生残の秀吉

Dr. CUTE

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齟齬

百六十六.渇望の恵瓊

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天正十一年五月七日 未の刻

早朝、長浜ながはま出立しゅったつした秀吉ひでよしは昼には安土あづちに到着し、二の丸に入る。早速三法師さんぽうしに目通りしようと思っていたが、朝から安国寺恵瓊あんこくじえけいがずっと秀吉ひでよしを待ち続けていることを知り、先に面会することにする。

「よぉっ、恵瓊殿えけいどのぉっ、こちらに来ちょったかぁ・・・。」

恵瓊えけいは深く一礼する。

此度こたびいくさ、おめでとうございまするぅ・・・。わが御館様おやかたさまもおよろこびにありまして、まもなく祝いの品がこちらに届けられることになっておりまする。」

右馬頭殿うまのかみどの然様さような心遣いを・・・。かたじけのうござるっ・・・。」

「それでぇっ、わたくしめが果たした務めは如何いかがであったでありましょうか。」

「おぉっ、二月後ふたつきご毛利もうりが立つんを権六ごんろくにおわせたやつかぁ・・・。うぅぅんっ、たぶん効いとったと思うがのぉ・・・。ほんまのこつなら、わしの策とあわせて効き目があったと申したいところなんじゃがぁ・・・、わしの方が上手うまくいかんでのぉ・・・、そん代わりに又左またざの策が上手うまくいったんじゃからぁ・・・、務めは果たせたんじゃねぇかのぉ。」

「それは、それはぁ。少しでも御役おやくに立てて光栄にございまする。」

「そうっかぁっ、ならば褒美ほうびをやらんとのぉ・・・。」

滅相めっそうもございませぬ。御命おいのちをかけられて闘われた筑前守様ちくぜんのかみさまらに比べて、わたくしめがしたことは大したことではございませぬ。」

「欲しいもんがあれば何でも云うて構わんのじゃぞぃ・・・。」

「いえいえっ、此度こたびは何も受け取らないのがよろしいでしょう。今私が御褒美ごほうび頂戴ちょうだいすれば、良からぬうわさが流れて、大事な務めが果たせませぬ。」

「確かにそうじゃなっ、褒美ほうび国分くにわけがうまくいってからにするかのぉ・・・。そんでじゃぁっ恵瓊殿えけいどのぉっ・・・、頓挫とんざしちょった国分くにわけの話じゃがぁ・・・。」

「はいっ、此度こたび筑前守様ちくぜんのかみさまいくさは交渉を再開する良いきっかけになると思われます。一つ確かめておきたいのですがぁ・・・、備中びっちゅう美作みまさかたむろしておる国衆くにしゅうに新たにさずける地は何処いずことお考えでございましょう。」

「わしの腹ん中では決まったぁ・・・。紀州きしゅうじゃぁ・・・。」

「やはりっ、わたくしめもそれが良いと存じまするっ。」

紀州きしゅうもぐったこつはあるんかぁ・・・。」

「はいっ、何度かぁ。わたくしの眼に入ったのは僧兵そうへい傭兵ようへいばかり・・・。百姓ひゃくしょうも隠れ住んでおるのでしょうが、実に勿体無もったいない地の使い方がされておりまする。百姓ひゃくしょうを大勢連れ込めば、田畑も増えましょうし、何より豊富な魚と木材が手に入りまする。港や街道を整えれば、まさに宝の山にございまする。」

「わしと同じ考えじゃぁ。じゃがまだ根来ねごろ雑賀さいかもんたちがはばかせておる。これから少し痛い目にあわそうと思ぉちょるっ・・・。」

「ではこのことを交渉の材料にしてもぉ・・・。」

「構わんっ、年内にも紀州攻きしゅうぜめを果たすつもりじゃぁっ・・・。」

「これを訊いたら、喜ぶ国衆くにしゅうどもが出て参りますなぁ・・・。」

「もし右馬頭殿うまのかみどの紀州攻きしゅうぜめを手伝てつどぅてくれるんなら、備中びっちゅうの西は毛利もうりにくれてやってもえぇぞぃっ・・・。」

まことにございますかぁ・・・。」

右馬頭殿うまのかみどのがあんわずらわしい国衆くにしゅうを引き連れて紀州きしゅうに入り込ませりゃぁ、後の国境くにざかいなんぞどこに引いても同じじゃぁ。秀勝殿ひでかつどのとの婚儀を済ませりゃぁ尚更なおさらじゃぁ・・・。」

「確かにぃ・・・、羽柴はしば毛利もうりが手をたずさえて西国さいごくを治めれば、国境くにざかいなぞあってないようなものですからなぁ・・・。」

「そぉいうこっちゃぁ、恵瓊殿えけいどのっ、右馬頭殿うまのかみどのに書状をてるんで、後で持っていってくんろっ。そいから大坂おおさかに立ち寄って、官兵衛かんべえとよぉ相談しちょいてくれやぁっ。」

承知仕しょうちつかまつりました。では明日の朝にでも出直すことに致しましょう。」

「おぉっ、支度したくしちょるから、そぉしてくんろぉっ・・・。」

恵瓊えけいが一礼し、退こうと左膝ひだりひざを立てたところで、恵瓊えけいが何か思い付く。

「あっ・・・。」

「んっ、どうかしたかぁ・・・。」

「あぁっ、いやぁっ、先程の御褒美ごほうびのことなのですがぁ・・・。」

「何か欲しいもんでも思い付いたんかぇ。」

恵瓊えけい左膝ひだりひざを戻し、少し戸惑とまど気味ぎみに語る。

「もちろん国分くにわけの件が片付いてからのことになるのですがぁ・・・、是非ぜひともわたくしめを筑前守様ちくぜんのかみさま御側おそばに置いていただけませんでしょうかぁ。」

「いぃぃっ・・・、右馬頭殿うまのかみどのの元を離れて、わしにつきたいと申すんかぁ。何故なにゆえじゃぁ。右馬頭殿うまのかみどのの覚えでも悪ぅなっとるんかぁ・・・。」

「そうではございませぬ。まぁっ、確かにここのところ筑前守様ちくぜんのかみさまと仲良くさせていただいておることをおもしろく思うておらんやから毛利もうりの内におることは事実でございますがぁ、然様さような理由ではございません。わたくしが筑前守様ちくぜんのかみさま御館様おやかたさまの間をしておりますと、官兵衛殿かんべえどの秀勝様ひでかつさまらが皆で街づくりにいそしんでおるところを眼にする機会が多くございまする。わたくしも斯様かような仕事をしてみたくなりましてぇ・・・。」

「ほぉっ・・・、恵瓊殿えけいどのもそないな仕事が好きかぁ・・・。」

「はいぃっ。昔、くれの小さな地でちょっとした道づくりを指揮させていただいたことがあるのですが、皆で皆が使うものを作るというのはほんにおもしろいものでありましてぇ・・・。御館様おやかたさまはあまりそういうことには御興味ごきょうみがないようなので、斯様かような仕事にありつけることはもうないとあきらめておりました。」

「そうかぁ・・・。恵瓊殿えけいどの御心おこころはよぉ分かった。考えとくわぃ・・・。」

かたじけのうございまするぅっ・・・。ではっ、本日はこれにて失礼仕しつれいつかまつりまする。」

退恵瓊えけいを見送りながら、秀吉ひでよしは考える。

(うぅぅんっ、そんならそばに置くよりも、何処どこか領を与えるんがえぇかものぉ・・・。)
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