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037 責任は取る
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ーーアンダルシア王国の使節団がいる、客殿の一室。
ゼノンは荷造りを進めながら、侍従のレイセルと話している。
「国に戻ることを決められたのですね」
「……ああ。彼女をこれ以上惑わせるべきではないからな」
ゼノンはいつになく気落ちしているように見えた。
「殿下らしくないですね」
「俺らしくない…か。確かにそうだな…。だが、皇帝も記憶を取り戻したようだし、彼女に昨日はっきり言われたんだ。『これからも皇帝を支えていく』とな」
「なるほど…それでそんなふうに沈んでいるわけですか」
「ああ、そうだな。その通りだ」
ゼノンは無理に微笑んだ。
「…まあ、これでよろしかったのではないですか。殿下は想像もできないほどに長い間…苦しんでこられたではないですか。殿下自身の幸せのために生きるべき時が来たということなのでしょう」
「…そうだな。お前のいう通り、私も前に進まなければならないのかもしれない。だが、俺はこの国を離れても、俺は彼女を見守り続けるよ。彼女のために生きることが…俺の生きる理由なのだから」
「……」
レイセルはそんなゼノンをもどかしそうに見つめていた。
***
「……イザベル」
低く抑えた声でノアがイザベルを呼ぶ。
ベッドに横たわっていたイザベルは、しばらく返事をせず、ようやく顔をのぞかせた。
赤い瞳は泣き腫らした痕跡を隠せず、頬はやせ細っている。
「陛下……」
かすれた声。
ノアは寝台の傍らに進み出て、医師に視線を送る。
宮廷医が脈をとり、体温を測り、静かに報告する。
ユリアナはイザベルのそばで心配そうに控えている。
「……お体は弱っておられますが、母子ともに命に別状はありません。ただ、精神的な疲労が大きく、休養と栄養が必要です」
ノアは頷き、イザベルの肩に手を置いた。
「数日、寝込んでいたと聞いた。……心配したぞ。体は大丈夫か?」
イザベルの瞳が揺れる。
「お前とこの子の身を守るのは俺の務めだ」
「本当に……私と、この子を……?」
その問いはかすかな震えと、すがりつく必死さを帯びていた。
「当然だ。俺は……お前に救われた恩を忘れはしない。子供も必ず守ると言っただろう」
言葉は真摯だったが、その奥にある皇后への想いをイザベルも感じ取っていた。
宮廷医は静かに下がり、ユリアナも部屋を辞して二人きりになる。
イザベルは唇を噛み、涙をこらえる。
「……なら、どうして……どうして、すぐに私のところに来てくださらなかったのですか?」
「…すまない。執務に追われていたのだ」
「…そんなの言い訳です!!陛下は私のことなんて心配じゃなかったんでしょう!?」
「イザベル……」
彼の沈黙が、イザベルの胸に鋭く突き刺さる。
「お腹にいるのは陛下の子なのに……私を愛していると言ったのは…あの時、抱きしめてくださったのは…あれは……あれは全て幻だったのですか?」
イザベルの頬に熱い涙が伝う。
「……私は、陛下に選ばれたのだと思っていました。出会った……あの時から、運命だと……」
ノアは目を伏せ、息を吐いた。
彼女の赤い瞳に、絶望と怒り、そして捨てられる恐怖が混じり合って燃え上がる。
「……すまない」
「謝らないでください!」
イザベルは顔を上げ、赤い瞳から大粒の涙を落とした。
「謝られる方が、よほど惨めです……!」
その叫びに、ノアの胸も痛んだ。
だが彼が口にできる言葉は限られていた。
「……俺には、ルシェルがいる。だが、それでもお前と子を見捨てたりはしない。必ず守る。……それが俺にできる唯一の償いだ」
イザベルの肩が震え、嗚咽が洩れる。
「……償い、なんて……私はそんな言葉が欲しかったんじゃない……」
ノアはしばらく彼女を見つめ、やがて立ち上がった。
「……体を休めろ。必要なものは何でも伝えるといい」
彼は振り返らずに扉へ向かう。
その背中を、イザベルは掴みたい衝動に駆られながらも、手を伸ばすことができなかった。
扉が閉じ、静寂が戻る。
残されたイザベルはベッドの上で身を縮め、声にならない嗚咽を繰り返す。
「……だから言ったでしょう。このままでは全て失うわよ」
それは、モルガンの声だった。
「モルガン…教えて…。あの時言っていた方法とは…何なの?私は陛下もこの場所も失いたくないわ」
イザベルは決意に満ちた表情で涙ながらに問いかけた。
ゼノンは荷造りを進めながら、侍従のレイセルと話している。
「国に戻ることを決められたのですね」
「……ああ。彼女をこれ以上惑わせるべきではないからな」
ゼノンはいつになく気落ちしているように見えた。
「殿下らしくないですね」
「俺らしくない…か。確かにそうだな…。だが、皇帝も記憶を取り戻したようだし、彼女に昨日はっきり言われたんだ。『これからも皇帝を支えていく』とな」
「なるほど…それでそんなふうに沈んでいるわけですか」
「ああ、そうだな。その通りだ」
ゼノンは無理に微笑んだ。
「…まあ、これでよろしかったのではないですか。殿下は想像もできないほどに長い間…苦しんでこられたではないですか。殿下自身の幸せのために生きるべき時が来たということなのでしょう」
「…そうだな。お前のいう通り、私も前に進まなければならないのかもしれない。だが、俺はこの国を離れても、俺は彼女を見守り続けるよ。彼女のために生きることが…俺の生きる理由なのだから」
「……」
レイセルはそんなゼノンをもどかしそうに見つめていた。
***
「……イザベル」
低く抑えた声でノアがイザベルを呼ぶ。
ベッドに横たわっていたイザベルは、しばらく返事をせず、ようやく顔をのぞかせた。
赤い瞳は泣き腫らした痕跡を隠せず、頬はやせ細っている。
「陛下……」
かすれた声。
ノアは寝台の傍らに進み出て、医師に視線を送る。
宮廷医が脈をとり、体温を測り、静かに報告する。
ユリアナはイザベルのそばで心配そうに控えている。
「……お体は弱っておられますが、母子ともに命に別状はありません。ただ、精神的な疲労が大きく、休養と栄養が必要です」
ノアは頷き、イザベルの肩に手を置いた。
「数日、寝込んでいたと聞いた。……心配したぞ。体は大丈夫か?」
イザベルの瞳が揺れる。
「お前とこの子の身を守るのは俺の務めだ」
「本当に……私と、この子を……?」
その問いはかすかな震えと、すがりつく必死さを帯びていた。
「当然だ。俺は……お前に救われた恩を忘れはしない。子供も必ず守ると言っただろう」
言葉は真摯だったが、その奥にある皇后への想いをイザベルも感じ取っていた。
宮廷医は静かに下がり、ユリアナも部屋を辞して二人きりになる。
イザベルは唇を噛み、涙をこらえる。
「……なら、どうして……どうして、すぐに私のところに来てくださらなかったのですか?」
「…すまない。執務に追われていたのだ」
「…そんなの言い訳です!!陛下は私のことなんて心配じゃなかったんでしょう!?」
「イザベル……」
彼の沈黙が、イザベルの胸に鋭く突き刺さる。
「お腹にいるのは陛下の子なのに……私を愛していると言ったのは…あの時、抱きしめてくださったのは…あれは……あれは全て幻だったのですか?」
イザベルの頬に熱い涙が伝う。
「……私は、陛下に選ばれたのだと思っていました。出会った……あの時から、運命だと……」
ノアは目を伏せ、息を吐いた。
彼女の赤い瞳に、絶望と怒り、そして捨てられる恐怖が混じり合って燃え上がる。
「……すまない」
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「……俺には、ルシェルがいる。だが、それでもお前と子を見捨てたりはしない。必ず守る。……それが俺にできる唯一の償いだ」
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ノアはしばらく彼女を見つめ、やがて立ち上がった。
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扉が閉じ、静寂が戻る。
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「……だから言ったでしょう。このままでは全て失うわよ」
それは、モルガンの声だった。
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