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17.バーベキュー 前編
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花火大会が終わって、帰ろうと立ち上がると、大和がそっと手を引いてきた。
「なあ、俺は約束通り水瀬って呼ぶけど、水瀬には俺のこと名前で呼んでほしい。駄目かな?」
大和の提案に、僕は少し戸惑った。
「え……」
「まさか、俺の名前知らないとか言わないよな?」
眉をへニョリと下げて悲しそうな顔になった大和を見て、僕は慌てて首を横に振った。
「そんなわけない! ちゃんと知ってるよ。大和、くん、だよね?」
「良かった! 忘れられてたらどうしようかと思ったよ。なあ、大和って呼び捨てにして。俺、水瀬にそう呼んでもらえたら、もっと近くにいられる気がするんだ」
大和がパッと笑顔になる。
その笑顔は、花火よりも眩しくて、僕の心をぎゅっと掴んだ。
「……うん。じゃあ、二人きりのときだけ、大和って呼ぶね」
自然とその言葉が口をついて出てきた。
それから、本屋のバイトでは「如月くん」って呼び続けたけど、二人きりのときは、「大和」って呼ぶようになったんだ。
手をつなぐこともずっと増えて、公園で話すときなんか、肩を寄せ合って指を絡ませたままだった。
夜は涼しい日もあったけど、こうして大和といると身体が熱くなって、ぼうっとしてしまう。
「可愛いな」
大和が笑いながら言うと、僕の顔はタコみたいに真っ赤になってたと思う。
「もうっ、大和ったら、そうやってからかわないでよ」
僕がそっぽを向くと、大和はごめんごめんと謝って、僕の頬をそっと撫でる。
その温かい手に、胸がじんわり温かくなった。
そして大和は、その手を離すことなくしばらくじっと見つめてたんだ。
そして、花火大会から十日後。
ゼミ生が集まるバーベキューがあった。
大学の近くの河原で開かれる、毎年恒例のイベントなんだ。
翼としてじゃなく、僕、碧依として大和と会うのは大丈夫かなって心配だったけど、参加することにした。
夏休み明けには全てを話して、きっと大和の笑顔を遠くから見ることもできなくなる。
それなら、今のうちに大和の姿をたくさん目に焼き付けたかったんだ。
それに、碧依の僕は翼のふりをしているときと見た目が全然違うから、大和は気づかないと思う。
洋服は地味な色の無難な服装でまとめ、髪はふわふわのまま、長い前髪で目を隠して、ちょっぴり背を丸めて俯いて歩けば、普段の碧依だ。
いつも前を見つめ、笑顔をみんなに振り向く翼とは全然違う。
鏡の前に立ち、ちょっとだけ翼の笑顔をしてみたけど、碧依の姿の僕だと、ぎこちなく口の端があがるだけだった。
河原に着くと、炭火の煙と肉の焼ける香ばしい匂いが漂って、ゼミ生たちの笑い声が響いてた。
夏の終わりの風が涼しくて、どこか寂しげに吹き抜ける。
ポケットの中で、星の砂の瓶にそっと触れる。
花火大会の夜、大和が「幸運のお守り」って渡してくれた瓶は、今でも僕の心を温かく照らしてくれる。
ゼミ生たちはビニールシートを広げて、ワイワイ騒いでた。
誰かが持ってきたスピーカーから、夏らしいポップな音楽が流れて、炭火の上でジュージューと焼ける肉や野菜が食欲をそそる。
大和は仲間と一緒に火をおこしたり、飲み物を配ったり、いつものように自然と場を盛り上げてた。
その笑顔は、花火の夜に見たあの輝きと同じなのに、何だか少し遠く感じる。
「水瀬、おはよ! ほら、ジュース飲む?」
大和がオレンジジュースのペットボトルを差し出してきた。
碧依の僕にまで気さくな笑顔を振りまく大和に、やっぱり優しいなって思う。
「う、うん、ありがと……」
手が震えて、受け取るのにドキドキした。
大和がどんな目で僕を見ているのか気になって顔を上げると、思いがけず真剣な目だった。
「なあ。水瀬。なんか、いつもと違うな」
「え、な、なにも違わないよ。あ、で、電話、かかってきた。ちょっとごめんね」
ちょうど電話が鳴って、僕はホッとしながら大和から離れて電話に出る。
店長からシフト調整の連絡だった。
僕は、心のなかで店長に感謝する。
店長の声の後ろで、店員さんが大声で呼ぶのが聞こえて、大和に聞こえなかったかなってヒヤリとした。
ちらっと振り返ると、大和は足元を見つめて、なんか考えこんでるみたいだった。
考え事してたなら、聞こえてないよね?
もし店長からの電話を聞かれたら、「本屋に注文した本が入荷した連絡がきただけ」って誤魔化せば平気かなと思って、さらに大和から離れた。
笑顔で電話を切ると、大和がまだこっちを見てる。
だから、僕は軽く会釈して、川べりへ向かったんだ。
「水瀬、いつもと違うな」
大和の言葉を思い出して、鼓動が速くなる。
危なかった。
無意識に翼の笑顔や仕草が出て、大和に違和感を与えたのかも。
もう、僕の行動が碧依なのか翼なのか、自分でも分からないくらい、大和との時間を重ねてしまった。
でも、その時間もあと少しだ。
河原の端にしゃがんで、ポケットの瓶をそっと撫でた。
あの花火の夜、ビルの屋上で大和と恋人繋ぎした温もりが、胸にふわりと蘇る。
今、碧依に戻った僕にも、大和は優しい。
翼の服を借りて、鏡の前で笑顔を練習した自分を思い出す。
翼の明るさをまとえば、大和と話せると信じてた。
あの笑顔は僕のものじゃなかったのに。
大和に嘘をついてることに、胸がぎゅっと締まる。
この幸せは、僕が盗んだもの。
でも、あと少しだけ。
この夏が終わるまで、大和の笑顔をそばで見ていたい。
自分のわがままに呆れながら、それでも僕はこの嘘をやめられなかった。
「なあ、俺は約束通り水瀬って呼ぶけど、水瀬には俺のこと名前で呼んでほしい。駄目かな?」
大和の提案に、僕は少し戸惑った。
「え……」
「まさか、俺の名前知らないとか言わないよな?」
眉をへニョリと下げて悲しそうな顔になった大和を見て、僕は慌てて首を横に振った。
「そんなわけない! ちゃんと知ってるよ。大和、くん、だよね?」
「良かった! 忘れられてたらどうしようかと思ったよ。なあ、大和って呼び捨てにして。俺、水瀬にそう呼んでもらえたら、もっと近くにいられる気がするんだ」
大和がパッと笑顔になる。
その笑顔は、花火よりも眩しくて、僕の心をぎゅっと掴んだ。
「……うん。じゃあ、二人きりのときだけ、大和って呼ぶね」
自然とその言葉が口をついて出てきた。
それから、本屋のバイトでは「如月くん」って呼び続けたけど、二人きりのときは、「大和」って呼ぶようになったんだ。
手をつなぐこともずっと増えて、公園で話すときなんか、肩を寄せ合って指を絡ませたままだった。
夜は涼しい日もあったけど、こうして大和といると身体が熱くなって、ぼうっとしてしまう。
「可愛いな」
大和が笑いながら言うと、僕の顔はタコみたいに真っ赤になってたと思う。
「もうっ、大和ったら、そうやってからかわないでよ」
僕がそっぽを向くと、大和はごめんごめんと謝って、僕の頬をそっと撫でる。
その温かい手に、胸がじんわり温かくなった。
そして大和は、その手を離すことなくしばらくじっと見つめてたんだ。
そして、花火大会から十日後。
ゼミ生が集まるバーベキューがあった。
大学の近くの河原で開かれる、毎年恒例のイベントなんだ。
翼としてじゃなく、僕、碧依として大和と会うのは大丈夫かなって心配だったけど、参加することにした。
夏休み明けには全てを話して、きっと大和の笑顔を遠くから見ることもできなくなる。
それなら、今のうちに大和の姿をたくさん目に焼き付けたかったんだ。
それに、碧依の僕は翼のふりをしているときと見た目が全然違うから、大和は気づかないと思う。
洋服は地味な色の無難な服装でまとめ、髪はふわふわのまま、長い前髪で目を隠して、ちょっぴり背を丸めて俯いて歩けば、普段の碧依だ。
いつも前を見つめ、笑顔をみんなに振り向く翼とは全然違う。
鏡の前に立ち、ちょっとだけ翼の笑顔をしてみたけど、碧依の姿の僕だと、ぎこちなく口の端があがるだけだった。
河原に着くと、炭火の煙と肉の焼ける香ばしい匂いが漂って、ゼミ生たちの笑い声が響いてた。
夏の終わりの風が涼しくて、どこか寂しげに吹き抜ける。
ポケットの中で、星の砂の瓶にそっと触れる。
花火大会の夜、大和が「幸運のお守り」って渡してくれた瓶は、今でも僕の心を温かく照らしてくれる。
ゼミ生たちはビニールシートを広げて、ワイワイ騒いでた。
誰かが持ってきたスピーカーから、夏らしいポップな音楽が流れて、炭火の上でジュージューと焼ける肉や野菜が食欲をそそる。
大和は仲間と一緒に火をおこしたり、飲み物を配ったり、いつものように自然と場を盛り上げてた。
その笑顔は、花火の夜に見たあの輝きと同じなのに、何だか少し遠く感じる。
「水瀬、おはよ! ほら、ジュース飲む?」
大和がオレンジジュースのペットボトルを差し出してきた。
碧依の僕にまで気さくな笑顔を振りまく大和に、やっぱり優しいなって思う。
「う、うん、ありがと……」
手が震えて、受け取るのにドキドキした。
大和がどんな目で僕を見ているのか気になって顔を上げると、思いがけず真剣な目だった。
「なあ。水瀬。なんか、いつもと違うな」
「え、な、なにも違わないよ。あ、で、電話、かかってきた。ちょっとごめんね」
ちょうど電話が鳴って、僕はホッとしながら大和から離れて電話に出る。
店長からシフト調整の連絡だった。
僕は、心のなかで店長に感謝する。
店長の声の後ろで、店員さんが大声で呼ぶのが聞こえて、大和に聞こえなかったかなってヒヤリとした。
ちらっと振り返ると、大和は足元を見つめて、なんか考えこんでるみたいだった。
考え事してたなら、聞こえてないよね?
もし店長からの電話を聞かれたら、「本屋に注文した本が入荷した連絡がきただけ」って誤魔化せば平気かなと思って、さらに大和から離れた。
笑顔で電話を切ると、大和がまだこっちを見てる。
だから、僕は軽く会釈して、川べりへ向かったんだ。
「水瀬、いつもと違うな」
大和の言葉を思い出して、鼓動が速くなる。
危なかった。
無意識に翼の笑顔や仕草が出て、大和に違和感を与えたのかも。
もう、僕の行動が碧依なのか翼なのか、自分でも分からないくらい、大和との時間を重ねてしまった。
でも、その時間もあと少しだ。
河原の端にしゃがんで、ポケットの瓶をそっと撫でた。
あの花火の夜、ビルの屋上で大和と恋人繋ぎした温もりが、胸にふわりと蘇る。
今、碧依に戻った僕にも、大和は優しい。
翼の服を借りて、鏡の前で笑顔を練習した自分を思い出す。
翼の明るさをまとえば、大和と話せると信じてた。
あの笑顔は僕のものじゃなかったのに。
大和に嘘をついてることに、胸がぎゅっと締まる。
この幸せは、僕が盗んだもの。
でも、あと少しだけ。
この夏が終わるまで、大和の笑顔をそばで見ていたい。
自分のわがままに呆れながら、それでも僕はこの嘘をやめられなかった。
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