当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

平山和人

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「……シオン様、私たちが囮になります!」 ユリがレオンを促し、聖女の光を爆発させた。黄金の光が夜の王都を照らし、騎士たちの目を眩ませる。


「恩に着る、聖女。……行くぞ、エルナ。これが最後だ」


シオンはエルナを横抱きにすると、崖の上に立つ神殿に向かって魔力で跳躍した。 背後からは矢の雨と魔法の弾丸が降り注ぐが、シオンは一切振り返らない。彼の背中には、氷で作られた巨大な翼が広がり、迫り来る攻撃をすべて弾き飛ばしていく。


神殿の門前。そこには、黒いローブを纏った異様な集団が待ち構えていた。 「世界の修正力」が実体化した影の兵士たちだ。


「……邪魔だ。消えろ」


シオンの瞳が、深紅に染まる。 彼はエルナを降ろすと、彼女の前に立ち、剣を地面に突き立てた。 「【永久凍土(エターナル・ゼロ)】!!」


神殿の周囲数キロが、一瞬にして絶対零度の世界へと変貌した。影の兵士たちも、追ってきた騎士たちも、すべてが美しい氷像となって静止する。 シオンは大量の血を吐き、膝をついた。禁忌の魔術の連発は、彼の肉体を限界まで破壊していた。


「殿下! しっかりしてください、殿下!」 エルナが駆け寄り、彼を支える。シオンは震える手でエルナの頬を撫でた。


「……行け、エルナ。あの扉の先に、お前の『自由』がある。……私は、ここで残りの影を止める」 「何を言ってるんですか! 一緒に行くって言ったでしょう!」 「私は……お前を生かせるなら、ここで朽ちても構わない。それが、一度目の人生で犯した罪の、唯一の償いだ」


(ふざけないで。そんなの、私が許さないわ!)


エルナは、血に汚れたシオンの顔を引き寄せ、その唇を自分の唇で塞いだ。 驚きに目を見開くシオン。


「契約違反ですわ、殿下! 私は『相棒』だと言ったはずです。片方が死ぬなんて、そんな不公平な契約、私は認めません!」


エルナの体から、眩いばかりの「意志の光」が溢れ出した。 世界の台本を拒絶し、王子の執着すらも力に変えて生き抜こうとする、悪役令嬢の真の覚悟。 二人の魔力が混ざり合い、神殿の重厚な扉が、ついに音を立てて開き始めた。


その先に待つのは、世界を創造した「神」か、それとも虚無か。 二人の物語は、いよいよ最終決断の時を迎えようとしていた。



神殿の扉の先に広がっていたのは、黄金の宮殿でも、恐ろしい地獄でもなかった。 そこは、無限に広がる夜空のような空間に、無数の「本」が浮遊する巨大な図書館――「星辰の記録庫」であった。


「……ここが、世界の中心?」


エルナが息を呑むと、虚空から一人の老人が姿を現した。 白髪を長く引きずり、その瞳には銀河を宿したような不思議な人物。彼は「記録の観測者」と名乗った。


「ようやく辿り着いたか、イレギュラーの令嬢と、時を歪めた王子よ」


観測者の声には感情がなかった。彼は一冊の本を手に取り、それをエルナに見せた。 そこには、エルナが断罪され、処刑される様子が精密な挿絵と共に描かれている。


「この世界は、一つの完璧な『物語』として完成されている。悪役令嬢が死ぬことで、世界の秩序は保たれる。お前が生き延びれば、世界は均衡を失い、崩壊する。……シオン王子、お前は一度、それを目の当たりにしたはずだ」


シオンがエルナを庇うように一歩前に出る。その手はまだ震えているが、瞳には不屈の光が宿っていた。


「ああ、見たさ。エルナがいない世界が、どれほど空虚で、価値のないものかをな。均衡など知ったことか。彼女がいない平穏など、私にとっては地獄と同じだ」


観測者は静かに首を振った。 「ならば、お前たちは何を持ってこの『結末』を書き換えるというのだ? 代償なしに運命は変わらぬ。エルナを救いたければ、シオン、お前の存在すべてをこの記録庫の『燃料』として差し出せ。そうすれば、彼女はこの世界で自由な『モブ』として生きられるだろう」


(……出たわね、究極の自己犠牲。でも、私のシナリオにそんな展開はいらないわ!)


エルナは観測者の前に躍り出た。 「おじいさん、一つ勘違いしてらっしゃいません? 私たちは『代わり』を探しに来たんじゃありません。このクソみたいな『台本』を、根本からシュレッダーにかけるために来たんです!」


エルナの手には、父から託された鍵と、先ほどレオンから奪い取った「運命の糸」の残滓が握られていた。
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