【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)

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4.アルバイト

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 七月の初め、蒸し暑い夕方に、僕は翼の白いシャツを着て本屋の前に立っていた。
 鏡で何度も練習した翼の笑顔は、どこかぎこちない。
 心臓がバクバクして、汗でシャツが背中に張りついた。

「碧依、自信持って!」

 家で準備してた時、翼が課題のスケッチを描きながら励ましてくれた言葉を思い出した。  
 翼のシャツは薄く、動くたびに軽やかに揺れる。
 その動きがまるで翼の明るさをまとってるみたいで、背筋がすっと伸びた。  
 
 ガラス扉の向こうで、大和が本を整理してる。
 青いイヤーカフが、蛍光灯にきらりと光った。  
 夕暮れの光が、店内の本棚に長い影を落としている。
 外から感じる本屋の静けさが、僕の緊張をそっと煽って、つい両手をきつく握りしめた。
 それから、大和に気付かれないよう店の裏側に回り、従業員専用の扉を開けて中に入る。
 すると、ちょうど振り向いた店長と目が合った。

「碧依君? 碧依君だよね。何で翼みたいな格好しているの?」

 店長の少し驚いた声に、僕は一瞬で喉がカラカラになった。
 翼のシャツが急に重く感じる。
 それでも、店長にだけは正直に話すべきだと思い、大きく息を吐いた。

「店長、実は仕事の前に話があって……」

 僕の緊張した顔を見て、店長は奥の部屋に僕を促してくれた。
 そこは、店長がいつも一人で事務作業をする、小さな部屋だった。
 蛍光灯の白い光が、机の上の書類に冷たく反射している。
 ふわりと落ち着いた森林のような香りがする。
 それは、どこか懐かしさを感じて、勇気をもらえた。
 僕は深呼吸をしてから、全部話した。
 大学で同じゼミの大和が好きなこと。
 でも、うまく話せなくて、いつも「う、うん」としか返せないこと。
 先日、翼と大和が本屋で楽しそうに話しているのを見て、僕もあんなふうに話してみたいと思ったこと。
 大和の弾けた笑顔が、翼の隣で輝いていたこと。
 あの笑顔を、僕にも向けてほしいと願ったこと。
 だから、他のスタッフに僕の顔見知りがいない今、大和に翼だと思わせて一緒に働きたいこと。

 ゆっくりと途切れながら話す僕の話を、店長は黙って聞いている。
 その間、眼鏡の奥で目を細め、難しい顔で考え込んでいるようだった。
 僕の話をすべて聞いた後に、僕の目を見ながら、口を開いた。

「……俺は、そんなことしないほうがいいと思うぞ。碧依君は、碧依君の魅力が充分あるじゃないか」


 店長は、事務所の机に置かれた、小さなサンタの人形をちらりと見やる。

「去年、子どもが買った本を抱えたまま、転んだことがあっただろ?
 本は無事だったけど、プレゼントの包みが破れたからって、碧依君がすぐに包み直してくれていたよな。さらには膝に絵本と同じキャラクターの絆創膏まで貼って。
 あの時、親御さんがすごく喜んでいたよ。ああいう碧依君ならではの気遣い、如月君だって気づくはずだ。そんなことしなくても、如月君と仲良くなれると思うぞ」

 店長の言葉は、翼の「自信持って」と重なって、胸をちくりと刺した。

「店長の言うことはもっともです。でも、如月くんと仲良くなるためには、自分の中で覚悟が必要で。本当の僕じゃうまく話せなくて、大和の笑顔に届かない気がするんです。
 だから、翼の力を借りたいんです。ごめんなさい。店長には迷惑かけませんから。このまま翼として過ごさせてください!」

 勢い良く頭を下げると、額に汗がにじんだ。翼のシャツの襟が首に食い込む。
 店長は細く長いため息をつき、眼鏡を外して眉間を揉んだ。

「翼には話したのか?」

「翼には服のアドバイスをしてもらったり、服を借りたりしました。けど、反対されると思って、僕が翼になり代わってバイトをすることは言ってません」

「翼にはいつかちゃんと話をするんだぞ。俺は碧依君の嘘に協力はしない。でも、仕事に支障がない限り、黙って見守るよ。とりあえず、仕事では『水瀬君』って呼ぶから、後は碧依君の努力次第だ。」

 店長の渋々ながらの理解に、僕は更に深く頭を下げた。
 心臓がまだバクバクしてるけど、許可がでたことで、胸をそっと撫で下ろした。


 事務室を出て、店内に行くと、大和がカウンターで本を整理していた。
 蛍光灯の下、髪が少し乱れて、青いイヤーカフが光るたびに、胸がドキンと跳ねる。
 僕がそっと近づくと、大和が振り返り、驚いた顔をした後、満面の笑みになった。 

「これから水瀬と組んで仕事してくれって。よろしくな!」

 挨拶をしてきた大和の笑顔に、僕は一瞬、息をのんだ。
 翼の笑顔を真似ようと、鏡で何度も練習した口元が、ぎこちなく震える。
 深呼吸して、翼の口調を意識した。

「よ、よろしくね!」

 声が少し上ずった。大和の視線が、ほんの一瞬、僕の顔に止まった気がした。

「何か、雰囲気違うな? 髪型のせいかな? 前髪、ピンで止めたら、顔がよく見えるな」

 大和が首をかしげながら、ぼくの顔をじっと見つめてきた。

 まずい。
 僕が翼じゃないって、バレちゃう――!

 慌てて笑顔を貼り付け、翼らしい軽快な口調でごまかした。

「あはは、そうかな? 髪型変えると違って見えるよね。あ、如月くん、そこの本取ってくれる?」

 大和は、目線を本にずらし、僕に手渡した。

「あ、この本。発売されたんだね。帰りに買って帰ろうかな」

 僕がそう言うと、大和が笑顔になった。

「あ、それ俺も好き。宇宙と歴史がテーマで、ちょっととっつきにくいけど、作者の視点が面白くてさ。ずっと下巻待ってたんだ」

 大和の気さくな声が、店内の静かな空気を温かく震わせる。
 「好き」という言葉に、つい反応して言葉が引っ込みそうになった。
 
 変わろうと思ったんだろう?

 自分を叱咤して、会話を続けた。

「うん。僕も好きだよ。如月くんと同じ本が好きだなんて、なんか嬉しいな」

 翼になったつもりで、頭に浮かんだ思いをそのまま口にした。
 大和は、なぜか前髪に触って、ふっと上を向いた。

 失敗したかな?
 やっぱり翼のようには、話せないのかな。

 不安で、じわりと涙が滲みそうになったとき、大和がふわりと優しい笑顔を見せた。

「うん、俺も。水瀬と同じ本が好きで、なんか嬉しいよ」
 
 その笑顔は、夕暮れの茜色の光が本棚に差し込むみたいに温かかった。
 一緒に資料をまとめたあの日を思い出す。
 僕は急に熱くなった身体を冷ますように、翼のシャツの襟元をパタパタ仰いだ。
 その瞬間、絵の具の匂いがかすかに香り、シャツを仰ぐ手が、まるで別人のものみたいに感じた。
 大和と並んで本を整理しながら、胸の高鳴りが止まらない。
 大和の笑顔があまりにもまぶしくて、僕は「翼」として、この一瞬を刻み込むように、本を手に取った。  

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