当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

平山和人

文字の大きさ
14 / 50

14

しおりを挟む
観測者がエルナの言葉に目を細めた瞬間、空間が激しく揺れ動いた。 エルナの意識は、強制的に「一度目の人生」の深淵へと引きずり込まれる。


そこに見えたのは、断片的な記憶ではない。 冷遇され、孤独に震え、愛を求めて空回りし続けたエルナの「心」そのものだった。 そして、彼女が処刑された後……。


『エルナ……エルナ!! 嘘だ、目を開けてくれ!!』


血の海の中で、彼女の遺体を抱きしめて号泣するシオンの姿。 彼はその後、国を捨て、禁忌の魔導を求めて世界を放浪した。自分の腕を切り落とし、瞳を潰し、その痛みすらエルナを失った苦しみに比べればマシだと笑いながら、彼は魔導の極致に至った。


『神よ、もしお前がいるなら、彼女のいない世界など焼き尽くしてやる。……私を、彼女のいる場所へ戻せ。今度こそ、彼女を誰にも、運命にすら渡さない』


シオンが時間を巻き戻したのは、王子の責任感でも、正義感でもなかった。 それは、あまりに深すぎてドロドロに腐りかけた、純粋な「狂愛」だったのだ。


(……この人、本当に救いようがないわ)


記憶の渦から戻ってきたエルナの頬を、涙が伝う。 目の前に立つシオンは、今世でも同じ瞳で自分を見ている。


「殿下……あなたは、私を救うために自分を壊したんですね」 「……お前に知られたくはなかった。私の愛は、お前にとって呪い以外の何物でもないからな」


シオンは自嘲気味に笑ったが、エルナはその胸ぐらを掴んで引き寄せた。


「ええ、呪いよ! 最高に重くて、大嫌いで、逃げ出したいほど気味の悪い呪い! ……だからこそ、私に責任を取りなさい。一人で勝手に消えて清算するなんて、絶対に許しませんから!」


エルナの叫びに呼応するように、彼女が持っていた鍵が眩い光を放ち始めた。それは、世界の記録を「閲覧」するものではなく、「修正」するためのマスターキーだったのだ。



「ユリ様、レオン殿下! 力をお貸しください!」


エルナが叫ぶと、神殿の入り口で防戦していた二人が、光の奔流となってエルナの元へ集まった。 聖女ユリの「創造」の力。 隣国王子レオン(世界の意志に操られた経験を持つ)の「破壊」の力。 そして、シオン王子の「執着(固定)」の力。


「私がこの鍵で、世界の中心にある『大本(ソース)』にアクセスします。皆さんは、その間、私を世界の修正力から守ってください!」


「……正気か、エルナ! 世界の意志に直接干渉するなど、精神が崩壊しかねないぞ!」 シオンが制止するが、エルナは不敵に笑った。


「大丈夫です。私、前世ではデバッグ作業(ゲームのバグ修正)のバイトで鍛えてましたから!」


(……嘘。そんなバイトしたことないけど、気分はそんな感じよ!)


エルナが鍵を宙に差し込むと、巨大な魔法陣が展開された。 無数の文字が空中を流れ、エルナの脳内に直接「世界の理」が流れ込んでくる。


『エラー:悪役令嬢エルナ・フォン・ラインハルトの生存。修正プログラムを開始します……』


「うるさい! 修正されるのはそっちよ! 『悪役令嬢』という属性を削除し、一人の『人間』として上書き保存!」


エルナの指が虚空を舞う。 彼女は自分の役割を消すだけでなく、シオンに課せられた「王子の義務」や、ユリの「聖女の宿命」までも、一つずつ「個人の自由」へと書き換えていく。


「な……何を!? 世界の理を根底から作り替えるというのか!」 観測者が初めて驚愕の声を上げた。


「そうです! これからは、誰が誰と恋をしても、どこへ逃げてもいい世界にするんです! 悪役もヒロインも関係ない、ただの自分勝手な人間たちが集まる世界に!」


エルナの全身から魔力が溢れ出し、神殿全体が白光に包まれる。 運命の糸が一本、また一本と断ち切られ、新しい「白紙の物語」が紡がれていく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…

甘寧
恋愛
主人公リーゼは、婚約者であるロドルフ殿下に婚約破棄を告げられた。その傍らには、アリアナと言う子爵令嬢が勝ち誇った様にほくそ笑んでいた。 身に覚えのない罪を着せられ断罪され、頭に来たリーゼはロドルフの叔父にあたる騎士団長のウィルフレッドとその場の勢いだけで婚約してしまう。 だが、それはウィルフレッドもその場の勢いだと分かってのこと。すぐにでも婚約は撤回するつもりでいたのに、ウィルフレッドはそれを許してくれなくて…!? 利用した人物は、ドSで自分勝手で最低な団長様だったと後悔するリーゼだったが、傍から見れば過保護で執着心の強い団長様と言う印象。 周りは生暖かい目で二人を応援しているが、どうにも面白くないと思う者もいて…

処理中です...