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1.王子騎士は格好いい
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俺エリゼオ・バルロッティは、義妹サーラの“推し活”に付き合って、騎士団の訓練場に来ていた。
サーラは母の再婚でできた義妹だ。
可愛いけど、ちょっと変わってる。
今日は騎士の公開訓練日。
サーラは朝から「推しを応援しに行きますわ!」と元気いっぱいだった。
義兄として放っておけないからついて来たけど。
まさかこの時、俺が男に求婚されるなんて、思ってもみなかった。
◇◇◇
——サーラと暮らし始めたのは、ひと月ほど前のことだ。
義父さんは仕事で不在だったから、サーラが一人で暮らしていた男爵家に、俺と母さんが引っ越してきた。
義父さんが、娘を一人にしておくのを心配したらしい。
だから三人で、先に同居を始めたというわけだ。
正直、俺はうれしかった。
母さんと二人きりの家族だった俺に、義妹ができたんだから。
俺は今度こそ、いもうとを幸せにするんだ。
……前の人生みたいな後悔は、もうしたくない。
まあ、どうやればいいのかは、まだ分かってないけどさ。
そんなサーラには、”推しの騎士”が一人いるらしい。
この世界に「推し」という言葉はない。
サーラが一人の”騎士様”を応援する姿を見て、俺が「推し活みたいだな」って言ったんだ。
そしたら、その言葉を気に入ったサーラが使うようになった。
今じゃ俺よりその言葉を使いこなしてるよ。
実は俺、よくわかってないからな。
でもさ、”推し”ってことは、要はサーラの”好きな人”ってことだよな?
サーラは否定しているけど、俺はそうだと思っている。
いずれサーラは、婿を取って男爵家を継ぐ予定の一人娘だ。
その立場を狙っているような悪い奴が、その”推し”だったら大変だ。
とにかく今日の俺は、義兄として、どんな奴が”推し”なのか見極めてやる。
サーラを泣かせるような奴なら、たとえ騎士だろうと許さないからな。
そうしてやってきた訓練場は、グラウンドのような広い場所だった。
騎士たちは、いくつかのグループに分かれて走ったり打ち合い稽古をしたりして訓練している。
指導者らしきおじさんが、一人ひとり訓練内容を指示していた。
サーラと俺は、訓練場の端にある見学席に座った。
そこは木のベンチが複数設置してあり、雨除けの屋根がついているだけの簡素な場所だった。日差しが斜めに差し込むと、すごく暑い。
それでも俺たちだけでなく若い女性が数人、きゃあきゃあと騒ぎながら、騎士たちの訓練を見ていた。
騎士ってほんとに人気なんだな。
見学している令嬢たちのテンションの高さに、俺は少し戸惑った。
俺は来てすぐにサーラについてきたことを後悔し始めていた。
だって、でっかい応援幕を持たされて、めちゃくちゃ目立っていたからだ。
しかも書いてある文字が
『騎士団員の皆さまファイト!!』
って、そこは推しの名前を書くところじゃないのか!?
「なあ、サーラ。サーラが誰を応援してるのかこれだと分からないよな? 良いのか?」
「もう、お義兄さまったら! 推しの方の名前だって尊すぎて言えないんですのよ!?
それなのに、誰を推してるか知られたら……!
もう恥ずかしくてここへ来れなくなってしまいますわ!」
サーラは照れ隠しなのか、俺の肩をバシバシと叩く。痛いんですけど。
「……サーラの恥ずかしい基準、ちっとも分かんないや」
こんなでかでかと応援幕を広げてるのに、何が恥ずかしいんだ。
俺は応援幕の端を持たされている時点で、超絶、恥ずかしいんだけど。
しかもサーラは騎士団の方達にも有名らしい。
「サーラちゃーん」と呼ばれて、手を振り返している。
そこまで騎士団と仲良いなら、推しが誰なのか知られても、別によくないか?
「なあ、サーラの推しってどの人?」
「あの奥の方でフルフェイスをかぶって模擬戦をしている方たちの中におりますわ。
今、剣を振りかぶってます。きゃーー! 今の構えも最高ですわ!!」
サーラってば、声は小さいけど、テンション高いな。
いや、十人くらい同じ構えしてるぞ。
みんな同じ鎧だし。顔も隠れてるし。
わかるわけないだろ。
「いけません、お義兄さま! 今、推しの方と目が合いそうです!
推しの方に見つめられたら……わたくし、恥ずかしくて死んでしまいますわ!」
「ど、どれだよ!?」
俺には全く分からない。
サーラは俺に説明するのを諦めたみたいだ。
「模擬戦が終わればお顔が見れますわ。そうしたらすぐにわかります。だって、推しの方は誰よりも格好いいのですもの!!」
そんなあいまいな基準ある?
人によって違うだろ。でも、間違えたら怒られそうだな。
そう思っていたら、模擬戦が終わり、騎士たちが一斉に兜を取った。
その中に、ひときわ目を引く男がいた。
金の髪が陽光をはじき、その人が光そのもののように輝いて見えた。
整った顔立ちに、深い碧眼。
八頭身どころか十頭身はありそうなバランス。
まるで絵本から飛び出してきた王子さまみたいだ。
その存在だけで、周りの空気が変わる。
女の子たちが息をのんで見惚れるのも分かる。
——サーラの推しって、絶対あいつだな。
サーラは言葉もなく、キラキラした目で見つめていた。
うん、気持ちはわかる。あれは落ちる。
その騎士がふと、こちらを見た。
ばちっと、視線がぶつかった気がした。
一瞬、呼吸が止まる。
まっすぐな碧い瞳は、まるで俺の全てを見透かそうとするかのように力強く感じた。
……気のせいだよな。どうせ見てたのは、サーラのほうだ。
だってこっちはモブ顔だぞ?
サーラみたいにきれいな女性なら分かるけどさ。
俺は茶色がかったクセのある黒髪、ハシバミ色の丸くて大きな目、鼻と口は小さめで、肌は日焼け知らずの生白い肌をした地味な男だ。
うん、見事にモブだ。夜会に出ても風景に溶けるタイプだ。
対して、サーラは男なら守ってやりたいと思わせるような、うるんだ目つきが特徴の清楚な美人。
青い瞳の大きな目、バッサバサのまつ毛。すっと細くて高い鼻梁につやっつやの唇。ふんわりとまとめた金髪は、陽光に反射して輝いている。
物語に出てきたら、絶対ヒロインだね。
やっぱり、あの王子みたいな騎士(王子騎士って呼ぶか)は、俺じゃなくてサーラを見てるんだよな。
自分が見られてるかもなんて一瞬でも勘違いしたことが恥ずかしくて、俺はそっと応援幕の後ろに隠れたんだ。
サーラは母の再婚でできた義妹だ。
可愛いけど、ちょっと変わってる。
今日は騎士の公開訓練日。
サーラは朝から「推しを応援しに行きますわ!」と元気いっぱいだった。
義兄として放っておけないからついて来たけど。
まさかこの時、俺が男に求婚されるなんて、思ってもみなかった。
◇◇◇
——サーラと暮らし始めたのは、ひと月ほど前のことだ。
義父さんは仕事で不在だったから、サーラが一人で暮らしていた男爵家に、俺と母さんが引っ越してきた。
義父さんが、娘を一人にしておくのを心配したらしい。
だから三人で、先に同居を始めたというわけだ。
正直、俺はうれしかった。
母さんと二人きりの家族だった俺に、義妹ができたんだから。
俺は今度こそ、いもうとを幸せにするんだ。
……前の人生みたいな後悔は、もうしたくない。
まあ、どうやればいいのかは、まだ分かってないけどさ。
そんなサーラには、”推しの騎士”が一人いるらしい。
この世界に「推し」という言葉はない。
サーラが一人の”騎士様”を応援する姿を見て、俺が「推し活みたいだな」って言ったんだ。
そしたら、その言葉を気に入ったサーラが使うようになった。
今じゃ俺よりその言葉を使いこなしてるよ。
実は俺、よくわかってないからな。
でもさ、”推し”ってことは、要はサーラの”好きな人”ってことだよな?
サーラは否定しているけど、俺はそうだと思っている。
いずれサーラは、婿を取って男爵家を継ぐ予定の一人娘だ。
その立場を狙っているような悪い奴が、その”推し”だったら大変だ。
とにかく今日の俺は、義兄として、どんな奴が”推し”なのか見極めてやる。
サーラを泣かせるような奴なら、たとえ騎士だろうと許さないからな。
そうしてやってきた訓練場は、グラウンドのような広い場所だった。
騎士たちは、いくつかのグループに分かれて走ったり打ち合い稽古をしたりして訓練している。
指導者らしきおじさんが、一人ひとり訓練内容を指示していた。
サーラと俺は、訓練場の端にある見学席に座った。
そこは木のベンチが複数設置してあり、雨除けの屋根がついているだけの簡素な場所だった。日差しが斜めに差し込むと、すごく暑い。
それでも俺たちだけでなく若い女性が数人、きゃあきゃあと騒ぎながら、騎士たちの訓練を見ていた。
騎士ってほんとに人気なんだな。
見学している令嬢たちのテンションの高さに、俺は少し戸惑った。
俺は来てすぐにサーラについてきたことを後悔し始めていた。
だって、でっかい応援幕を持たされて、めちゃくちゃ目立っていたからだ。
しかも書いてある文字が
『騎士団員の皆さまファイト!!』
って、そこは推しの名前を書くところじゃないのか!?
「なあ、サーラ。サーラが誰を応援してるのかこれだと分からないよな? 良いのか?」
「もう、お義兄さまったら! 推しの方の名前だって尊すぎて言えないんですのよ!?
それなのに、誰を推してるか知られたら……!
もう恥ずかしくてここへ来れなくなってしまいますわ!」
サーラは照れ隠しなのか、俺の肩をバシバシと叩く。痛いんですけど。
「……サーラの恥ずかしい基準、ちっとも分かんないや」
こんなでかでかと応援幕を広げてるのに、何が恥ずかしいんだ。
俺は応援幕の端を持たされている時点で、超絶、恥ずかしいんだけど。
しかもサーラは騎士団の方達にも有名らしい。
「サーラちゃーん」と呼ばれて、手を振り返している。
そこまで騎士団と仲良いなら、推しが誰なのか知られても、別によくないか?
「なあ、サーラの推しってどの人?」
「あの奥の方でフルフェイスをかぶって模擬戦をしている方たちの中におりますわ。
今、剣を振りかぶってます。きゃーー! 今の構えも最高ですわ!!」
サーラってば、声は小さいけど、テンション高いな。
いや、十人くらい同じ構えしてるぞ。
みんな同じ鎧だし。顔も隠れてるし。
わかるわけないだろ。
「いけません、お義兄さま! 今、推しの方と目が合いそうです!
推しの方に見つめられたら……わたくし、恥ずかしくて死んでしまいますわ!」
「ど、どれだよ!?」
俺には全く分からない。
サーラは俺に説明するのを諦めたみたいだ。
「模擬戦が終わればお顔が見れますわ。そうしたらすぐにわかります。だって、推しの方は誰よりも格好いいのですもの!!」
そんなあいまいな基準ある?
人によって違うだろ。でも、間違えたら怒られそうだな。
そう思っていたら、模擬戦が終わり、騎士たちが一斉に兜を取った。
その中に、ひときわ目を引く男がいた。
金の髪が陽光をはじき、その人が光そのもののように輝いて見えた。
整った顔立ちに、深い碧眼。
八頭身どころか十頭身はありそうなバランス。
まるで絵本から飛び出してきた王子さまみたいだ。
その存在だけで、周りの空気が変わる。
女の子たちが息をのんで見惚れるのも分かる。
——サーラの推しって、絶対あいつだな。
サーラは言葉もなく、キラキラした目で見つめていた。
うん、気持ちはわかる。あれは落ちる。
その騎士がふと、こちらを見た。
ばちっと、視線がぶつかった気がした。
一瞬、呼吸が止まる。
まっすぐな碧い瞳は、まるで俺の全てを見透かそうとするかのように力強く感じた。
……気のせいだよな。どうせ見てたのは、サーラのほうだ。
だってこっちはモブ顔だぞ?
サーラみたいにきれいな女性なら分かるけどさ。
俺は茶色がかったクセのある黒髪、ハシバミ色の丸くて大きな目、鼻と口は小さめで、肌は日焼け知らずの生白い肌をした地味な男だ。
うん、見事にモブだ。夜会に出ても風景に溶けるタイプだ。
対して、サーラは男なら守ってやりたいと思わせるような、うるんだ目つきが特徴の清楚な美人。
青い瞳の大きな目、バッサバサのまつ毛。すっと細くて高い鼻梁につやっつやの唇。ふんわりとまとめた金髪は、陽光に反射して輝いている。
物語に出てきたら、絶対ヒロインだね。
やっぱり、あの王子みたいな騎士(王子騎士って呼ぶか)は、俺じゃなくてサーラを見てるんだよな。
自分が見られてるかもなんて一瞬でも勘違いしたことが恥ずかしくて、俺はそっと応援幕の後ろに隠れたんだ。
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