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1年生編:1学期
第5話 初めてのデート
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日曜日の朝。駅前の時計が9時を少し回ったところで、晴はもう10分以上も前からそこに立っていた。行き交う人の姿を何度も目で追いながら、何気ないふうを装おうとしても、足先はそわそわと動く。
胸の奥が落ち着かない。
――まるで、昨日のことが夢みたいだ。
「ひとりの男の子として、ちゃんと好きになったの」
昨日の放課後、誰もいない教室で美羽が言った言葉が、何度も頭の中でリフレインしていた。あの時の美羽の顔。驚いたあと、少しだけ俯いて、それから――ほんの一瞬だけ、春の光みたいに笑った。
(あれ、本当に現実だったんだよな……?)
まだ信じられないような気持ちを抱えたまま、スマホの画面を確認する。
時刻は9時15分。美羽との待ち合わせは9時30分。
……早く来すぎた。
それでも、今さらどこにも行けない。軽く背伸びをして、風を吸い込む。
春の匂い――草の青さと街のコーヒーの香りが混ざって、少し暖かくて、やけに甘く感じた。
「――おまたせ」
声がして、晴は振り返る。そこに立っていたのは、水瀬美羽。
白いブラウスに、淡いピンクのロングスカートでベージュのカーディガンが柔らかく肩にかかって、風が彼女の髪を揺らす。桜色のロングヘアが光を受けて輝いて、思わず言葉が出なかった。
「……え、なに?」
少し首を傾げて笑う美羽。
その笑顔に、昨日よりも心臓の音がうるさい。
「あ、いや……その……似合ってるなって」
「……ありがと。晴くんも、なんか新鮮」
「新鮮?」
「だって、制服じゃないもん。なんか、ちゃんと“私服”だなって感じ」
「褒めてるのか?」
「ふふ、どうだろ」
笑いながら、美羽が並んで歩き出す。
その隣に立つだけで、昨日までと世界が違って見える。
午前中は、駅前の雑貨屋をいくつか見て回った。美羽はノートやペンを見つけるたびに、「これかわいい」と言って手に取る。そのたびに晴は、「お前、そういうの好きだな」と口にして、返ってくる笑顔に心を撃ち抜かれる。
「ねえ、これどう思う?」
「うん……いいんじゃない? お前っぽい」
「またそれ。具体的にどのへんが?」
「んー……落ち着いてるけど、ちょっと派手。っていうか、明るい感じ?」
「なるほど。晴くんにしては的確」
「俺にしては、ってなんだよ」
「ふふっ、冗談」
そんなやり取りをしながら歩く時間が、ただ楽しかった。子どもの頃、二人で駄菓子屋を巡っていた頃と同じようで、でも少し違う。言葉の間に、沈黙の隙間に、妙な照れくささが挟まっている。
“恋人”という言葉が、まだお互いの中でぎこちなく転がっているようだった。
お昼は、駅から少し離れた小さなカフェに入った。
外のテラス席には、淡い緑の葉が陽を透かしている。
木漏れ日がテーブルに踊るように落ちて、美羽の髪に反射してきらめいた。
「ここ、静かでいいね」
「だろ? 前に家族で来たとき、落ち着くなって思って」
「なんか、晴くんっぽい」
「俺っぽい?」
「静かで、ちょっと真面目そうで、でも居心地がいい」
「……それ、褒めてる?」
「もちろん」
軽く笑って、ストローをくわえる美羽。その仕草を見ているだけで、なぜか時間がゆっくり流れるような気がした。
「ねえ」
「ん?」
「昨日のこと……」
晴の心臓が一瞬止まりかけた。
「昨日?」
「その……あの時、すごくびっくりしたけどね」
「うん」
「でも、嬉しかった」
言葉が、風みたいに静かに落ちた。彼女の頬がほんの少し赤くなる。
晴は何も言えずに、ただグラスの水滴を指でなぞった。
(……俺、本当に、美羽と付き合ってるんだ)
実感が、ようやく心に染み始めていた。
夕方、二人は川沿いの公園を散歩した。
風に花びらが数枚だけ残っていて、春の終わりを告げているようだった。
「桜、もうすぐ散っちゃうね」
「だな。なんか、あっという間だった」
「高校生活も、こうやって過ぎていくのかな」
「かもな。でも、まだ始まったばっかだろ」
「……そうだね」
並んで歩く二人の影が、夕陽に伸びていく。
ベンチに腰を下ろすと、風が少し冷たくなった。
美羽がスカートの裾を押さえながら、ぽつりと呟く。
「ねえ、晴くん」
「ん?」
「今日、楽しかった」
「俺も」
「……こういうの、いいね」
「“こういうの”って?」
「一緒にいる時間。なんか落ち着く」
晴は少しだけ迷って、ゆっくり手を伸ばした。
美羽の手の甲に触れると、彼女が小さく息をのむ。
風の音と、遠くの子どもの笑い声だけが聞こえる。
沈黙なのに、不思議と心地よかった。
「……手、冷たくない?」
「ううん。ちょうどいい」
小さく笑って、彼女が握り返す。
夕焼けの光が、二人の影を一つに溶かしていった。
帰り道、家まで並んで歩き、街灯がゆっくりと灯り始める。
会話は少ないけど、言葉がなくても伝わる何かがあった。
家に着くと、美羽が振り返って笑った。
「また明日ね、晴くん」
「……ああ、また明日」
その瞬間、夕方の風がふわりと吹いて、美羽の髪を揺らした。
ほんの一秒、彼女が光の中に溶けて見えた。
晴はその姿を目で追いながら、心の中で呟く。
――昨日までと同じ道なのに、今日は、少しだけ景色が違って見えた。
胸の奥が落ち着かない。
――まるで、昨日のことが夢みたいだ。
「ひとりの男の子として、ちゃんと好きになったの」
昨日の放課後、誰もいない教室で美羽が言った言葉が、何度も頭の中でリフレインしていた。あの時の美羽の顔。驚いたあと、少しだけ俯いて、それから――ほんの一瞬だけ、春の光みたいに笑った。
(あれ、本当に現実だったんだよな……?)
まだ信じられないような気持ちを抱えたまま、スマホの画面を確認する。
時刻は9時15分。美羽との待ち合わせは9時30分。
……早く来すぎた。
それでも、今さらどこにも行けない。軽く背伸びをして、風を吸い込む。
春の匂い――草の青さと街のコーヒーの香りが混ざって、少し暖かくて、やけに甘く感じた。
「――おまたせ」
声がして、晴は振り返る。そこに立っていたのは、水瀬美羽。
白いブラウスに、淡いピンクのロングスカートでベージュのカーディガンが柔らかく肩にかかって、風が彼女の髪を揺らす。桜色のロングヘアが光を受けて輝いて、思わず言葉が出なかった。
「……え、なに?」
少し首を傾げて笑う美羽。
その笑顔に、昨日よりも心臓の音がうるさい。
「あ、いや……その……似合ってるなって」
「……ありがと。晴くんも、なんか新鮮」
「新鮮?」
「だって、制服じゃないもん。なんか、ちゃんと“私服”だなって感じ」
「褒めてるのか?」
「ふふ、どうだろ」
笑いながら、美羽が並んで歩き出す。
その隣に立つだけで、昨日までと世界が違って見える。
午前中は、駅前の雑貨屋をいくつか見て回った。美羽はノートやペンを見つけるたびに、「これかわいい」と言って手に取る。そのたびに晴は、「お前、そういうの好きだな」と口にして、返ってくる笑顔に心を撃ち抜かれる。
「ねえ、これどう思う?」
「うん……いいんじゃない? お前っぽい」
「またそれ。具体的にどのへんが?」
「んー……落ち着いてるけど、ちょっと派手。っていうか、明るい感じ?」
「なるほど。晴くんにしては的確」
「俺にしては、ってなんだよ」
「ふふっ、冗談」
そんなやり取りをしながら歩く時間が、ただ楽しかった。子どもの頃、二人で駄菓子屋を巡っていた頃と同じようで、でも少し違う。言葉の間に、沈黙の隙間に、妙な照れくささが挟まっている。
“恋人”という言葉が、まだお互いの中でぎこちなく転がっているようだった。
お昼は、駅から少し離れた小さなカフェに入った。
外のテラス席には、淡い緑の葉が陽を透かしている。
木漏れ日がテーブルに踊るように落ちて、美羽の髪に反射してきらめいた。
「ここ、静かでいいね」
「だろ? 前に家族で来たとき、落ち着くなって思って」
「なんか、晴くんっぽい」
「俺っぽい?」
「静かで、ちょっと真面目そうで、でも居心地がいい」
「……それ、褒めてる?」
「もちろん」
軽く笑って、ストローをくわえる美羽。その仕草を見ているだけで、なぜか時間がゆっくり流れるような気がした。
「ねえ」
「ん?」
「昨日のこと……」
晴の心臓が一瞬止まりかけた。
「昨日?」
「その……あの時、すごくびっくりしたけどね」
「うん」
「でも、嬉しかった」
言葉が、風みたいに静かに落ちた。彼女の頬がほんの少し赤くなる。
晴は何も言えずに、ただグラスの水滴を指でなぞった。
(……俺、本当に、美羽と付き合ってるんだ)
実感が、ようやく心に染み始めていた。
夕方、二人は川沿いの公園を散歩した。
風に花びらが数枚だけ残っていて、春の終わりを告げているようだった。
「桜、もうすぐ散っちゃうね」
「だな。なんか、あっという間だった」
「高校生活も、こうやって過ぎていくのかな」
「かもな。でも、まだ始まったばっかだろ」
「……そうだね」
並んで歩く二人の影が、夕陽に伸びていく。
ベンチに腰を下ろすと、風が少し冷たくなった。
美羽がスカートの裾を押さえながら、ぽつりと呟く。
「ねえ、晴くん」
「ん?」
「今日、楽しかった」
「俺も」
「……こういうの、いいね」
「“こういうの”って?」
「一緒にいる時間。なんか落ち着く」
晴は少しだけ迷って、ゆっくり手を伸ばした。
美羽の手の甲に触れると、彼女が小さく息をのむ。
風の音と、遠くの子どもの笑い声だけが聞こえる。
沈黙なのに、不思議と心地よかった。
「……手、冷たくない?」
「ううん。ちょうどいい」
小さく笑って、彼女が握り返す。
夕焼けの光が、二人の影を一つに溶かしていった。
帰り道、家まで並んで歩き、街灯がゆっくりと灯り始める。
会話は少ないけど、言葉がなくても伝わる何かがあった。
家に着くと、美羽が振り返って笑った。
「また明日ね、晴くん」
「……ああ、また明日」
その瞬間、夕方の風がふわりと吹いて、美羽の髪を揺らした。
ほんの一秒、彼女が光の中に溶けて見えた。
晴はその姿を目で追いながら、心の中で呟く。
――昨日までと同じ道なのに、今日は、少しだけ景色が違って見えた。
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