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020 北の魔女
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(そもそも誰がノアに話したんだろう?あの場にいたのは、ゼノン様とエミリアだけだっだし…)
ルシェルが考えながら部屋に向かう回廊を歩いていると、正面からイザベルが声をかけてきた。
「皇后陛下!ご機嫌いかがですか?」
「ええ、特に変わりないわ」
「陛下と何かお話ですか?」
「ええ」
ルシェルが通り過ぎようとしたその時ーー。
イザベルが再び話しかける。
「アンダルシアの王子殿下に贈り物をいただいたそうですね、羨ましいです!」
イザベルは両手を合わせ、「いいな~」と無邪気な笑顔で話している。
(まさかこの子なの?)
「あなたが陛下に話したの?」
ルシェルが訝しげに言うと、イザベルは不思議そうな顔をする。
「はい!あれ、ダメでしたか??」
悪びれもしない様子にルシェルは呆れて「もういいわ」と言ってその場を後にした。
(イザベルに話をした人がいるはずよね…。一体誰が?)
***
ーー夜の宮殿、使節団との晩餐の場。
広間には各国の使節団が揃い、煌びやかな装飾と食卓が華やかに並んでいる。
雅楽の調べが柔らかく流れ、和やかな雰囲気が漂うが、どこか張り詰めた緊張も見え隠れした。
アンダルシア王国の使節団をはじめ、聖月国や璃州国の者たちが席を同じくした。
歓談の輪が広がる中、グレヴァル王国の若き使節団の一員が、さりげなく話題を振った。
「ところで、イザベル様は本当に独特の雰囲気をお持ちですなぁ。ーーまるで我が国の古の伝承に出てくる”魔女”のような…」
そう言いながら、彼は淡い微笑を浮かべた。
隣に座る璃州国の使節がすぐに続ける。
「……確かに。かつて、グレヴァル王国のある地に”魔女”だけが住む集落があったという話がございます。彼らは皆、漆黒の長い髪に、紅の瞳を持つのが特徴で、妖艶で不思議な空気を纏っていたとか…」
「ええ、その通りです。まあ、最終的にはその集落の全員が”魔女”として断罪され、集落ごと燃やされてしまったと聞いていますがね」
グレヴァルの使節団の一員が答える。
その言葉は軽いものだったが、空気は一変した。
周囲の者たちの目がイザベルに向けられ、さざめきが広がる。
イザベルの唇がわずかに震えた。
「我が側室を軽率な伝承に重ねて語るとはーー礼を欠いているのではないか?」
ノアのその言葉に、使節団の者たちはようやく表情を引き締める。
璃州国の若者も顔色を変えた。
「これは申し訳ありません、皇帝陛下。決して悪意があったわけではないのです…」
「ええ、その通りです!我々はあくまでイザベル様の容姿を称えただけで…」
「そうか?明らかに我が側室を貶めるような発言であったようだが。違うのであれば、今後は軽率な言葉は謹んでいただきたい。不愉快だ」
ノアの金の瞳が鋭く光り、誰も口を挟むことができなかった。
晩餐は、その後も形式的には続けられたが、空気は完全には戻らなかった。
***
ーー夜半、イザベルの私室。
宴の後、静まり返った宮殿の廊下を、イザベルは一人歩いていた。
誰にも見られぬよう、足音を忍ばせて。
部屋へ戻ると、扉を背にして崩れ落ちる。
胸の奥が痛む。
(どうして…今頃になって…)
遠い昔、追われ、焼かれ、血に濡れた夜を逃げ延びてきた記憶。
燃え上がる塔の中で、家族と引き裂かれたあの光景。
(これからは名を、血を、すべてを偽って生きるんだーー)
それが、生き延びる唯一の方法だった。
そして今、皇帝の寵愛を受け、側室としてこの国に居場所を得たと思っていた。
「…陛下にだけは…知られたくなかったのに…」
顔を両手で覆い、静かに嗚咽が漏れた。
宴の後、ノアの足はそのまま奥の廊下を進んでいた。
誰にも告げず、誰も連れずに。
向かう先は、側室イザベルの私室――。
その歩みは、どこか確信のない、けれど止めることのできないものだった。
あの場で見た、イザベルの怯えるような表情。
冷たい微笑みの裏で、明らかに怯えていた。
それは、ただの不快感などではない。
(…ただの伝承に過ぎないのに、なぜあれほど怯えていたのだ?)
思考が巡るよりも先に、ノアは扉の前で立ち止まった。
ノックの音に応える声はなかった。
だが、扉は内側からゆっくりと開いた。
「…陛下?」
イザベルがいた。
薄い常夜灯のもと、金の刺繍が施された上衣を脱いで、寝間着に着替えたばかりの姿。
「眠っていたか?」
「…いいえ、なんだか眠れそうになくて…」
彼女は部屋の中へと身を引き、ノアを招き入れる。
焚かれていた香が、鼻をついた。
「…香が強いな」
「…この香りが落ち着くんです」
「そうか。あの場でのことだが…」
言いかけて、言葉を選ぶ。
イザベルは視線を伏せたまま、小さく頷いた。
「ご不快でしたら、申し訳ありません。私の容姿のせいで…」
「そなたは何も悪くない。悪いのは、礼を欠いたあの者たちだ。2度とあのような事がないようにする」
「…陛下」
「なんだ?」
「……何も…‥聞かれないのですか……?」
「…」
(…何か秘密を抱えているのか?)
ノアは、何かを決断するように視線を逸らし、立ち上がった。
「…そなたが言いたくないのなら聞かぬ。今夜のことは、すべて忘れろ」
「…」
ノアはイザベルをそっと抱き寄せ、髪を撫でた。
イザベルはノアを力強く抱き返した。
ただ、夜の帳だけが深く静かに降りていた。
ルシェルが考えながら部屋に向かう回廊を歩いていると、正面からイザベルが声をかけてきた。
「皇后陛下!ご機嫌いかがですか?」
「ええ、特に変わりないわ」
「陛下と何かお話ですか?」
「ええ」
ルシェルが通り過ぎようとしたその時ーー。
イザベルが再び話しかける。
「アンダルシアの王子殿下に贈り物をいただいたそうですね、羨ましいです!」
イザベルは両手を合わせ、「いいな~」と無邪気な笑顔で話している。
(まさかこの子なの?)
「あなたが陛下に話したの?」
ルシェルが訝しげに言うと、イザベルは不思議そうな顔をする。
「はい!あれ、ダメでしたか??」
悪びれもしない様子にルシェルは呆れて「もういいわ」と言ってその場を後にした。
(イザベルに話をした人がいるはずよね…。一体誰が?)
***
ーー夜の宮殿、使節団との晩餐の場。
広間には各国の使節団が揃い、煌びやかな装飾と食卓が華やかに並んでいる。
雅楽の調べが柔らかく流れ、和やかな雰囲気が漂うが、どこか張り詰めた緊張も見え隠れした。
アンダルシア王国の使節団をはじめ、聖月国や璃州国の者たちが席を同じくした。
歓談の輪が広がる中、グレヴァル王国の若き使節団の一員が、さりげなく話題を振った。
「ところで、イザベル様は本当に独特の雰囲気をお持ちですなぁ。ーーまるで我が国の古の伝承に出てくる”魔女”のような…」
そう言いながら、彼は淡い微笑を浮かべた。
隣に座る璃州国の使節がすぐに続ける。
「……確かに。かつて、グレヴァル王国のある地に”魔女”だけが住む集落があったという話がございます。彼らは皆、漆黒の長い髪に、紅の瞳を持つのが特徴で、妖艶で不思議な空気を纏っていたとか…」
「ええ、その通りです。まあ、最終的にはその集落の全員が”魔女”として断罪され、集落ごと燃やされてしまったと聞いていますがね」
グレヴァルの使節団の一員が答える。
その言葉は軽いものだったが、空気は一変した。
周囲の者たちの目がイザベルに向けられ、さざめきが広がる。
イザベルの唇がわずかに震えた。
「我が側室を軽率な伝承に重ねて語るとはーー礼を欠いているのではないか?」
ノアのその言葉に、使節団の者たちはようやく表情を引き締める。
璃州国の若者も顔色を変えた。
「これは申し訳ありません、皇帝陛下。決して悪意があったわけではないのです…」
「ええ、その通りです!我々はあくまでイザベル様の容姿を称えただけで…」
「そうか?明らかに我が側室を貶めるような発言であったようだが。違うのであれば、今後は軽率な言葉は謹んでいただきたい。不愉快だ」
ノアの金の瞳が鋭く光り、誰も口を挟むことができなかった。
晩餐は、その後も形式的には続けられたが、空気は完全には戻らなかった。
***
ーー夜半、イザベルの私室。
宴の後、静まり返った宮殿の廊下を、イザベルは一人歩いていた。
誰にも見られぬよう、足音を忍ばせて。
部屋へ戻ると、扉を背にして崩れ落ちる。
胸の奥が痛む。
(どうして…今頃になって…)
遠い昔、追われ、焼かれ、血に濡れた夜を逃げ延びてきた記憶。
燃え上がる塔の中で、家族と引き裂かれたあの光景。
(これからは名を、血を、すべてを偽って生きるんだーー)
それが、生き延びる唯一の方法だった。
そして今、皇帝の寵愛を受け、側室としてこの国に居場所を得たと思っていた。
「…陛下にだけは…知られたくなかったのに…」
顔を両手で覆い、静かに嗚咽が漏れた。
宴の後、ノアの足はそのまま奥の廊下を進んでいた。
誰にも告げず、誰も連れずに。
向かう先は、側室イザベルの私室――。
その歩みは、どこか確信のない、けれど止めることのできないものだった。
あの場で見た、イザベルの怯えるような表情。
冷たい微笑みの裏で、明らかに怯えていた。
それは、ただの不快感などではない。
(…ただの伝承に過ぎないのに、なぜあれほど怯えていたのだ?)
思考が巡るよりも先に、ノアは扉の前で立ち止まった。
ノックの音に応える声はなかった。
だが、扉は内側からゆっくりと開いた。
「…陛下?」
イザベルがいた。
薄い常夜灯のもと、金の刺繍が施された上衣を脱いで、寝間着に着替えたばかりの姿。
「眠っていたか?」
「…いいえ、なんだか眠れそうになくて…」
彼女は部屋の中へと身を引き、ノアを招き入れる。
焚かれていた香が、鼻をついた。
「…香が強いな」
「…この香りが落ち着くんです」
「そうか。あの場でのことだが…」
言いかけて、言葉を選ぶ。
イザベルは視線を伏せたまま、小さく頷いた。
「ご不快でしたら、申し訳ありません。私の容姿のせいで…」
「そなたは何も悪くない。悪いのは、礼を欠いたあの者たちだ。2度とあのような事がないようにする」
「…陛下」
「なんだ?」
「……何も…‥聞かれないのですか……?」
「…」
(…何か秘密を抱えているのか?)
ノアは、何かを決断するように視線を逸らし、立ち上がった。
「…そなたが言いたくないのなら聞かぬ。今夜のことは、すべて忘れろ」
「…」
ノアはイザベルをそっと抱き寄せ、髪を撫でた。
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ただ、夜の帳だけが深く静かに降りていた。
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