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プロローグ
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数週間前、如月大和とバイトを始めたとき、こんな瞬間が来るなんて思いもしなかった。
まさか大和から告白されるなんて。
どうしよう。
だって僕ーー水瀬碧依は、双子の兄の振りをして、大好きな大和のそばにいたんだから。
◇◇◇
本屋のバイトからの帰り道、路地の湿ったアスファルトの匂いが鼻をつく。
夏の名残のじっとりとした空気が肌にまとわりつき、遠くで蝉が鳴いていた。
そんななか、翼のふりをした僕と大和が歩いていたんだ。
今日の大和はどこか上の空で、会話の合間にぎこちない沈黙が流れていた。
街灯のオレンジの光がぼんやりと道を照らし、夏の終わりの少し冷たい風が頬を撫で、僕の髪を揺らした。
僕が一生懸命振った話題に、大和が笑う。
まるで夏の日差しのように温かく、今まで見たことのない心からの柔らかい笑顔に僕が見とれていた。
そのときだった。
「好きだ。
水瀬のこと、初めて会ったときからずっと気になってた」
大和の言葉に僕の心臓が一瞬止まり、鼓動がドクドクと響く。
彼の真剣な瞳が、胸の奥まで見透かしそうで、目をそらす。
震える指先を抑えようと、拳を握りしめた。
「好きだ」「初めて会ったときから」
大和の言葉が、頭の中で反響する。
嘘だよね?
急にこんなこと言われても、頭も心も追いつかない。
もし僕が本物の翼だったなら、あの誰からも愛される笑顔でそれに「僕も好きだよ」って答えられたのに。
でも僕にはできない。
「初めて…?」
僕の声は震え、まるで自分のものじゃないみたいに、頼りなかった。
大和は少し照れたように笑い、髪をかき上げた。
彼のその仕草が、なぜか僕の胸に焼き付いていた。
街灯の光が彼の瞳に小さな光の粒を映し込み、まるで夜空の星みたいだ。
「水瀬の初めて会ったときのあの笑顔がさ……なんか特別だったんだ。俺、ずっと忘れられなかった。
でも、二回目からはそれがよそよそしくなってたから。嫌われたのかと思ったけど、せっかく同じ職場になれたんだし、勇気出してたくさん話しかけたんだぜ。そしたらまた、あの笑顔が見えたから……嬉しくて」
彼の声は柔らかくて、遠い記憶をたどるようだった。
けれど。
大和は、僕のことを翼だと思ってる。
そして、大和が翼と初めて出会ったのは、本屋のバイトだ。
そこで初めて会ったのは、翼のふりをした僕のことじゃない。
だって、初めてバイトに大和が来た日に働いていたのは、本物の翼だから。
大和は、本物の翼の笑顔が好きなんだ。
二回目に違和感を感じたのは、僕が翼になりすましたから。
僕が翼として出会った時には、もう本物の翼を好きになってたってことだよね。
大和が好きになったのは、本物の翼の明るくて自信に満ちた笑顔。
僕も少しずつ翼の笑顔の真似ができるようになったけど、結局、翼を越えることはできなかったんだ。
「俺、これからも水瀬の笑顔が見たい。だから、俺と付き合ってくれる?」
大和の声がわずかに震えている。
ーー緊張してるんだ、大和が。
いつも気さくに話す彼が、不安を滲ませて僕の答えを待っている。
心臓がうるさい。頭が真っ白だ。
僕の心は、まるで棘のついた枝でズタズタに引き裂かれたように痛い。
違う……。違うよ、大和。
君が好きなのは、僕じゃない。
君が愛したのは、本物の「翼」なんだ。
本当のことを伝えなきゃ。
なのに喉が詰まって、その言葉がでない。
どうしよう。
ただ傍にいたくて翼のふりをしていただけなのに。
僕は、どうしたらいいか、わからないままだった。
まさか大和から告白されるなんて。
どうしよう。
だって僕ーー水瀬碧依は、双子の兄の振りをして、大好きな大和のそばにいたんだから。
◇◇◇
本屋のバイトからの帰り道、路地の湿ったアスファルトの匂いが鼻をつく。
夏の名残のじっとりとした空気が肌にまとわりつき、遠くで蝉が鳴いていた。
そんななか、翼のふりをした僕と大和が歩いていたんだ。
今日の大和はどこか上の空で、会話の合間にぎこちない沈黙が流れていた。
街灯のオレンジの光がぼんやりと道を照らし、夏の終わりの少し冷たい風が頬を撫で、僕の髪を揺らした。
僕が一生懸命振った話題に、大和が笑う。
まるで夏の日差しのように温かく、今まで見たことのない心からの柔らかい笑顔に僕が見とれていた。
そのときだった。
「好きだ。
水瀬のこと、初めて会ったときからずっと気になってた」
大和の言葉に僕の心臓が一瞬止まり、鼓動がドクドクと響く。
彼の真剣な瞳が、胸の奥まで見透かしそうで、目をそらす。
震える指先を抑えようと、拳を握りしめた。
「好きだ」「初めて会ったときから」
大和の言葉が、頭の中で反響する。
嘘だよね?
急にこんなこと言われても、頭も心も追いつかない。
もし僕が本物の翼だったなら、あの誰からも愛される笑顔でそれに「僕も好きだよ」って答えられたのに。
でも僕にはできない。
「初めて…?」
僕の声は震え、まるで自分のものじゃないみたいに、頼りなかった。
大和は少し照れたように笑い、髪をかき上げた。
彼のその仕草が、なぜか僕の胸に焼き付いていた。
街灯の光が彼の瞳に小さな光の粒を映し込み、まるで夜空の星みたいだ。
「水瀬の初めて会ったときのあの笑顔がさ……なんか特別だったんだ。俺、ずっと忘れられなかった。
でも、二回目からはそれがよそよそしくなってたから。嫌われたのかと思ったけど、せっかく同じ職場になれたんだし、勇気出してたくさん話しかけたんだぜ。そしたらまた、あの笑顔が見えたから……嬉しくて」
彼の声は柔らかくて、遠い記憶をたどるようだった。
けれど。
大和は、僕のことを翼だと思ってる。
そして、大和が翼と初めて出会ったのは、本屋のバイトだ。
そこで初めて会ったのは、翼のふりをした僕のことじゃない。
だって、初めてバイトに大和が来た日に働いていたのは、本物の翼だから。
大和は、本物の翼の笑顔が好きなんだ。
二回目に違和感を感じたのは、僕が翼になりすましたから。
僕が翼として出会った時には、もう本物の翼を好きになってたってことだよね。
大和が好きになったのは、本物の翼の明るくて自信に満ちた笑顔。
僕も少しずつ翼の笑顔の真似ができるようになったけど、結局、翼を越えることはできなかったんだ。
「俺、これからも水瀬の笑顔が見たい。だから、俺と付き合ってくれる?」
大和の声がわずかに震えている。
ーー緊張してるんだ、大和が。
いつも気さくに話す彼が、不安を滲ませて僕の答えを待っている。
心臓がうるさい。頭が真っ白だ。
僕の心は、まるで棘のついた枝でズタズタに引き裂かれたように痛い。
違う……。違うよ、大和。
君が好きなのは、僕じゃない。
君が愛したのは、本物の「翼」なんだ。
本当のことを伝えなきゃ。
なのに喉が詰まって、その言葉がでない。
どうしよう。
ただ傍にいたくて翼のふりをしていただけなのに。
僕は、どうしたらいいか、わからないままだった。
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