【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)

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16.花火 後編

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 大和が手を引いて連れてってくれた場所は、どこかのビルの屋上だった。
 ほんとは立ち入り禁止だけど、前に大和がバイトしてた飲食店の店長さんがビルのオーナーで、今夜は使っていいよって言ってくれてたみたいだ。
 コンクリートの屋上にビニールシートを敷いて、二人並んで腰を下ろす。
 花火が次々と夜空に上がり、遠くの川辺の歓声や屋台の喧騒が、風に乗ってかすかに届いた。
 繋いでいた手は、いつの間にか指を絡ませる恋人繋ぎに変わってた。
 しばらくすると花火が止み、静けさが戻る。
 大和の首筋から浴衣の襟へ、汗が一筋流れた。
 それが妙に目に焼き付いて、僕はごまかすように口を開く。

「や、大和、今日の浴衣、ほんと似合ってるね」
  
「ほんとか? 兄貴に無理言って借りて正解だったな。まあ、兄貴の誕生日プレゼント奮発して機嫌良かったから、すぐ貸してくれたけどさ」

 そう話して、ふと大和は言葉を止める。
 僕の顔を覗き込んで、じっと見つめてきた。

「なあ、水瀬の誕生日はいつ?」

「十月。十月十五日だよ。如月くんは、六月だよね?」

 大和の顔がパッと明るくなる。

「え、水瀬、俺の誕生日知ってたんだ!」

 しまった。
 大和の誕生日は、大学で大和の友人たちが騒いでたのを聞いて知ったけど、そんなこと言えない。

「店長から聞いたんだ。店長と同じ誕生日で驚いてたから」

 慌てて言い繕うと、大和が眉をひそめた。

「水瀬と店長、ほんと仲いいよな……まあいいや。それより、水瀬の誕生日、十月ならすぐだろ?  すげえ楽しみだな! 秋のイベントもいろいろあるし、なんか特別なことしようぜ。誕生日プレゼント、何がいい? たとえばさ、水瀬の好きな本とか、今日つけてるその青いピンの雰囲気に合うアクセサリーとか、どうかな?」

 大和の無邪気な笑顔に、胸がズキンと痛んだ。
 十月――夏休みが終わって、僕が本当のことを告白して、別れているはずの時期。
 「楽しみだな」って言葉が、冷たい月明かりのように、僕の心を刺した。
 この幸せが、嘘の上に成り立っていることを、改めて突きつけられたんだ。

「う、うん……楽しみだね」

 僕は声が震えないように、笑顔を作るのが精一杯だった。
 大和は気づかず、僕の手をぎゅっと握り直した。
 そのとき、ひときわ大きな花火が夜空に咲いた。
 キラキラと輝く光が、僕と大和の関係みたいだと思った。
 ぱっと輝いて、僕の心を離さない。
 けれど、それはたった一瞬でたちまち消えてしまう。
 でも、僕の心のなかで、その一瞬はいつまでも輝くんだ。
 この瞬間を、ちゃんと覚えておこう。
 どんなに幸せだったか、後でそっと思い出せるように。
 胸の奥でそっと呟いて、僕は大和の手を握り返した。
 花火の光が、僕たちの影を長く伸ばす。

「水瀬、来年も絶対一緒に花火見ようぜ。毎年、こうやって一緒にいたいな」

 大和の言葉に、涙がじわりと滲んだ。
 来年――僕が「碧依」として大和の隣にいられる可能性は、どれだけあるんだろう。
 でも、大和の温かい手と、花火に照らされた笑顔が、僕を今この瞬間に縛り付けた。

 大和と見る花火は、今まで見たどんな花火よりも綺麗で、幸せなんだ。
  
 大和がそっと僕の肩に頭を寄せてきた。
 浴衣の袖から、若葉のような香りがふわりと漂う。
 その温もりに、胸がじんわり温かくなる。
 ふと、大和が僕の髪のピンを指でなぞった。 

「この青いピン、すげえ水瀬に似合ってるな。キラキラしてて、まるで花火みたいだ」
 
 大和の指がピンのガラスに触れると、花火の光が反射して、青い光が彼の顔を照らした。
 心臓がドキドキして、息が止まりそうだった。
 翼のピンを借りているのに、まるで僕自身を褒めてくれているみたいで、胸が熱くなった。  

「ねえ、如月くん。花火、ほんと綺麗だね」

 そう言うと、大和がふっと笑った。

「でもさ、今日の水瀬の方が、俺にとってはもっと綺麗だよ」

 その言葉に、頭が真っ白になった。
 花火の光が大和のイヤーカフをキラキラ照らし、僕の心を揺さぶる。
 翼のふりをしているけど、それでも、僕を褒めてくれることが、嬉しかった。
 この一ヶ月、どんな形でも、大和の笑顔を胸に刻みたい。
 大和には悪いけど、一ヶ月だけは、僕の大和でいてほしいんだ。
 大和が小さな声で呟いた。

「水瀬、こうやってると、なんかずっと一緒にいられる気がするよ。変なこと言うけど、俺、初めて会ったときから、水瀬の笑顔にやられてたんだ。でも、今の方が、もっと好きだ」

 その言葉に、僕は胸を押さえた。
 初めての笑顔は翼だった。
 でも、「今の方がもっと好き」と言ってくれる大和の声に、ほんの一瞬、碧依としての自分が愛されている希望が芽生えた。
 でも、その希望は「嘘の上に成り立っている」という現実ですぐにかき消される。
 僕はただ、僕の肩に乗せられた大和の頭に、僕の顔を埋めて、涙を隠した。
 ビルの屋上、二人きりで花火が夜空に咲き続ける中、僕はそっと目を閉じて、この幸せを記憶に焼き付けた。
 遠くの歓声と、花火のドーンって音が、夏の夜を包み込む。
 この一瞬が、僕の心の中で永遠に輝くように、僕は大和の手を強く握ったんだ。
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