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第一章 異世界の住人はとても個性的でした。
君の名は?
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「コンニチハ、私ウララ」
自分を見下ろす竜に対し片言で返事をし頭を下げる暖。
『ウララ?』
「ハイ」
暖はニッコリ笑った。
――――実はこの会話は十回めだったりする。
堂々とした体躯の威厳さえ漂う巨大竜。
この竜が本日一番に暖がお世話をする相手だった。
「ギオル、元気?」
『わしを知っておるのか? どこかで会ったか?』
長い首を不思議そうに捻る竜は恐ろしい外見とは裏腹にどこかボーっとして見える。
暖は、ほぼ毎日と言っていいほどこの竜――――ギオルと会っていた。
ギオルは認知症の竜でなかなか暖の名前を覚えてくれないのだ。
認知症の主な症状にはものが覚えられない記憶障害と今いる場所や時間がわからなくなる見当識障害があるのだが、ギオルは記憶障害がひどかった。
(見当識障害は、ないみたいなんだけど……)
もっともこの大きな竜が、見当識障害になって徘徊でもするようになってはたいへんだ。 被害は計り知れなくなるだろう。
「ギオル、私、ウロコ、洗ウ」
竜のいる場所の隅にある小さな小屋からデッキブラシみたいなものを採り出して、暖はそれをかつぐ。
このブラシで竜の体を洗うのが彼女の仕事だ。
とはいえ巨大な竜の体を一度に洗うのはとても無理で、昨日は右手その前は左手という風に進んで、今日は頭の日なのだった。
「アタマ、コッチ」
暖は自分の近くの草地をデッキブラシの柄でトントンと叩く。
グラッと揺れた竜の大きな頭がそのまま彼女の方に向かって倒れてきて、ドオォォ~ン! と地面にぶつかった。
ゴツゴツのウロコに覆われた頭の上部に二本の角のような鋭い突起のついた象くらいの大きさの頭が、目の前に迫る。
猫の目みたいに縦に金のスリットの入った黒曜石の瞳が、ぼんやりと暖に向けられた。
暖などひと呑みにできるだろう長く大きな口には鋭い牙がびっしりと生えている。
ヨイショとデッキブラシを持ち上げ暖はギオルに近づいた。
ゴシゴシと目を閉じた竜の頭にデッキブラシをかける。
最初の頃は恐る恐るそっとブラシをかけていた暖だが、それでは何の汚れも取れないとわかって最近は遠慮なく擦るようになっていた。
力いっぱい暖にブラシでこすられて、竜は気持ち良さそうにグルグルと喉を鳴らす。
「痒イトコ、ナイ?」
『耳の後ろを』
耳ってどこ? と思いながらそれらしい部分をこする。
その後も要望に従い頑張った。
仕上げに大きなタオルで水分を拭いていく。
「ピカピカ、ツヤツヤ、キレイ」
暖は歌うように節をつけながら喋った。
歌だけではなく作業の間中、暖は竜と会話する。
とはいえ暖は片言。竜は認知症だ。会話は普通の人が聞けばかなりおかしなとんちんかんなモノだろう。
だからこそ暖は遠慮なく話せた。
お天気のこと。
見つけた花や草木のこと。
今日は何を食べたとか、ケータイ無くても案外平気だったわ。
とか――――
覚えたての言葉とかなり怪しい文法で暖は喋りまくる。
竜は、暖が話す練習にちょうど良い相手だった。
(間違えても怒られないのがありがたいわよね)
アルディア相手では出来ない気安さだ。
モチロンその代わりと言ってはなんだが、暖は竜のちょっとおかしな辻褄の合わない話も熱心に拝聴した。
主に昔話が多くて、そのたびに暖は見も知らないスゥェンだのヒーラだのという名前の人物に間違えられるのだが……
『…… その時わしは燃え盛るマグマに飛び込んだ!…… 飛び込んだはずだ。…… そうだったよなスウェン?』
「ゴメンナサイ。私、すうぇんナイ。ワカラナイ」
『ウゥム。…… そうか? まあいい。そうしてわしが氷山を砕いたその途端――――」
燃え盛るマグマがいつの間に氷山になったのか? さっぱりわからなかったがそれくらいどうってこともないことだ。
竜の話は本当の事とは到底思えないモノだが聞いていて楽しかった。
めちゃくちゃな竜の話に片言の返事をしながら、竜のウロコに仕上げのオイルをすりこんでいく。
植物から採ったオイルは擦れば擦るほど良い香りがした。
前任者からはそこまでしなくても良いと言われているがこの香りが気に入った暖は進んでするようにしている。
(この巨体じゃ、お風呂に入れないもの)
温泉大好きな暖にとってお風呂に入れないことほど切ないことはない。
その分しっかり手入れをしてあげたいと思った。
「ヨシ! オワリ」
一生懸命働いて額に浮いた汗をぬぐう暖。
『あぁ …… 良い気分だ。ありがとう ……ウララ』
この時、ギオルは暖が世話をするようになってはじめてハッキリと暖の名前を呼んだ。
「エッ、エッ? 今、ナンテ?」
ビックリして暖は聞き返す。
その時遠くから暖を呼ぶ声が聞こえた。
「ウララ! 直ぐ来てくれ!」
暖は慌てて竜から離れ声のした方に振り返る。
呼んでいるのはサーバスだった。
この時間帯に彼が呼びに来るのならその理由は十中八九、次に暖が向かう先の住人のことだろう。
「何かあったの? たいへん!」
暖はあたふたと後片づけをした。
「ギオル、マタ明日クル!」
別れの挨拶もそこそこに、暖はサーバスの元へと駆けていく。
『また明日。―――― ウララ』
ハッキリと呼ばれた自分の名を、残念なことに暖は聞き損ねた。
自分を見下ろす竜に対し片言で返事をし頭を下げる暖。
『ウララ?』
「ハイ」
暖はニッコリ笑った。
――――実はこの会話は十回めだったりする。
堂々とした体躯の威厳さえ漂う巨大竜。
この竜が本日一番に暖がお世話をする相手だった。
「ギオル、元気?」
『わしを知っておるのか? どこかで会ったか?』
長い首を不思議そうに捻る竜は恐ろしい外見とは裏腹にどこかボーっとして見える。
暖は、ほぼ毎日と言っていいほどこの竜――――ギオルと会っていた。
ギオルは認知症の竜でなかなか暖の名前を覚えてくれないのだ。
認知症の主な症状にはものが覚えられない記憶障害と今いる場所や時間がわからなくなる見当識障害があるのだが、ギオルは記憶障害がひどかった。
(見当識障害は、ないみたいなんだけど……)
もっともこの大きな竜が、見当識障害になって徘徊でもするようになってはたいへんだ。 被害は計り知れなくなるだろう。
「ギオル、私、ウロコ、洗ウ」
竜のいる場所の隅にある小さな小屋からデッキブラシみたいなものを採り出して、暖はそれをかつぐ。
このブラシで竜の体を洗うのが彼女の仕事だ。
とはいえ巨大な竜の体を一度に洗うのはとても無理で、昨日は右手その前は左手という風に進んで、今日は頭の日なのだった。
「アタマ、コッチ」
暖は自分の近くの草地をデッキブラシの柄でトントンと叩く。
グラッと揺れた竜の大きな頭がそのまま彼女の方に向かって倒れてきて、ドオォォ~ン! と地面にぶつかった。
ゴツゴツのウロコに覆われた頭の上部に二本の角のような鋭い突起のついた象くらいの大きさの頭が、目の前に迫る。
猫の目みたいに縦に金のスリットの入った黒曜石の瞳が、ぼんやりと暖に向けられた。
暖などひと呑みにできるだろう長く大きな口には鋭い牙がびっしりと生えている。
ヨイショとデッキブラシを持ち上げ暖はギオルに近づいた。
ゴシゴシと目を閉じた竜の頭にデッキブラシをかける。
最初の頃は恐る恐るそっとブラシをかけていた暖だが、それでは何の汚れも取れないとわかって最近は遠慮なく擦るようになっていた。
力いっぱい暖にブラシでこすられて、竜は気持ち良さそうにグルグルと喉を鳴らす。
「痒イトコ、ナイ?」
『耳の後ろを』
耳ってどこ? と思いながらそれらしい部分をこする。
その後も要望に従い頑張った。
仕上げに大きなタオルで水分を拭いていく。
「ピカピカ、ツヤツヤ、キレイ」
暖は歌うように節をつけながら喋った。
歌だけではなく作業の間中、暖は竜と会話する。
とはいえ暖は片言。竜は認知症だ。会話は普通の人が聞けばかなりおかしなとんちんかんなモノだろう。
だからこそ暖は遠慮なく話せた。
お天気のこと。
見つけた花や草木のこと。
今日は何を食べたとか、ケータイ無くても案外平気だったわ。
とか――――
覚えたての言葉とかなり怪しい文法で暖は喋りまくる。
竜は、暖が話す練習にちょうど良い相手だった。
(間違えても怒られないのがありがたいわよね)
アルディア相手では出来ない気安さだ。
モチロンその代わりと言ってはなんだが、暖は竜のちょっとおかしな辻褄の合わない話も熱心に拝聴した。
主に昔話が多くて、そのたびに暖は見も知らないスゥェンだのヒーラだのという名前の人物に間違えられるのだが……
『…… その時わしは燃え盛るマグマに飛び込んだ!…… 飛び込んだはずだ。…… そうだったよなスウェン?』
「ゴメンナサイ。私、すうぇんナイ。ワカラナイ」
『ウゥム。…… そうか? まあいい。そうしてわしが氷山を砕いたその途端――――」
燃え盛るマグマがいつの間に氷山になったのか? さっぱりわからなかったがそれくらいどうってこともないことだ。
竜の話は本当の事とは到底思えないモノだが聞いていて楽しかった。
めちゃくちゃな竜の話に片言の返事をしながら、竜のウロコに仕上げのオイルをすりこんでいく。
植物から採ったオイルは擦れば擦るほど良い香りがした。
前任者からはそこまでしなくても良いと言われているがこの香りが気に入った暖は進んでするようにしている。
(この巨体じゃ、お風呂に入れないもの)
温泉大好きな暖にとってお風呂に入れないことほど切ないことはない。
その分しっかり手入れをしてあげたいと思った。
「ヨシ! オワリ」
一生懸命働いて額に浮いた汗をぬぐう暖。
『あぁ …… 良い気分だ。ありがとう ……ウララ』
この時、ギオルは暖が世話をするようになってはじめてハッキリと暖の名前を呼んだ。
「エッ、エッ? 今、ナンテ?」
ビックリして暖は聞き返す。
その時遠くから暖を呼ぶ声が聞こえた。
「ウララ! 直ぐ来てくれ!」
暖は慌てて竜から離れ声のした方に振り返る。
呼んでいるのはサーバスだった。
この時間帯に彼が呼びに来るのならその理由は十中八九、次に暖が向かう先の住人のことだろう。
「何かあったの? たいへん!」
暖はあたふたと後片づけをした。
「ギオル、マタ明日クル!」
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