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022 光華祭の開幕
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ヴェルディア帝国の空は、春の光に淡く染まり始めていた。
年に一度の光華祭。
広場には無数の提灯が揺れ、香り高い花々が道を彩る。
宮殿前の大広場には、各国からの使節団が整列していた。
金糸をふんだんに織り込んだ礼服、異国の獣の毛皮を肩に掛けた戦士、透き通るような絹衣をまとった詩人──その姿は国ごとの風土と気質を映し出していた。
北方グレヴァル王国の戦士たちは重厚な漆黒の甲冑を纏い、肩には氷狼の毛皮をたくましく掛けている。
彼らの筋肉質な体躯は厳しい雪嶺で鍛えられ、眼光は鋭く、まるで獲物を狙う野獣のように周囲を見渡していた。
彼らの足音は低く重く、大地を踏みしめる度に周囲の空気が震えるようだった。
東方聖月国は、祭典の会場に現れた使節団は、純白を基調とした司祭衣装を纏い、精霊信仰に基づく紋章や祈祷具を携えている。
彼らの動きは静謐かつ荘厳で、語らずとも威厳と清浄さが周囲を包み込む。
古くから精霊信仰を軸とする彼らは、光華祭の華やぎとは対照的な厳粛さを放ち、祭の中に一種の神聖な空気をもたらしていた。
西方璃州国は、絢爛たる衣装に身を包み、雅楽の旋律を伴ってやってきた。
使節団は華やかな織物や宝飾品を誇示し、香料の甘く芳しい香りが漂う。
彼らは祭典を外交の場としてだけでなく、繁栄を誇示し交易の促進に努めている。
彼らが奏でる雅楽は、華やかで洗練されたリズムが光華祭の賑わいを一層引き立てていた。
一方、南方アンダルシア王国の使節団は、他の使節団とは全く異なる雰囲気を漂わせている。
薄絹の衣装は波間を揺れる水面のように軽やかで、精霊への祈りを刻んだ青と銀の文様が繊細に描かれていた。彼らの幻想的なその姿はまるで、ヴェルディアに今はなき精霊たちが、再び舞い降りたかのようだった。
「アンダルシアの王子殿下は一際目立ちますね」
「あれほどの美男子はなかなかお目にかかれませんわ!」
「確か皇后陛下とお噂になっているのでしょう?」
貴族令嬢たちの囁く声が聞こえる。
***
皇帝ノアは、広場の中央に設えられた高座からその光景を見下ろしていた。
目に映るのは祝祭の華やぎと、多様な国々の威容。
しかし胸の奥には、別の波が絶えず打ち寄せている。
イザベルは皇帝ノアの右手に寄り添うように座していた。
彼女の位置は明確だった。皇后ルシェルの左隣に座るノアの正面を少しずらした場所。
皇帝の最愛の側室として、そして今や事実上の第一人者としての存在感を示す場所でもあった。
イザベルは淡い翠の絹衣を纏い、それが彼女の紅い瞳の美しさをより際立てている。
そして、彼女のか細いその身体には、控えめに膨らみ出した腹が隠されていた。
彼女の瞳は時折ノアの方へと向けられ、愛情とともにその重責を感じ取っている様子が窺えた。
ーーしかし、ノアは普段とは違っていた。
普段であれば、イザベルの視線に気付き、愛おしむようにそっと見つめ合い微笑んでいただろう。
だが、今日のノアの視線は自身の妻であるルシェルに向けられていた。
ノアが視線をわずかに動かすと、そこにはいつもと変わらずルシェルがいた。
温かな春の陽光を受け、彼女の白銀の髪がきらめく。
その横顔は、どこか遠いものを見ているように静かだった。その横顔がとても美しかった。
(……なぜだ。なぜこんなにも……皇后のことが気になってしまうのか……あの夜からおかしい…)
言葉にすれば何かが壊れるような、得体の知れない感情が胸を締め付ける。
ルシェルの視線は、自然とゼノンへと向いていた。
衣装の影響も相まってか、彼の幻想的な姿は、普段の姿とはまた違って見えた。
二人の視線が重なるーー。
ゼノンがいつものような微笑みを見せると、ルシェルも微笑み返した。
そんな二人の様子をノアは複雑な気持ちで見ていた。
春の陽光が宮殿の尖塔を白く染め上げ、風が広場を駆け抜けていく。
「陛下、お時間です」
側近の低い声に我に返る。頷き、儀礼用の杯を手に取った。
本来なら、光華祭は純粋な祝福の場だ。
しかし今年は、各国の使節が顔を揃える政治的舞台でもある。
この場で示す言葉や態度は、そのまま帝国の立場を映す。
杯を掲げ、声を張った。
「ヴェルディアの民よ、そして他国より来た友よ。この良き日に、我らは春の訪れと豊穣を讃える。天は我らを固く結び、この地に安寧をもたらすだろう!!」
広場に歓声が上がり、楽師たちが一斉に弦を弾き始めた。
ーーこうして、光華祭の幕は上がった。
年に一度の光華祭。
広場には無数の提灯が揺れ、香り高い花々が道を彩る。
宮殿前の大広場には、各国からの使節団が整列していた。
金糸をふんだんに織り込んだ礼服、異国の獣の毛皮を肩に掛けた戦士、透き通るような絹衣をまとった詩人──その姿は国ごとの風土と気質を映し出していた。
北方グレヴァル王国の戦士たちは重厚な漆黒の甲冑を纏い、肩には氷狼の毛皮をたくましく掛けている。
彼らの筋肉質な体躯は厳しい雪嶺で鍛えられ、眼光は鋭く、まるで獲物を狙う野獣のように周囲を見渡していた。
彼らの足音は低く重く、大地を踏みしめる度に周囲の空気が震えるようだった。
東方聖月国は、祭典の会場に現れた使節団は、純白を基調とした司祭衣装を纏い、精霊信仰に基づく紋章や祈祷具を携えている。
彼らの動きは静謐かつ荘厳で、語らずとも威厳と清浄さが周囲を包み込む。
古くから精霊信仰を軸とする彼らは、光華祭の華やぎとは対照的な厳粛さを放ち、祭の中に一種の神聖な空気をもたらしていた。
西方璃州国は、絢爛たる衣装に身を包み、雅楽の旋律を伴ってやってきた。
使節団は華やかな織物や宝飾品を誇示し、香料の甘く芳しい香りが漂う。
彼らは祭典を外交の場としてだけでなく、繁栄を誇示し交易の促進に努めている。
彼らが奏でる雅楽は、華やかで洗練されたリズムが光華祭の賑わいを一層引き立てていた。
一方、南方アンダルシア王国の使節団は、他の使節団とは全く異なる雰囲気を漂わせている。
薄絹の衣装は波間を揺れる水面のように軽やかで、精霊への祈りを刻んだ青と銀の文様が繊細に描かれていた。彼らの幻想的なその姿はまるで、ヴェルディアに今はなき精霊たちが、再び舞い降りたかのようだった。
「アンダルシアの王子殿下は一際目立ちますね」
「あれほどの美男子はなかなかお目にかかれませんわ!」
「確か皇后陛下とお噂になっているのでしょう?」
貴族令嬢たちの囁く声が聞こえる。
***
皇帝ノアは、広場の中央に設えられた高座からその光景を見下ろしていた。
目に映るのは祝祭の華やぎと、多様な国々の威容。
しかし胸の奥には、別の波が絶えず打ち寄せている。
イザベルは皇帝ノアの右手に寄り添うように座していた。
彼女の位置は明確だった。皇后ルシェルの左隣に座るノアの正面を少しずらした場所。
皇帝の最愛の側室として、そして今や事実上の第一人者としての存在感を示す場所でもあった。
イザベルは淡い翠の絹衣を纏い、それが彼女の紅い瞳の美しさをより際立てている。
そして、彼女のか細いその身体には、控えめに膨らみ出した腹が隠されていた。
彼女の瞳は時折ノアの方へと向けられ、愛情とともにその重責を感じ取っている様子が窺えた。
ーーしかし、ノアは普段とは違っていた。
普段であれば、イザベルの視線に気付き、愛おしむようにそっと見つめ合い微笑んでいただろう。
だが、今日のノアの視線は自身の妻であるルシェルに向けられていた。
ノアが視線をわずかに動かすと、そこにはいつもと変わらずルシェルがいた。
温かな春の陽光を受け、彼女の白銀の髪がきらめく。
その横顔は、どこか遠いものを見ているように静かだった。その横顔がとても美しかった。
(……なぜだ。なぜこんなにも……皇后のことが気になってしまうのか……あの夜からおかしい…)
言葉にすれば何かが壊れるような、得体の知れない感情が胸を締め付ける。
ルシェルの視線は、自然とゼノンへと向いていた。
衣装の影響も相まってか、彼の幻想的な姿は、普段の姿とはまた違って見えた。
二人の視線が重なるーー。
ゼノンがいつものような微笑みを見せると、ルシェルも微笑み返した。
そんな二人の様子をノアは複雑な気持ちで見ていた。
春の陽光が宮殿の尖塔を白く染め上げ、風が広場を駆け抜けていく。
「陛下、お時間です」
側近の低い声に我に返る。頷き、儀礼用の杯を手に取った。
本来なら、光華祭は純粋な祝福の場だ。
しかし今年は、各国の使節が顔を揃える政治的舞台でもある。
この場で示す言葉や態度は、そのまま帝国の立場を映す。
杯を掲げ、声を張った。
「ヴェルディアの民よ、そして他国より来た友よ。この良き日に、我らは春の訪れと豊穣を讃える。天は我らを固く結び、この地に安寧をもたらすだろう!!」
広場に歓声が上がり、楽師たちが一斉に弦を弾き始めた。
ーーこうして、光華祭の幕は上がった。
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