【完結】義妹(いもうと)を応援してたら、俺が騎士に溺愛されました

未希かずは(Miki)

文字の大きさ
39 / 64

38.フィンにとっては大切な過去(前編)

しおりを挟む
 フィンはしばらく、俺を抱きしめ続けていた。
 決して離さないと伝えるように、強く。
 その力強さは、俺が怪我をしてフィンが看病してくれたあの夜を思わせた。

 その温もりに包まれているうちに、胸の中の渦が少しずつ静まり、俺の覚悟を思い出させる。

 そうだ。
 俺、あのときフィンを信じようって思った。
 だから、不安だったけど、ずっと一緒にいようって覚悟を決めてフィンの手を取ったんだ。

 ふと自分の気持ちに整理がついた気がした。

 俺、大好きなフィンのために頑張るって決めたんだよ。
 失敗を怖がるんじゃなくて、フィンの隣りに立ち続けたいから、前に進む。
 失敗を恐れちゃいけないんだ。

 フィン、ありがとう。
 俺が迷うたびに、フィンは臆病な俺を救い出してくれる。俺を受け止め続けてくれる。

 こんな素敵な人が恋人だなんて、なんて俺は幸せなんだろうな。

 俺は、高ぶっていた気持ちが少しずつ落ち着いてきた。

 フィンは俺の嗚咽がおさまったことを確認してから、そっと腕をほどき、俺の手を取った。

「……では、次は私の番だね。
 君が勇気を出して話してくれたから、私も話したいと思う。
 ずっと、伝えたかったことなんだ」

 フィンの声は、静かで、それでいてどこか震えていた。
 息をのみ、俺はフィンの顔を見つめる。

「エリゼオ。
 実は……君と私は、あの騎士団の訓練棟が、初めての出会いじゃないんだ」

「……え?」

「君が伯爵家にいたころ。私が七歳で、君が四歳の時だ。
 私はあのバラ園で、君と会っている」

 胸が跳ねた。

 あのバラ園。
 それは、フィンが俺にプロポーズしてくれた場所。
 そして俺が、フィンを好きだと気づいた場所だった。

 フィンは、ゆっくり昔を語りはじめた。



「当時の私は、魔力の流れが滞っていて身体が思うように育たなかった。
 むくんで、背も伸びず、病弱で……“第一王子として失格だ”と陰で笑われていたんだ。
 そのままでは、いずれ第二王子が立太子する、とまで言われていた」

 フィンは苦しげに笑った。
 俺が想像するよりずっと、孤独でつらい日々だったのだろう。

「……それでも、『第一王子としての責務を果たさなければ』って、自分に言い聞かせていた。
 本当は立っているだけで息が上がって、視界が揺れていたのにね。

 勉強も必死でついていこうとしたし、体力をつけようと、剣を握ったこともある。
 けれど、このひ弱な体は、努力の重さにすぐ悲鳴をあげてしまった。
 気づけば、またベッドの上に逆戻りさ。

 その姿が、周りには痛々しく映ったんだろうね。
 同情、哀れみ、失望、時には、ひそひそとした嘲笑。
 そんな視線を送られるたびに、それが全部胸に刺さった。

 『第一王子のくせに』
 そう言われている気がしてならなかった。
 私は“王子”という肩書きに押しつぶされそうになっていた。
 私は気づけば、誰の目を見るのも怖くなっていたんだよ」

 フィンは窓の外をふと見つめ、それから俺を見て笑いかけた。

「――そんなときだったんだ。君に会ったのは」

 幼い俺との出会いを思い出すように、フィンは穏やかに、けれどどこか切なげな声で続けた。

「私はいつも人の目から隠れるように、バラ園で過ごしていた。それに気付いた君の父上が、『幼い子なら気が紛れるだろうか』と、君を一度連れてきてくれたんだ。
 君は、私が王子だなんて知らなかった。
 他の子どもたちのように遠巻きに値踏みするでも、肩書きに恐れるでもなく。

 ただ、同じ“子ども”として、まっすぐに私を見てくれた」

 『ここのバラ、すごく綺麗だね! お兄ちゃんもお花が好きなの?』

 幼い俺は、フィンに向かってそう言ったらしい。
 その話をしたフィンは、重荷を一つ降ろせたような、ほっとした表情をしてた。

「誰もくれなかった“普通”の距離だった。
 王子としての期待でも、失望でもなく――ただの“私”に向けられた言葉。

 ……救われたと思ったよ」

 フィンの瞳は、俺のなかにある昔の俺を探し当てて、懐かしむかのように俺を見ていた。

「それだけじゃなくて。
 君は、転びそうになったとき、バラを守ろうとして無理に体をひねった。
 そのせいで、石に顔をぶつけて怪我をしてしまったのに……」

 そこでフィンは少し伏し目になる。

『バラをつぶしたくなかったんだ。
 ちいさくても、みんな生きてるんだもん。
 僕が怪我するだけですむなら、それでいいよ』

 俺はそう言って笑っていたと話すフィンは、まるで宝物を自慢するように誇らしげに話していた。

 フィンの口から出る幼い俺。
 俺はちっとも覚えて無くて、何だか不思議な気分だった。

「でも、私はその純粋さが信じられなかった。
 価値のないものに意味は無いと思っていたから。

『バラは美しいもんな。君だって雑草は踏み潰すだろう? 結局、みんな選ぶのは美しくて優秀なものだけだ』

 私はそう言って君を詰ったんだ。
 そしたら、君はなんて言ったと思う?」

 俺の顔をのぞき込むようにして小首を倒すフィンは、すごくきれいだった。

「『難しいことは良く分かんないよ。
 けど、生きてるものはみんな、誰かの宝物なんじゃない?』
 
 って言ったんだ。
 何の迷いもためらいも無かった。」

 フィンの瞳が大きく揺らめく。
 なんだか、泣きそうな顔に見えた。

「その言葉を聞いた時、初めて思ったんだよ。
 “私も、誰かにとって宝物になれるだろうか”って。
 そして。
 私は君の宝物になりたいと、心から思ってしまった」

 フィンが大切そうに語るたび、胸の奥が熱くなる。


「さらに君は小さな刺繍のハンカチを私に見せてくれたね。

 『みんなには内緒だけどね、多分僕には小さな癒しの力があるんだよ。
 父様と母様は、この刺繍をもっていると癒されるって言ってくれるんだ』

 って言っていた。
 君の家族の愛情が感じられて、私も温かい気持ちになれたよ。
 君は自分の顔の傷にそのハンカチをあてて、『痛みが減った!』って笑っていた。
 もちろん、傷に変化なんかなかったけど。

 ……あれは、誇張でも演技でもなかったんだろうね。
 君は本当に嬉しそうだった」

 フィンの目が少し潤む。

「私は、初めて思ったんだ。
 “この魔力で、私も君を癒したい”って。

 君の傷が治るようにと願って、その刺繍のハンカチに魔力を乗せたとき……
 私の魔力が、初めてスムーズに流れたんだ。
 君の傷は完全には治らなかったけれど、君は『あったかい』って喜んでくれたよ。

 その感覚は、今でも覚えている。
 君を思うと、今でもその時の感動が必ず思い出されるんだ」

 フィンの言葉を証明するかのように、フィンから話される内容は全て鮮明で、まるでついさっき起きたように感じるほどだった。
 それだけ、フィンは何度も何度も思い返していたんだろう。
 俺の胸は、もう何とも言えない熱でいっぱいだった。


「それでも相変わらず魔力の停滞は私の身体をむしばんでいた。
 けれど、少しだけ魔力を使えるようになって、私は周囲から期待されるようになった。
 マッチほどの火を一瞬出せるほどのことしかできなかったけどね」

フィンの声が沈む。

「そんなとき、暗殺未遂に遭ったんだ」

 俺の心臓がドクリと嫌な音がした。


しおりを挟む
感想 83

あなたにおすすめの小説

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

欠陥Ωは孤独なα令息に愛を捧ぐ あなたと過ごした五年間

華抹茶
BL
旧題:あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~ 子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。 もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。 だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。 だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。 子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。 アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ ●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。 ●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。 ●Rシーンには※つけてます。

BLゲームの展開を無視した結果、悪役令息は主人公に溺愛される。

佐倉海斗
BL
この世界が前世の世界で存在したBLゲームに酷似していることをレイド・アクロイドだけが知っている。レイドは主人公の恋を邪魔する敵役であり、通称悪役令息と呼ばれていた。そして破滅する運命にある。……運命のとおりに生きるつもりはなく、主人公や主人公の恋人候補を避けて学園生活を生き抜き、無事に卒業を迎えた。これで、自由な日々が手に入ると思っていたのに。突然、主人公に告白をされてしまう。

悪役令息上等です。悪の華は可憐に咲き誇る

竜鳴躍
BL
異性間でも子どもが産まれにくくなった世界。 子どもは魔法の力を借りて同性間でも産めるようになったため、性別に関係なく結婚するようになった世界。 ファーマ王国のアレン=ファーメット公爵令息は、白銀に近い髪に真っ赤な瞳、真っ白な肌を持つ。 神秘的で美しい姿に王子に見初められた彼は公爵家の長男でありながら唯一の王子の婚約者に選ばれてしまった。どこに行くにも欠かせない大きな日傘。日に焼けると爛れてしまいかねない皮膚。 公爵家は両親とも黒髪黒目であるが、彼一人が色が違う。 それは彼が全てアルビノだったからなのに、成長した教養のない王子は、アレンを魔女扱いした上、聖女らしき男爵令嬢に現を抜かして婚約破棄の上スラム街に追放してしまう。 だが、王子は知らない。 アレンにも王位継承権があることを。 従者を一人連れてスラムに行ったアレンは、イケメンでスパダリな従者に溺愛されながらスラムを改革していって……!? *誤字報告ありがとうございます! *カエサル=プレート 修正しました。

転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?

米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。 ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。 隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。 「愛してるよ、私のユリタン」 そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。 “最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。 成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。 怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか? ……え、違う?

過労死転生した悪役令息Ωは、冷徹な隣国皇帝陛下の運命の番でした~婚約破棄と断罪からのざまぁ、そして始まる激甘な溺愛生活~

水凪しおん
BL
過労死した平凡な会社員が目を覚ますと、そこは愛読していたBL小説の世界。よりにもよって、義理の家族に虐げられ、最後は婚約者に断罪される「悪役令息」リオンに転生してしまった! 「出来損ないのΩ」と罵られ、食事もろくに与えられない絶望的な日々。破滅フラグしかない運命に抗うため、前世の知識を頼りに生き延びる決意をするリオン。 そんな彼の前に現れたのは、隣国から訪れた「冷徹皇帝」カイゼル。誰もが恐れる圧倒的カリスマを持つ彼に、なぜかリオンは助けられてしまう。カイゼルに触れられた瞬間、走る甘い痺れ。それは、αとΩを引き合わせる「運命の番」の兆しだった。 「お前がいいんだ、リオン」――まっすぐな求婚、惜しみない溺愛。 孤独だった悪役令息が、運命の番である皇帝に見出され、破滅の運命を覆していく。巧妙な罠、仕組まれた断罪劇、そして華麗なるざまぁ。絶望の淵から始まる、極上の逆転シンデレラストーリー!

記憶を失くしたはずの元夫が、どうか自分と結婚してくれと求婚してくるのですが。

鷲井戸リミカ
BL
メルヴィンは夫レスターと結婚し幸せの絶頂にいた。しかしレスターが勇者に選ばれ、魔王討伐の旅に出る。やがて勇者レスターが魔王を討ち取ったものの、メルヴィンは夫が自分と離婚し、聖女との再婚を望んでいると知らされる。 死を望まれたメルヴィンだったが、不思議な魔石の力により脱出に成功する。国境を越え、小さな町で暮らし始めたメルヴィン。ある日、ならず者に絡まれたメルヴィンを助けてくれたのは、元夫だった。なんと彼は記憶を失くしているらしい。 君を幸せにしたいと求婚され、メルヴィンの心は揺れる。しかし、メルヴィンは元夫がとある目的のために自分に近づいたのだと知り、慌てて逃げ出そうとするが……。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

処理中です...