脳内に直接「世界の理」が流れ込んでくる。


『エラー:悪役令嬢エルナ・フォン・ラインハルトの生存。修正プログラムを開始します……』


「うるさい! 修正されるのはそっちよ! 『悪役令嬢』という属性を削除し、一人の『人間』として上書き保存!」


エルナの指が虚空を舞う。 彼女は自分の役割を消すだけでなく、シオンに課せられた「王子の義務」や、ユリの「聖女の宿命」までも、一つずつ「個人の自由」へと書き換えていく。


「な……何を!? 世界の理を根底から作り替えるというのか!」 観測者が初めて驚愕の声を上げた。


「そうです! これからは、誰が誰と恋をしても、どこへ逃げてもいい世界にするんです! 悪役もヒロインも関係ない、ただの自分勝手な人間たちが集まる世界に!」


エルナの全身から魔力が溢れ出し、神殿全体が白光に包まれる。 運命の糸が一本、また一本と断ち切られ、新しい「白紙の物語」が紡がれていく。
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