当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

平山和人

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ついに二人は、霊峰の頂上、天を衝く巨樹「命の樹」の根元へと辿り着いた。 そこは、周囲の荒廃した世界とは切り離された、黄金の花々が咲き乱れる「始原の庭園」。大気には濃厚な生命の息吹が満ち、シオンの体の石化(凍結)が、その空間の力で一時的に停止する。


「よく来たな、物語を壊した反逆者たちよ」


樹の虚から現れたのは、肉体を持たない、光の輪郭だけで形作られた「大精霊」だった。それは、世界のシステムそのものが具現化した守護者。


「代償を消し、元の『人間』に戻りたいか? それとも、このまま崩壊する世界と共に消えるか?」


大精霊の問いに、エルナは一歩前に出た。シオンは朦朧とした意識の中で、彼女の裾を強く握りしめている。


「代償を消す方法があるのですか?」


「ある。だが、等価交換だ。……シオン・フォン・アステリア。お前の執着は世界を歪めるほどに強い。その執着を……エルナへの愛という『感情』をすべて私に差し出せ。そうすれば、お前の肉体は再生し、命の削れる代償も消滅する」


エルナの心臓が跳ねた。 「愛を差し出す? ……それは、彼が私のことを何とも思わなくなるということですか?」


「左様。お前を認識はするが、そこには何の熱量も、執着も、守りたいという意志も残らない。ただの『知人』として、彼は健やかな人生を全うできる。……もちろん、エルナ、お前の代償も彼が愛を捨てることで精算される」


大精霊は、無慈悲な選択肢を突きつけた。 「……どうする? 彼を死なせるか、それとも、彼から『お前への愛』を奪って救うか」


エルナはシオンを振り返った。 シオンは、今や赤ん坊のような無垢な瞳で、彼女を見上げている。この男から自分への狂おしいほどの執着が消えたら、彼は救われる。自分も救われる。だが、それは……。


その時、シオンが震える声で、大精霊に向かって吐き捨てた。


「……消えろ、化け物……。私の愛を……勝手に……値踏みするな……。……エルナ……。私を殺せ……。……愛のない私に……触れられるくらいなら……お前の手で……砕け散る方が……数倍マシだ……」


シオンの執着は、神の救済すらも拒絶した。 エルナは、震える拳を握りしめ、大精霊を見据えた。


「……聞きましたか? これが私たちの答えですわ。……代償だろうが何だろうが、まとめて飲み込んでみせます。私たちは、愛も、執着も、この地獄のような運命も、何一つ手放すつもりはありません!」


エルナの「悪役」としての魔力が、黄金の庭園を真紅に染め上げる。まだまだ続く長い旅の、これがまだ序盤の終わり。 二人は「人間」であることを捨ててでも、その愛を貫くための、さらなる禁忌の門を叩こうとしていた。



「愛を捨てて救われる?……そんな退屈な結末、私のシナリオには1ページも存在しませんわ」


エルナの宣言と共に、黄金の庭園に真紅の雷鳴が轟きました。彼女は、もはや「断罪を待つ令嬢」ではありません。かつて前世で学んだ情報の構造、そして今世で得た禁忌の魔導を融合させ、目の前の大精霊……すなわち世界のシステムそのものへ、その「指」を突き立てました。


「殿下、力を! あなたのその、ドロドロに濁った執着のすべてを私に預けてくださいまし。この『命の樹』の心臓を、私たちの新たな『バッテリー』にするんですわ!」


シオンは、意識が朦朧としながらも、エルナの言葉に呼応して凄絶な笑みを浮かべました。彼の石化し、凍りついた肉体から、最後の命の灯火を絞り出すようにして、漆黒の魔力が溢れ出します。


「……ああ、エルナ。……私のすべてを、お前に食らわせてやろう。……お前の望むままに、この世界を、神を、私の愛の糧にするがいい……」


二人が手を取り合った瞬間、ソウル・リンクを通じて「絶対零度の執着」と「因果を破壊する知略」が混ざり合い、一本の巨大な杭となって命の樹の核(コア)を貫きました。


「な……何を!? 世界のバランスが……因果の理が、一人の女の意志に書き換えられていくというのか!」


大精霊の絶叫が響きますが、エルナは止まりません。彼女は樹の内部にある、黄金の液体——「原初の魔力」を、自らとシオンの体に強制的に流し込み始めました。それは、人間という器を、無理やり「神」の規格へと拡張する、筆舌に尽くしがたい苦痛を伴う行為。


「ああああああああ!!」


エルナの絶叫。しかし、その瞳は一度も曇ることなく、シオンを、そしてその先にある「自由」だけを見据えていました。
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