当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

平山和人

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翌朝、二人はユリたちが拠点としている旧帝都の廃墟へと向かいました。 かつての栄華は見る影もなく、瓦礫の山となった街並み。しかしそこには、エルナが「不要」として切り捨てたはずの、不完全で、泥臭い人間の生命力が溢れていました。


ユリは、現れた二人を見て絶句しました。 かつての輝かしい魔力を失い、汚れに塗れた二人の姿。しかし、その手は固く結ばれ、放つオーラは以前よりも毒々しく、そして強固なものになっていたからです。


「……エルナ、本当にあなたなの? ……そしてシオン、あなた、まだ彼女をそんな風に……」


ユリの言葉を、シオンの冷徹な視線が遮りました。シオンはエルナを一歩後ろに隠し、自らが前に立ちました。


「用件を聞こう。……エルナの知恵を貸してやる。だが、彼女に直接触れること、話しかけることは一切禁ずる。……交渉の窓口は私だ。……対価は、先ほど伝えた通り、最果ての断崖にある離宮。そこを我々の絶対的な領土として認めろ」


ユリはため息をつき、首を振りました。 「……変わらないわね、あなたたちは。世界が一度滅びても、その狂った愛だけは不変というわけ? ……いいわ、契約成立よ。……今の私たちには、どんな悪魔の知恵でも必要なの」


こうして、崩壊した世界に奇妙な「再興」が始まりました。 ユリが民衆を導き、法を整備し、インフラを整える。しかし、そのすべての背後には、常にシオンが届ける「匿名の手紙」がありました。そこには、現在の資源配分、人口動態、そして将来起こりうる暴動の予測までが、一寸の狂いもなく記されていました。


人々は、その手紙を「幽霊女王の託宣」と呼び、恐れ、敬いました。 シオンは、エルナが世界に関与することを許しながらも、彼女を外界から徹底的に遮断しました。離宮の周囲には強力な防壁が築かれ、エルナの姿を見ることは、シオン以外の誰にも許されませんでした。


離宮の最上階、月明かりだけが差し込む書斎で、エルナは羽ペンを走らせていました。


「……これで、食糧危機は回避できますわね。……次は、旧魔導回路の再利用による熱源の確保。……ああ、忙しい。……神様だった頃よりも、ずっと頭を使っていますわ」


「……エルナ、もういい。……書き物は終わりだ」


背後からシオンが近づき、彼女の腰を抱きしめました。彼はエルナの首筋に顔を埋め、彼女が書いた数式だらけの羊皮紙を、嫉妬深い目で見つめました。


「お前が世界のために計算を一つ書くたびに、私はお前の時間が一秒奪われたと感じる。……埋め合わせをしろ、エルナ。……今から夜明けまで、私だけの名前を、私だけの愛を、その唇で計算し続けろ」


シオンの手が、エルナのドレスの紐にかけられました。エルナはペンを置き、艶然とした笑みを浮かべて彼を振り返りました。


「……ええ、良いですわ、殿下。……あなたのその計算不可能な愛こそが、私の人生における唯一の『未知数』ですもの。……解き明かすには、一生どころか、永遠でも足りませんわね」


窓の外では、崩壊から立ち上がろうとする新しい世界の灯火が、ぽつりぽつりと輝き始めていました。 しかし、この離宮の中に流れる時間は、外の世界の復興とは何の関係もありませんでした。 そこにあるのは、互いを壊し、互いを貪り、互いという名の監獄の中でしか生きられない、二人の悪役の完結した宇宙。


世界がどんなに美しく再生しようとも、彼らは決して光の下へは出ません。 影の中で、泥の中で、そして狂気の中で。 二人の愛は、誰にも観測されることなく、ただひたすらに、美しく腐敗し続けていくのでした。
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