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39.フィンにとっては大切な過去(中編)
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「暗殺未遂に遭ったのは、公爵家での晩餐会から城に戻る途中だった」
フィンの声は静かだけど、かすかに揺れていた。
「護衛はいたが、馬車の車輪に細工がされていたみたいでね。
突然、車輪が爆ぜて、馬車が横転した。
私はしばらく動けず、混乱のなかで馬車に火がまわりはじめた。
熱い煙の中、もう目も開けられなくて……
“自分はここで終わるんだな”と、思ったんだ」
喉の奥がひりついた。
フィンの手を握り返す。
フィンは俺の反応に気づいたのか、一度まぶたを閉じ、小さく息を吸った。
「それで君があの時くれた刺繍のハンカチを取り出した。
私がお守りにしたいから、と君にねだって、もらった物だ」
「……え?」
「君の顔の傷を拭いたときについた血が、乾いた跡として残っていて……
その小さな布切れを握った瞬間、不思議と心が軽くなった。
“私は君に幸せをもらえた”って思い出したんだ」
フィンのまなざしが遠くを見る。
「その記憶を思い出したら、魔力がひとつの方向にだけ、すっと流れた。急に体が軽くなった。
私は炎を押し返すように魔力を放ったんだ。
そうしたら、近くにいたガルディアが私を引きずり出してくれた」
さらりと語っているけれど、どれほど痛く、怖かっただろう。
「もちろん、力としては微々たるものだよ。
でも、あの時初めて“生きたい”って思ったんだ。
“もう一度、あのバラ園に行きたい。
もう一度、君に会いたい”って」
俺の胸の奥がじんと熱くなる。
俺が覚えていない、小さな頃の俺が――
フィンにそんなにも残っているなんて。
「……そんな大事なこと、どうして言ってくれなかったの?」
自分の声が震えたのが分かった。
責めたいわけじゃない。
ただ、胸の奥にある気持ちがあふれだしてしまった。
フィンは握っていた俺の手を両手で包み直した。
「君が“思いださなきゃいけない”なんて思ってほしくなかったんだ。
昔のエリゼオも愛しいが、私は今の君を心から愛している。
昔の記憶がなくても、君は君だ。
それに……」
「それに?」
「昔の私は、君の前に立てるような強さがなかった。
胸を張って“また会いたい”と言える自分ではなかった。
でも――今は違う」
フィンは俺を見つめる。
その瞳は、まっすぐで、温かくて、どこまでも強い。
「君のおかげで、私はここまで来た。
あの時救ってくれた小さな手は、今では私の世界を支えてくれる手になった」
心臓が跳ねる。
思わず目をそらしたくなるほど、まっすぐで、熱くて。
そんな俺を、フィンはふっと微笑んで引き寄せた。
「だからね。
君が自分の過去で涙を流すのを見て、私は思った。
“あのときの私を救ったのは、君だ”って。
“今度は私が君を救う番だ”って」
「……フィン」
名前を呼ぶだけで、涙がにじんだ。
フィンの言葉は、胸の奥の一番柔らかい場所に触れてくる。
痛いほど優しくて、くすぐったくて、
そしてたまらなくうれしい。
「昔の君がくれた勇気は、今も私の支えだよ。
だからね――」
フィンは俺の額にそっとキスを落とした。
「君の過去を、私にも背負わせてほしい。
君だけのものにしないでほしいんだ」
呼吸が一瞬止まった。
その優しさが、嬉しくて、苦しくて、涙がこぼれそうで。
俺はフィンの胸に顔を埋めながら、
やっとの思いで、小さく答えた。
「……うん。
もう、ひとりで抱えたりしない。
フィンが一緒なら、俺……大丈夫だと思うから」
フィンの腕が力強く俺を抱きしめてくれた。
そのぬくもりの中で、
やっと俺は、自分の過去が“痛みだけの記憶じゃない”と思えた。
フィンが、覚えていてくれたから。
フィンの声は静かだけど、かすかに揺れていた。
「護衛はいたが、馬車の車輪に細工がされていたみたいでね。
突然、車輪が爆ぜて、馬車が横転した。
私はしばらく動けず、混乱のなかで馬車に火がまわりはじめた。
熱い煙の中、もう目も開けられなくて……
“自分はここで終わるんだな”と、思ったんだ」
喉の奥がひりついた。
フィンの手を握り返す。
フィンは俺の反応に気づいたのか、一度まぶたを閉じ、小さく息を吸った。
「それで君があの時くれた刺繍のハンカチを取り出した。
私がお守りにしたいから、と君にねだって、もらった物だ」
「……え?」
「君の顔の傷を拭いたときについた血が、乾いた跡として残っていて……
その小さな布切れを握った瞬間、不思議と心が軽くなった。
“私は君に幸せをもらえた”って思い出したんだ」
フィンのまなざしが遠くを見る。
「その記憶を思い出したら、魔力がひとつの方向にだけ、すっと流れた。急に体が軽くなった。
私は炎を押し返すように魔力を放ったんだ。
そうしたら、近くにいたガルディアが私を引きずり出してくれた」
さらりと語っているけれど、どれほど痛く、怖かっただろう。
「もちろん、力としては微々たるものだよ。
でも、あの時初めて“生きたい”って思ったんだ。
“もう一度、あのバラ園に行きたい。
もう一度、君に会いたい”って」
俺の胸の奥がじんと熱くなる。
俺が覚えていない、小さな頃の俺が――
フィンにそんなにも残っているなんて。
「……そんな大事なこと、どうして言ってくれなかったの?」
自分の声が震えたのが分かった。
責めたいわけじゃない。
ただ、胸の奥にある気持ちがあふれだしてしまった。
フィンは握っていた俺の手を両手で包み直した。
「君が“思いださなきゃいけない”なんて思ってほしくなかったんだ。
昔のエリゼオも愛しいが、私は今の君を心から愛している。
昔の記憶がなくても、君は君だ。
それに……」
「それに?」
「昔の私は、君の前に立てるような強さがなかった。
胸を張って“また会いたい”と言える自分ではなかった。
でも――今は違う」
フィンは俺を見つめる。
その瞳は、まっすぐで、温かくて、どこまでも強い。
「君のおかげで、私はここまで来た。
あの時救ってくれた小さな手は、今では私の世界を支えてくれる手になった」
心臓が跳ねる。
思わず目をそらしたくなるほど、まっすぐで、熱くて。
そんな俺を、フィンはふっと微笑んで引き寄せた。
「だからね。
君が自分の過去で涙を流すのを見て、私は思った。
“あのときの私を救ったのは、君だ”って。
“今度は私が君を救う番だ”って」
「……フィン」
名前を呼ぶだけで、涙がにじんだ。
フィンの言葉は、胸の奥の一番柔らかい場所に触れてくる。
痛いほど優しくて、くすぐったくて、
そしてたまらなくうれしい。
「昔の君がくれた勇気は、今も私の支えだよ。
だからね――」
フィンは俺の額にそっとキスを落とした。
「君の過去を、私にも背負わせてほしい。
君だけのものにしないでほしいんだ」
呼吸が一瞬止まった。
その優しさが、嬉しくて、苦しくて、涙がこぼれそうで。
俺はフィンの胸に顔を埋めながら、
やっとの思いで、小さく答えた。
「……うん。
もう、ひとりで抱えたりしない。
フィンが一緒なら、俺……大丈夫だと思うから」
フィンの腕が力強く俺を抱きしめてくれた。
そのぬくもりの中で、
やっと俺は、自分の過去が“痛みだけの記憶じゃない”と思えた。
フィンが、覚えていてくれたから。
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