【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)

文字の大きさ
1 / 42

プロローグ

しおりを挟む
 数週間前、如月きさらぎ大和やまととバイトを始めたとき、こんな瞬間が来るなんて思いもしなかった。
 まさか大和から告白されるなんて。
 どうしよう。
 だって僕ーー水瀬みなせ碧依あおいは、双子の兄の振りをして、大好きな大和のそばにいたんだから。


 ◇◇◇


 本屋のバイトからの帰り道、路地の湿ったアスファルトの匂いが鼻をつく。
 夏の名残のじっとりとした空気が肌にまとわりつき、遠くで蝉が鳴いていた。

 そんななか、翼のふりをした僕と大和が歩いていたんだ。
 今日の大和はどこか上の空で、会話の合間にぎこちない沈黙が流れていた。
 街灯のオレンジの光がぼんやりと道を照らし、夏の終わりの少し冷たい風が頬を撫で、僕の髪を揺らした。
 僕が一生懸命振った話題に、大和が笑う。
 まるで夏の日差しのように温かく、今まで見たことのない心からの柔らかい笑顔に僕が見とれていた。
 そのときだった。

「好きだ。
 水瀬のこと、初めて会ったときからずっと気になってた」

 大和の言葉に僕の心臓が一瞬止まり、鼓動がドクドクと響く。

 彼の真剣な瞳が、胸の奥まで見透かしそうで、目をそらす。
 震える指先を抑えようと、拳を握りしめた。

 「好きだ」「初めて会ったときから」

 大和の言葉が、頭の中で反響する。
 嘘だよね?
 急にこんなこと言われても、頭も心も追いつかない。
 もし僕が本物の翼だったなら、あの誰からも愛される笑顔でそれに「僕も好きだよ」って答えられたのに。
 でも僕にはできない。

「初めて…?」

 僕の声は震え、まるで自分のものじゃないみたいに、頼りなかった。

 大和は少し照れたように笑い、髪をかき上げた。
 彼のその仕草が、なぜか僕の胸に焼き付いていた。
 街灯の光が彼の瞳に小さな光の粒を映し込み、まるで夜空の星みたいだ。

「水瀬の初めて会ったときのあの笑顔がさ……なんか特別だったんだ。俺、ずっと忘れられなかった。
 でも、二回目からはそれがよそよそしくなってたから。嫌われたのかと思ったけど、せっかく同じ職場になれたんだし、勇気出してたくさん話しかけたんだぜ。そしたらまた、あの笑顔が見えたから……嬉しくて」


 彼の声は柔らかくて、遠い記憶をたどるようだった。

 けれど。

 大和は、僕のことを翼だと思ってる。
 そして、大和が翼と初めて出会ったのは、本屋のバイトだ。
 そこで初めて会ったのは、翼のふりをした僕のことじゃない。
 だって、初めてバイトに大和が来た日に働いていたのは、本物の翼だから。
 大和は、本物の翼の笑顔が好きなんだ。
 二回目に違和感を感じたのは、僕が翼になりすましたから。
 僕が翼として出会った時には、もうの翼を好きになってたってことだよね。
 大和が好きになったのは、本物の翼の明るくて自信に満ちた笑顔。
 僕も少しずつ翼の笑顔の真似ができるようになったけど、結局、翼を越えることはできなかったんだ。

「俺、これからも水瀬の笑顔が見たい。だから、俺と付き合ってくれる?」

 大和の声がわずかに震えている。
 ーー緊張してるんだ、大和が。
 いつも気さくに話す彼が、不安を滲ませて僕の答えを待っている。
 心臓がうるさい。頭が真っ白だ。
 僕の心は、まるで棘のついた枝でズタズタに引き裂かれたように痛い。


 違う……。違うよ、大和。
 君が好きなのは、僕じゃない。
 君が愛したのは、本物の「翼」なんだ。
 本当のことを伝えなきゃ。

 なのに喉が詰まって、その言葉がでない。

 どうしよう。
 ただ傍にいたくて翼のふりをしていただけなのに。
 僕は、どうしたらいいか、わからないままだった。


しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

君の恋人

risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。 伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。 もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。 不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

新生活始まりました

たかさき
BL
コンビニで出会った金髪不良にいきなり家に押しかけられた平凡の話。

【完結】いいなりなのはキスのせい

北川晶
BL
優等生×地味メンの学生BL。キスからはじまるすれ違いラブ。アオハル! 穂高千雪は勉強だけが取り柄の高校一年生。優等生の同クラ、藤代永輝が嫌いだ。自分にないものを持つ彼に嫉妬し、そんな器の小さい自分のことも嫌になる。彼のそばにいると自己嫌悪に襲われるのだ。 なのに、ひょんなことから脅されるようにして彼の恋人になることになってしまって…。 藤代には特異な能力があり、キスをした相手がいいなりになるのだという。 自分はそんなふうにはならないが、いいなりのふりをすることにした。自分が他者と同じ反応をすれば、藤代は自分に早く飽きるのではないかと思って。でも藤代はどんどん自分に執着してきて??

手の届かない元恋人

深夜
BL
昔、付き合っていた大好きな彼氏に振られた。 元彼は人気若手俳優になっていた。 諦めきれないこの恋がやっと終わると思ってた和弥だったが、仕事上の理由で元彼と会わないといけなくなり....

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

処理中です...