【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)

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1.出会い 前編

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 僕と大和の出会いは、慶陽大学文学部の二年の春だった。
 同じゼミ生になったことがきっかけだ。

 どんな人がいるんだろうと、初めてのゼミに緊張でガチガチになりながら教室に入ると、視線が窓際に吸い寄せられた。
 そこにいたのが如月大和だったんだ。
 二十人ほどの生徒が小さな教室に集まっているのに、大和はひときわ目立ってた。
 背が高く、姿勢がまっすぐで、そこにいるだけで光ってるみたいだった。
 鼻筋が高く、右耳につけた青いイヤーカフはとても目を引く。
 それに負けないくらい、はっきりした顔立ちの大和は、遠目から見てもカッコよかった。
 少し明るい髪色が、陽の光に反射してきらきら輝いてた。
 誰とでも気さくに話す笑顔は、双子の兄の翼を思わせる。
 僕には絶対に出せない、みんなを惹きつける明るさ。
 ついじっと見てたら、大和がふとこっちを向いて、ニッと笑いかけてきた。
 
「おはよ、これからよろしくな」

 軽快な声に、心臓がドクンと跳ねる。
 何でこんなに心臓が騒がしいんだろう。
 翼の友達が大勢で来たときだって、こんなに動揺しなかったのに。

「お、おはよう……。よ、よろしく、です」

 僕は精一杯の声で返したけど、目が合うと頭が真っ白になって、うつむいてしまった。
 きっと翼なら、こんな時も笑顔でうまく返せる。
 そして、大和ともすぐに打ち解けてた筈だ。
 僕は、ため息をついて席に着いた。
 窓の外、桜の枝がそっと揺れる。
 春の風がカーテンを揺らし、ほのかな花の匂いと教室の少し埃っぽい空気が混じる。
 教室のざわめきがなぜか遠く聞こえ、机の木目がやけに鮮明だった。
 大和の声がいつまでも耳に残って離れない。
 こんなの、今まで無かった。
 今まで出会った人とは何かが違う。
 そんな予感がしたんだ。
 

 それからのゼミは、僕にとって小さな試練の連続だった。
 人見知りの僕が大和に話しかけるなんて、ありえない。
 でも、大和は違ったんだ。
 誰にでも分け隔てなく挨拶して、僕にも「水瀬、今日すげえ天気いいよな」とか「そのペン、センスいいな。どこで買ったの?」とか、気軽に話しかけてくれた。

 ある日、ゼミのディスカッションで教授に当てられた。
 けれど、いろんな考えが思い浮かんできて言葉に詰まってしまった。
 そんな僕を、みんなが注目する。
 何か話さなきゃ。
 そう焦るほど、僕はますます言葉にできなかった。
 そのとき、大和が教授に質問をして、時間を稼いでくれた。
 僕は、その間に考えをまとめて、何とか話すことができたんだ。

「ありがと」

 僕が小さい声でお礼を言うと、大和は目尻を下げて、「どういたしまして」と返してくれた。
 そのあとも、大和の視線が僕にだけ向けられている気がして、胸が熱くなる。
 みんなを見つめ、みんなの中心で輝いているのが大和なのに、なぜかその時は僕だけをじっと見つめている気がしたんだ。
 そんなことが何度かあり、気づけばゼミの日が待ち遠しくなっていた。
 大和が僕に笑いかけるだけで、なんだか心が軽くなる。
 でも、そのたびに緊張して、目も合わせられないし、簡単な挨拶や返事くらいしか返せなかった。



「最近、なんか楽しそうだね」

 突然、夕食の準備をしているときに、双子の兄の翼に言われた。
 翼とは大学が別だけど、大学進学に合わせて二人で上京し、一緒に暮らしてた。

「そ、そんなことないよっ」

 僕は咄嗟に否定したけど、頭の中には大和の笑顔が浮かんでいた。
 なんでこんなに気になるんだろう。
 翼みたいに、誰とでも仲良くなれる人だから、ただ憧れてるだけだよね。
そんな風に自分を納得させようとしたけど、胸のざわめきは収まらなかった。


◇◇◇

 ゴールデンウィーク前のある日、ゼミの教授から資料作成を頼まれた。
 数枚の紙をまとめてホッチキスで留める単純作業。でも、量が多くて僕はうんざりしてた。
 窓から差し込む夕陽が、机の上でオレンジに揺れる。 
 
「教授も一緒にやるって言ったのに……」
 
 教授は事務からの呼び出しを受けて、それからちっとも戻ってこない。
 夕方の教室にはゼミの学生は誰も残ってなくて、他に頼める人もいなかった。
 外の廊下から、男女の大勢の賑やかな話し声が聞こえてくる。
 時折軽やかな笑い声も混じって、楽しそうだった。
 僕はため息をつきながら、一人で黙々と作業してた。
 すると、突然教室のドアが開く。
 教授が帰ってきたのかと顔を上げると、そこには大和が驚いた顔で立っていた。

「あれっ、まだ残ってたんだ。忘れ物取りに来ただけなんだけど……水瀬、何やってんの?」
 
 相変わらず気さくに話しかける大和に、僕はドキドキしながら答える。
 
「資料作成、教授に頼まれて」
「マジか。で、その教授は? どこ行ったんだよ? こんな量、水瀬一人でやってんの?」

 大和が眉を寄せて、机のプリントを見た。

「事務に呼ばれて……まだ戻ってきてなくて」
「え、押し付けられたまま? ったく、こんな山盛り一人でやらせるとかさ。教授ひどいな。じゃあさ、俺手伝うよ」
 
 大和は爽やかに笑って、僕の向かいに座る。
 プリントを手に取る仕草が、なんかかっこいい。
 
「えっ、あ、あっ、でも……」
「いいって、気にすんなよ。俺、今日予定ないし。水瀬一人で大変だろ? こうやって留めればいいんだよな?」

 
 軽やかな大和の声に、僕はそれ以上なんて言ったらよいのか分からず口をパクパクさせたあと、なんとか「ありがとう」をつぶやいた。
 作業しながら、大和がふっと笑みを浮かべる。
 前髪を軽くかき上げる仕草も一緒に。
 
「水瀬ってさ、めちゃくちゃ色々考えてそうだよな。頭の中でぐるぐるして、話すの迷っちゃうタイプだろ? 俺、つい水瀬の手伝いたくなってさ。畳みかけるように話しかけて、ごめんな。」

 大和の言葉に、胸がきゅっと締め付けられた。
 こんなふうに僕のことを見てくれるのは、翼くらいしかいなかったから。  
 さらに大和は、「これでいい?」と何度も確認するように僕を見つめてくる。
 翼にはない仕草だった。
 その違いが、なぜか心の奥をざわつかせるんだ。
 今だってそうだ。
 僕の気持ちを的確に受け取っているのに、不安そうに僕を見つめてくるんだ。

「ううん……ありがとう」

 大和の優しい視線を受けて、笑みがこぼれ、肩の力がふっと抜ける。
 大和は手を止めて、そんな僕を今度は真顔でじっと見つめてきた。
 
「如月くん?」
「っ、あ、なんでもない! ごめん」


 大和は慌てて作業を再開する。それから、ちらっと僕を見て、ちょっと照れたように笑った。
 
「なあ、水瀬が嫌じゃなかったら、話しながら作業しても良いか?」
「えっ、うん。あんまりうまく返せないかもしれないけど、それで良ければ」
「いいんだよ。俺、水瀬の声、もっと聞きたかったんだ」  

 大和の笑顔がまぶしくて、僕はつい目を逸らしてしまった。
 なんでこんな一言で、胸がこんなに熱くなるんだろう。
 僕は、自分の気持ちが分からなかったんだ。
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