【完結】義妹(いもうと)を応援してたら、俺が騎士に溺愛されました

未希かずは(Miki)

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61.二人で(前編)*

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 祝福の拍手が鳴りやまない中。

「けれど、跡継ぎはどうなるんだ……?」

 ぽつりと漏れた声に、場内の空気が凍り付いた。

「俺、側妃は嫌だ……」

 フィンが他の誰かに触れる。
 フィンの子を産む女性が現れる。
 そんな未来を想像しただけで、胸が締め付けられた。
 フィンに跡継ぎが必要なことは頭では理解していても、心が拒絶していた。

 重苦しい沈黙を破るように、一人の男が立ち上がった。
 第二王子、ジェルマノ殿下だ。

「父上。跡継ぎが問題だというなら――私の子を兄上の養子にすれば良いでしょう」

 ジェルマノ殿下の澄んだ声が場内に響いた。

「兄上は王になるべき人です。
 そして、エリゼオ」

 ジェルマノ殿下の視線が俺に向いて、俺はびくりと震えた。

「お前はチェネレントの靴に選ばれた者だ。そうだろう?」

 チェネレントの靴って、ガラスの靴だよね?
 でも、俺は選ばれてなんかいないぞ?
 俺は意味が分からずに戸惑う。
 俺が返事をせずにいると、目の前にフィンが立ち、静かに頷いた。

「ああ。エリゼオは選ばれた」

 あ、ガラスの靴は、あの舞踏会の時に女装して履いたな。
 でも、あの靴は確か、サーラのお母さんの形見で、チェネレントは関係ないよな?

 俺だけイマイチ話が見えないままだ。
 ……後でフィンに聞くか。

 その時、陛下がゆっくりと立ち上がり、深く息を吐いた。

「そうか。チェネレントの靴に選ばれし者だったのか。
 その者の意見は無視できぬ。
 これでヴィスコンチ伯爵の甥という件を持ち出して文句を言う者の説得も、可能だ」

 陛下はフィンを見据え、重々しく告げた。

「フィルベルトよ。改めて伝えよう。
 婚姻後、お前を正式に王太子、つまり未来の王とする。
 そしてエリゼオは王太子配として認めよう。
 跡継ぎはジェルマノの子をお前の養子とすることで決着とする」

 会場に歓声がはじけた。

 フィンはジェルマノ殿下に微笑み、ジェルマノ殿下も誇らしげに頷いていた。

 ――本当に、良かった。
 フィンがよそ見するなんて、嫌だもの。
 俺の手を取るフィンは、今にも泣きそうなくらい嬉しそうだった。

 こうして長かった査問会は、静かに幕を閉じたんだ。


◇◇◇

 その夜。熱いお湯に浸かって体をほぐし、久しぶりにゆっくりと食事を終えた後、俺はフィンと二人、寝室に戻った。

 俺たちは二人、ベッドの端に二人並んで座っていた。

「疲れたろう?」

 フィンが隣で優しく笑う。
 その声だけで、胸の奥がじんと温かくなる。

「ちょっとね。でも、嬉しい疲れだよ」

 俺はソファに腰を下ろし、ふと思い出した疑問を口にした。

「なあ、フィン。ジェルマノ殿下が言ってた『チェネレントの靴に選ばれた』ってどういう意味?」

 フィンはくすりと笑って俺の頬を撫でた。

「あの靴は、実は王城に保管されている、本物のチェネレントの靴なんだ」

「え!? 本物!?」

「うん。こっそり持ち出して、サーラに渡したんだ。後で弟が気づいて、叱られたよ。
 でも、エリゼオがそれを履けたと聞いたら、すぐ許してくれた」

「なんで許されるの?」

「あの靴はね、人を選ぶんだ。
 この国に必要とされる者が現れたとき、初めてその靴はその者の足に合うように変化する。
 何百年物間、誰も履けなかった靴が——君を選んだんだよ」

「……え。じゃあ……」

 フィンが微笑み、俺の手を優しく包んだ。

「舞踏会の夜、 靴が『君を選んだ』んだよ。
 君が、ガラスの靴を履いて 私の前に現れたこと。
 それは、運命だったんだ」

 胸が熱くなる。
 運命なんて言葉、信じてなかったけど。
 運命でなくても、俺はフィンと一緒にいるけど。
 それでも、この世界に認めてもらえたことは、王子の配偶者として嬉しかった。

「だから——」

フィンが、そっと顔を寄せる。

「君は、私だけのチェネレントなんだよ」

 唇が触れた。
 触れた瞬間、身体の奥まで温かさが広がっていく。
 唇はすぐ離れ、フィンは俺の肩に頭をのせて甘えてくる。
 そのしぐさがかわいくて、俺はそっとフィンの頭を撫でた。

 俺は思い出していた。
 前世の妹が、よく言っていた言葉。
『推しとの出会いは運命だけど、それから幸せになるのは自分の力だよ』

 妹――見ててくれてるかな。
 空の向こうから、あの笑い声が聞こえるような気がした。
『お兄ちゃん、やっと幸せになったね』
 そんな風に、笑ってくれている気がする。
 うん。お兄ちゃんは、ちゃんと幸せをつかんだよ。

 俺が空に向かって心の中でつぶやいていたら、フィンが顔を上げて目の前にずいっと近づいてきた。

「ぅわっ!! 近いよ!」

「ねえ、エリゼオ。今、誰のこと考えてたの?
 まさか……弟のジェルマノ?」

「え、なんでそうなるんだよ!?」

「駄目だよ。
 彼には奥さんがいるし……」

 そして、フィンは少し拗ねた声でつづけた。

「何より。エリゼオには私がいるだろう?」

 ……ああ、これこれ。
 フィンの甘くて重い独占欲。おなじみの台詞だ。
 たまらなくなって、フィンの首に抱きついた。

「俺にはフィンしかいないよ! 今もこれからもずっと」

 するとフィンは、安心したように息をついた。

「良かった。
 そうじゃなかったら……鍵をかけて閉じ込めるところだった」

 冗談めかしてるけど、フィンは絶対本気だ。
 それが言葉、態度で伝わってくる。

 俺は、背筋がゾクゾクした。

「フィン、大好きだよ。 ねえ、あの日の続き、したいな……」

 俺が勇気を出して言うと、途端にぎゅっと強くフィンに抱きしめられた。
 そのまま俺を胸に抱きよせ、喉の奥から熱い息を漏らす。

「……いいのか? 本当に……?」

 フィンの声が震えている。
 抑えきれない思いと、それでも俺を気遣う優しさが混ざっていた。
 俺は、フィンの喉元にちゅっとキスを落とした。

「うん。フィンに触れてほしい」

 俺だって初めてで怖くないわけじゃない。
 けれど、フィンとなら――この人となら。
 何も怖くなかった。

 俺の言葉が引き金になったようだった。

 フィンの唇が俺の口を塞ぎ、舌が熱を帯びで絡みつく。
 息ができないほどのキス。
 さっきまで王子として毅然としていた男とは思えないほど、俺にだけ見せる乱れた表情。

 その落差がたまらなくて、俺はフィンの舌を絡め返す。

「……っ」

 フィンの身体がびくりと震え、唇が離れた。
 熱が離れるのが惜しくて、俺は無意識にフィンの服をつかんだ。

「少し前まで……キスすら恥ずかしがっていたのに。
 君は本当に……私を惑わせる」

 俺は、少し眉を下げて、フィンに訊ねた。

「フィン……。こんな俺、嫌じゃない?」

「嫌なわけがない。
 どんな君も愛しい。
 ……だから、私のものになって」

 俺たちは額を重ね、呼吸を一つにし、ゆっくりとベッドに倒れ込んだ。

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