当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

平山和人

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黄金の光が収まった時、始原の庭園は沈黙に包まれていました。 命の樹は、その輝きを失い、灰色に変色して立ち枯れています。世界の中心であったその力は、今、二人の「反逆者」の肉体へと完全に移行していました。


エルナの背中からは、かつての悪役令嬢としての業を象徴するような、美しくも禍々しい真紅の光の翼が生え、その瞳には黄金の紋章が刻まれています。 そしてシオン——。彼の石化は完全に解けていましたが、その肌は雪のように白く、髪は月の光そのものへと変貌していました。さらに、彼が自らの胸に刻んだ『エルナのもの』という文字は、今や黄金の刻印となり、鼓動に合わせて不気味に明滅しています。


「……殿下? 大丈夫ですの……?」


エルナが恐る恐る手を伸ばすと、シオンは電光石火の速さでその手を掴み、自らの唇に押し当てました。


「……ああ、最高だ、エルナ。……今、私の血管を流れているのは、お前の魔力と、お前が奪った世界の命だ。……私はもう、寝る必要も、食べる必要もない。……ただ、永遠に、お前を見守り続けることだけができる」


シオンの瞳は、もはや人間のそれではありませんでした。愛、という言葉では到底収まりきらない、宇宙の深淵にも似た「重力」がそこにはありました。彼はエルナの首筋を優しく噛み、自らの魔力の刻印を上書きします。


「お前も気づいているだろう、エルナ。……私たちはもう、人間ではない。……世界をハックし、神の心臓を食らった、この新世界の『特異点』だ」


二人の肉体は、命の樹の力を介して、もはや切り離せないレベルでリンクしていました。一人が痛みを感じればもう一人も感じ、一人が喜びを感じれば世界そのものが震える。 それは、ある意味で究極の結婚であり、逃れられない「二人きりの地獄」の完成でもありました。



二人が霊峰エターナル・ハイを降り始めると、世界の変化は一目瞭然でした。 命の樹という「安定剤」を失った世界では、空がひび割れ、そこから「外の世界」のデータがノイズとなって降り注いでいます。


かつてアステリア王国が存在した方向からは、数え切れないほどの悲鳴と、巨大な魔物の咆哮が聞こえてきます。しかし、今のエルナとシオンにとって、それらは遠い国の出来事のようにしか感じられませんでした。


「……さて、これからどうしましょうか、シオン殿下。世界はすっかり壊れてしまいましたけれど」


エルナは、宙に浮きながら優雅に問いかけました。シオンは、彼女の影から片時も離れず、背後からその腰を、まるで自分の身体の一部であるかのように抱きかかえています。


「……お前の好きなようにすればいい。……壊れた世界を修復して王として君臨したいなら、私はお前のためにすべてを従わせよう。……もし、このまま世界が滅びるのを見届けたいなら、私は最後の一人が消えるまで、お前の目隠しになろう」


「……相変わらず極端ですわね。……ですが、そうね。せっかく手に入れた自由ですもの。私は、この『バグだらけの世界』に、私なりの新しいルールを書き込んでやりたいと思いますわ。……例えば、私が『悪役令嬢』として断罪されるのではなく、私が世界を『審判』する側に回る、とかね」


エルナが指先で空間を弾くと、そこから黄金の魔法陣が展開され、数キロ先の魔物の群れが一瞬で霧散しました。その圧倒的な力に、エルナ自身も酔いしれるような笑みを浮かべます。


しかし、その時。 空の亀裂から、一つの巨大な「手」が現れました。 それは、これまでの大精霊や使徒とは比較にならない、圧倒的な存在感を放つ「上位世界の観測者」の影でした。


『——不届き千万。物語の駒が、作者の心臓を食らうとは。』


重厚な声が、魂を直接揺さぶります。 エルナとシオン。二人の真の戦いは、今、この世界の「外」にいる者たちへと向けられることになります。
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