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58.ジアスター教とサーラのお母さん
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「ジアスター教は、隣国で勢力を持つ宗教団体です」
義父さんが静かに口を開いた。
「彼らは『魔法は神の加護』と主張し、異教徒が魔法を使えることを否定しています。
隣国では、ジアスター教徒が異教徒の魔法に反発し、いさかいを起こして問題になっていました。
そして彼らは、この国も敵視している」
貴族が手を挙げ、尋ねる。
「しかしバルロッティ男爵、あなたはなぜ隣国事情に詳しいんだい?
国交は絶たれているはずなのに」
義父さんは、ちらりとフィンを見る。
フィンは小さく頷いていた。
なんだ、なんだ。
二人だけ通じ合ってるみたいな感じ。
ちょっとだけ妬けるんだけど。
まあ、大事な場面だから、そんなこと言わないんだけどさ。
「——これを見てください」
父さんは、一冊の資料をフィンに差し出した。
フィンはそれを受け取り、陛下へと捧げる。
「私の元妻……サーラの母の研究記録です。
サーラの母は、隣国ストラウスの魔法研究者でした。
ジアスター教に命を狙われ、この国に密かに亡命したのです」
場内に小さな衝撃が走った。
俺の隣で、サーラがぎゅっとスカートを握りしめる。
指先が真っ白になるほど、力が入っている。
サーラは義父さんから何も聞かされていなかったんだ。
唇を噛みしめて必死に声を押し殺している。
その震える肩を見て、俺も胸が痛んだ。
( サーラの母さんは……やっぱりストラウス国の人だったんだ)
サーラの母さんの形見の魔道具も、魔法や魔道具が身近なストラウス出身であれば納得できる。
そして、義父さんがサーラに聞かせていたストラウスの話。
サーラの母の故郷だから、たくさん教えてくれていたんだろうな。
でも、国交の無いストラウス国の人と結婚したのは、きっと後で問題になるぞ。
それでも義父さんは、俺やフィンのために証言してくれようとしてるんだ。
きっと、フィンが義父さんを説得してくれたんだろうな。
ありがとう、義父さん。
ありがとう、フィン。
再びサーラをそっと見ると、カリオが彼女のそばで寄り添っていた。
ガルディアに隣国の男を任せ、カリオはサーラの肩にそっと手を置く。
周囲の人たちは、「隣国とは国交が無いのに……」「殿下は知っていたようだぞ」「それなら、問題ない……のか……?」と囁いていた。
義父さんは、構わず話を続ける。
「サーラの母は、魔法とは、”自然の持つ力”と”自らの力”を組み合わせることで発現すると発表しました。
自然の持つ力は、すべての物に宿っている。
自らの力、つまり魔力は、魂のエネルギーであり、誰もが持つものである、と
ただ、量は人によって異なり、またそれを自覚できるかは個人差があるとも」
義父さんは、ちらりと隣国の男を見た。
「しかし、ジアスター教は、魔法を『神に選ばれた者の特権』としています。
だから、彼女の研究は異端視され、迫害されたのです」
場内が、再びざわめく。
「彼女は、この国に来てからも、魔法を誰もが使えるよう研究を続けていました。
しかし――」
義父さんはうつむいて、自分の手のひらを見つめ、ぐっと拳を作った。
「私は、彼女を守り切れなかった」
サーラの顔が見る見るうちに青ざめていくのが分かる。
義父さんは、懐から小瓶を取り出した。
「これは、彼女の形見です」
義父さんが小瓶を掲げる。
中の液体が、ほんのりとピンク色に輝いていた。
「彼女が作った——本物の『聖水』です」
会場が大きくざわつく。貴族の一人が立ち上がる。
「それは『本物』だというのか?」
「はい」
義父さんが頷き、その小瓶をそっと胸に抱いた。
「ジアスター教の聖水は、依存性のあるただの毒物です。
しかし、彼女の聖水は、魔力を一時的に高める薬効のあるもの。
誰かを支配するためのものではない。
彼女は、ただ誰もが幸せになれる世界を願っていた」
義父さんが、フィンのもとへ視線を向ける。
「殿下。殿下は『聖水入りクリーム』に触れましたよね?」
フィンが、目を見開く。
「……前回の査問会で、光が弾けたな」
「はい」
義父さんが説明する。
「あれは、『毒物』ではなく、『彼女』の聖水が入ったクリームです。
私は、彼女の意志を継ごうと、幸福度が上がるクリームを作って、世界中で販売していました。
ただ、魔力の高いものが多くいる国では、魔力に反応して光が弾ける現象がよく起きていました」
義父さんは隣国の男を鋭い目で見つめた。
「しかし、この男はその事実を逆手にとり、殿下の魔力を偽物扱いしたり、エリゼオが精神魔法を使ったと疑ったりした。
それは全部違う。
自分の都合の良いように事実をねじ曲げただけです」
義父さんの視線が、今度は俺へ向く。
「エリゼオ、君は何も悪くない。
ただ、殿下を喜ばせたくてプレゼントしただけだ。
そうだろう?」
その言葉に、胸の奥が熱くなった。
何度も大きく首を縦に振って、義父さんの言葉を肯定する。
義父さんは、ふっと顔をほころばせた。
「そして、サーラの母も、ただ皆の幸せを願っていた。
それを……こんなふうに悪用されるなんて。」
義父さんは隣国の男を鋭くにらむ。
隣国の男は、びくりと身体を震わせていた。
義父さんの拳が震えている。
それでも、義父さんは気持ちを切り替え、話を続けた。
「ジアスター教は、この城が聖地だと信じています。
そして、ここに聖なる泉が眠っていると妄信している」
義父さんは周囲を見渡し、みなに伝えるように声を張り上げた。
「だからこそ――今回ばかりじゃない。この国は常に、ジアスター教に狙われているのです。
そして、隣国はその宗教の過激な行動に頭を悩ませています」
ざわめきが広がる。
「ジアスター教の実態は、いまだにつかめておりません。
隣国にはそれなりの数がおりますが、わが国にも、信者が少しずつ入り込んできているようです。
サーラの母も、近所に住んでいる男にやられました」
サーラが小さく息を呑む声が聞こえた。
義父さんは、そっとサーラを見つめる。
その目には、娘に真実を隠し続けてきた苦しみがにじんでいた。
「すまない、サーラ。
お前には、すべて黙っていた。
母を失った悲しみを、これ以上深くしたくなかった」
サーラの目から、ぽたり、と一筋の涙がこぼれる。
それでも彼女は声を上げず、ただ小さく頷く。
その姿が余りに健気で、俺は思わず目を逸らしたくなった。
カリオがそっとサーラの肩に手を置く。
サーラは一瞬ぴくりと震えたけど、やがてその手に身を預けていた。
カリオの腕の中で、サーラは初めて小さく、小さく泣き出した。
(良かった……カリオがいて)
俺の大切な義妹。
これからはカリオが守ってくれる。そう思えた。
会場は、突然の脅威が身近になっていたことに、驚きの声があちこちから上がっていたんだ。
義父さんが静かに口を開いた。
「彼らは『魔法は神の加護』と主張し、異教徒が魔法を使えることを否定しています。
隣国では、ジアスター教徒が異教徒の魔法に反発し、いさかいを起こして問題になっていました。
そして彼らは、この国も敵視している」
貴族が手を挙げ、尋ねる。
「しかしバルロッティ男爵、あなたはなぜ隣国事情に詳しいんだい?
国交は絶たれているはずなのに」
義父さんは、ちらりとフィンを見る。
フィンは小さく頷いていた。
なんだ、なんだ。
二人だけ通じ合ってるみたいな感じ。
ちょっとだけ妬けるんだけど。
まあ、大事な場面だから、そんなこと言わないんだけどさ。
「——これを見てください」
父さんは、一冊の資料をフィンに差し出した。
フィンはそれを受け取り、陛下へと捧げる。
「私の元妻……サーラの母の研究記録です。
サーラの母は、隣国ストラウスの魔法研究者でした。
ジアスター教に命を狙われ、この国に密かに亡命したのです」
場内に小さな衝撃が走った。
俺の隣で、サーラがぎゅっとスカートを握りしめる。
指先が真っ白になるほど、力が入っている。
サーラは義父さんから何も聞かされていなかったんだ。
唇を噛みしめて必死に声を押し殺している。
その震える肩を見て、俺も胸が痛んだ。
( サーラの母さんは……やっぱりストラウス国の人だったんだ)
サーラの母さんの形見の魔道具も、魔法や魔道具が身近なストラウス出身であれば納得できる。
そして、義父さんがサーラに聞かせていたストラウスの話。
サーラの母の故郷だから、たくさん教えてくれていたんだろうな。
でも、国交の無いストラウス国の人と結婚したのは、きっと後で問題になるぞ。
それでも義父さんは、俺やフィンのために証言してくれようとしてるんだ。
きっと、フィンが義父さんを説得してくれたんだろうな。
ありがとう、義父さん。
ありがとう、フィン。
再びサーラをそっと見ると、カリオが彼女のそばで寄り添っていた。
ガルディアに隣国の男を任せ、カリオはサーラの肩にそっと手を置く。
周囲の人たちは、「隣国とは国交が無いのに……」「殿下は知っていたようだぞ」「それなら、問題ない……のか……?」と囁いていた。
義父さんは、構わず話を続ける。
「サーラの母は、魔法とは、”自然の持つ力”と”自らの力”を組み合わせることで発現すると発表しました。
自然の持つ力は、すべての物に宿っている。
自らの力、つまり魔力は、魂のエネルギーであり、誰もが持つものである、と
ただ、量は人によって異なり、またそれを自覚できるかは個人差があるとも」
義父さんは、ちらりと隣国の男を見た。
「しかし、ジアスター教は、魔法を『神に選ばれた者の特権』としています。
だから、彼女の研究は異端視され、迫害されたのです」
場内が、再びざわめく。
「彼女は、この国に来てからも、魔法を誰もが使えるよう研究を続けていました。
しかし――」
義父さんはうつむいて、自分の手のひらを見つめ、ぐっと拳を作った。
「私は、彼女を守り切れなかった」
サーラの顔が見る見るうちに青ざめていくのが分かる。
義父さんは、懐から小瓶を取り出した。
「これは、彼女の形見です」
義父さんが小瓶を掲げる。
中の液体が、ほんのりとピンク色に輝いていた。
「彼女が作った——本物の『聖水』です」
会場が大きくざわつく。貴族の一人が立ち上がる。
「それは『本物』だというのか?」
「はい」
義父さんが頷き、その小瓶をそっと胸に抱いた。
「ジアスター教の聖水は、依存性のあるただの毒物です。
しかし、彼女の聖水は、魔力を一時的に高める薬効のあるもの。
誰かを支配するためのものではない。
彼女は、ただ誰もが幸せになれる世界を願っていた」
義父さんが、フィンのもとへ視線を向ける。
「殿下。殿下は『聖水入りクリーム』に触れましたよね?」
フィンが、目を見開く。
「……前回の査問会で、光が弾けたな」
「はい」
義父さんが説明する。
「あれは、『毒物』ではなく、『彼女』の聖水が入ったクリームです。
私は、彼女の意志を継ごうと、幸福度が上がるクリームを作って、世界中で販売していました。
ただ、魔力の高いものが多くいる国では、魔力に反応して光が弾ける現象がよく起きていました」
義父さんは隣国の男を鋭い目で見つめた。
「しかし、この男はその事実を逆手にとり、殿下の魔力を偽物扱いしたり、エリゼオが精神魔法を使ったと疑ったりした。
それは全部違う。
自分の都合の良いように事実をねじ曲げただけです」
義父さんの視線が、今度は俺へ向く。
「エリゼオ、君は何も悪くない。
ただ、殿下を喜ばせたくてプレゼントしただけだ。
そうだろう?」
その言葉に、胸の奥が熱くなった。
何度も大きく首を縦に振って、義父さんの言葉を肯定する。
義父さんは、ふっと顔をほころばせた。
「そして、サーラの母も、ただ皆の幸せを願っていた。
それを……こんなふうに悪用されるなんて。」
義父さんは隣国の男を鋭くにらむ。
隣国の男は、びくりと身体を震わせていた。
義父さんの拳が震えている。
それでも、義父さんは気持ちを切り替え、話を続けた。
「ジアスター教は、この城が聖地だと信じています。
そして、ここに聖なる泉が眠っていると妄信している」
義父さんは周囲を見渡し、みなに伝えるように声を張り上げた。
「だからこそ――今回ばかりじゃない。この国は常に、ジアスター教に狙われているのです。
そして、隣国はその宗教の過激な行動に頭を悩ませています」
ざわめきが広がる。
「ジアスター教の実態は、いまだにつかめておりません。
隣国にはそれなりの数がおりますが、わが国にも、信者が少しずつ入り込んできているようです。
サーラの母も、近所に住んでいる男にやられました」
サーラが小さく息を呑む声が聞こえた。
義父さんは、そっとサーラを見つめる。
その目には、娘に真実を隠し続けてきた苦しみがにじんでいた。
「すまない、サーラ。
お前には、すべて黙っていた。
母を失った悲しみを、これ以上深くしたくなかった」
サーラの目から、ぽたり、と一筋の涙がこぼれる。
それでも彼女は声を上げず、ただ小さく頷く。
その姿が余りに健気で、俺は思わず目を逸らしたくなった。
カリオがそっとサーラの肩に手を置く。
サーラは一瞬ぴくりと震えたけど、やがてその手に身を預けていた。
カリオの腕の中で、サーラは初めて小さく、小さく泣き出した。
(良かった……カリオがいて)
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