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齟齬
百六十七.歓談の家族
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天正十一年五月十五日 申の刻
「そぉつまんねぇ顔すんなぁっ、官兵衛っ。」
公家への書状を一通り書き終えた安土の秀吉の眼の前で、大坂から戻ってきた官兵衛が太々しく悪態をつく。
「そりゃぁ、わしとて拗ねるわぃっ。戦が終わって、これからいよいよ本丸を建てるのに本腰を入れようと思うて大坂に戻ったら、しばらく城のことはおいといて、和泉の道を整えよと聞かされてぇ・・・。そないに本願寺の機嫌を取らにゃならんのかぇ。」
おもしろくない様相の官兵衛を、秀吉が宥める。
「おめぇ、本願寺を舐めんなよっ。彼奴らぁっ、大坂を追い出されたとはいえ、今でも全国から銭が集まるんじゃからのぉ・・・。光佐殿の元には莫大な銭が集まって持て余しちょるもんじゃから、公家でだけでのぉて色んな寺や神社に寄進しちょる。わしも朝廷から光佐殿とは仲良ぉしちょけと云われちょって、邪険にはでけんのよぉ・・・。」
「わしには関係ねぇしぃ・・・。わしには小せぇ伴天連の寺があればえぇしぃ・・・。」
秀吉の慰撫は続く。
「そぉもいかんのじゃぁっ。今は少しでも銭が必要なんじゃぁ・・・。わしが本願寺に集まる銭まで頼りにせんと、大坂の城も建てられんようになってまう。」
「そう云われると致し方ないがぁ・・・。」
「しばらくの我慢じゃ。すぐに城普請を始められっからぁ・・・。」
「ようやくぎょうさんの大工や商人が住み込めるようになって、石の見立てが済んで、大坂へ運び込む算段も整ったところなんじゃ。早う普請が始められるよう頼みますぞぃ。」
「分かったっ、分かったぁっ。」
官兵衛の眼圧に秀吉はたじろぐ。そこへ小一郎が入ってくる。小一郎は北庄攻めが終わってから、一旦伊勢の氏郷の元へ行き、兵を交代させて安土に立ち戻ったところである。小一郎の顔を見て、官兵衛から逃れらると思った秀吉は少し安心する。
「おぉっ、兄さぁっ、ここに居ったかぇ。」
「ご苦労じゃったのぉ、小一郎。こんまま播磨へ戻って、そこで少し休んでこいやぁ。」
小一郎は秀吉と官兵衛を左右にして座す。
「そぉ云うといてぇ、どぉせ休ませる気はねぇんじゃろぉ。播磨に着いたら、早速呼び戻すつもりじゃろぉてぇ。」
「さすがわしの弟じゃぁ。今わしが猫の手も借りてぇくらい忙しいんをよぉ分かっちょるぅっ。さすがじゃぁ・・・。」
「ちぇっ、どぉせわしは『猫の手』じゃあ。もはや銭勘定は宗易殿や佐吉に任せときゃぁえぇよぉになったからのぉ・・・。」
秀吉は笑いながら尋ねる。
「はははっ、おめぇまで拗ねるなぁっ・・・。そんで、伊勢はどぉじゃったぁ。」
「あぁっ、忠三郎殿が申すには、権六殿が負けたんを皆が知ってからは小競り合いすら無くなったそうじゃぁ。今は信雄様と一益殿の間を雄利殿がひたすら往き来してるだけじゃそぉじゃわぃ。」
安堵した秀吉は、小一郎に頼みたかった事を思い出す。
「そうかっ、伊勢ももうすぐ片付くのぉ。ところで小一郎っ、播磨へ戻る途中で、おねとお母を三田まで送ってくれんかぁ。」
「そりゃぁえぇがぁ、何で三田なんじゃぁ。」
「勝三郎んとこのゆう殿が孫七郎んとこに輿入れすることになったんじゃぁ。おねもお母も『わしらも手伝うっ。』と云い張ってのぉ・・・。」
「そうかぁっ、孫七郎もいよいよかぁっ。そりゃぁめでてぇ・・・。」
「早ぉ婚儀を済ませんと、勝三郎らが岐阜へ移ってくれん。」
「つまらん云い方をするのぉ・・・。甥が嫁を娶るんでねぇかぇ。兄さぁも三田へ祝儀を持って行ったらえぇんにぃ・・・。」
「わしにそないな暇あるかぇっ・・・。まぁっ、婚儀のこつはおねらに任せるわぃ。」
「祝儀は何を贈るんじゃぃ。わしにえぇ考えがあるんじゃがのぉ・・・。」
「何じゃぃ、『考え』ってぇ・・・。」
前のめりになる秀吉に小一郎が続けようとすると、板戸ががさと開き、突然浅ざるを持った秀勝と輝政が割り込んでくる。
「義父上ぇっ、見てくだされぇっ・・・、こんなにたくさんの瓜が取れましたぞぉっ。」
「おおぉっ、こりゃぁすげぇっ・・・、って、秀勝殿ぉっ、まだ居ったんかぇ・・・。」
秀勝が照れながら返す。
「明日には丹波へ戻りまするぅっ。久しぶりに義母上らにお会いしたら話すことがたくさんございましてぇ、ついついっ・・・。」
「しょうがねぇのぉ。いつまでおねに甘えて・・・。」
すると今度はおねとなかが、秀吉の溜口を遮るように入ってくる。
「小一郎っ、戻っとったんかぇ・・・。」
「おっ母っ・・・、元気そうじゃのぉ・・・。」
小一郎に飛びつくなかを見て、秀吉は拗ねる。
「何じゃぃっ、わしが戻ったときにゃぁ、鼾かいて寝とったくせにぃ・・・。」
「まぁまぁっ、旦那様ぁっ。無事に家族皆揃ったのですから、今日の夕食は楽しく行きましょうよ。ねぇぇ・・・。」
おねの言葉に秀吉は呆気となるが、家族の柔らかな雰囲気を見渡すと、秀吉は今の忙しさをついぞ忘れてしまう。
(次から次へと皆寄ってきやがってぇ・・・。官兵衛と何の話をしとったかのぉ・・・。じゃがよぉ考えりゃぁ、こぉなるんをわしは望んどったんじゃなぁ。いつまでもこないな刻が続くとえぇんじゃがのぉ・・・。)
「そぉつまんねぇ顔すんなぁっ、官兵衛っ。」
公家への書状を一通り書き終えた安土の秀吉の眼の前で、大坂から戻ってきた官兵衛が太々しく悪態をつく。
「そりゃぁ、わしとて拗ねるわぃっ。戦が終わって、これからいよいよ本丸を建てるのに本腰を入れようと思うて大坂に戻ったら、しばらく城のことはおいといて、和泉の道を整えよと聞かされてぇ・・・。そないに本願寺の機嫌を取らにゃならんのかぇ。」
おもしろくない様相の官兵衛を、秀吉が宥める。
「おめぇ、本願寺を舐めんなよっ。彼奴らぁっ、大坂を追い出されたとはいえ、今でも全国から銭が集まるんじゃからのぉ・・・。光佐殿の元には莫大な銭が集まって持て余しちょるもんじゃから、公家でだけでのぉて色んな寺や神社に寄進しちょる。わしも朝廷から光佐殿とは仲良ぉしちょけと云われちょって、邪険にはでけんのよぉ・・・。」
「わしには関係ねぇしぃ・・・。わしには小せぇ伴天連の寺があればえぇしぃ・・・。」
秀吉の慰撫は続く。
「そぉもいかんのじゃぁっ。今は少しでも銭が必要なんじゃぁ・・・。わしが本願寺に集まる銭まで頼りにせんと、大坂の城も建てられんようになってまう。」
「そう云われると致し方ないがぁ・・・。」
「しばらくの我慢じゃ。すぐに城普請を始められっからぁ・・・。」
「ようやくぎょうさんの大工や商人が住み込めるようになって、石の見立てが済んで、大坂へ運び込む算段も整ったところなんじゃ。早う普請が始められるよう頼みますぞぃ。」
「分かったっ、分かったぁっ。」
官兵衛の眼圧に秀吉はたじろぐ。そこへ小一郎が入ってくる。小一郎は北庄攻めが終わってから、一旦伊勢の氏郷の元へ行き、兵を交代させて安土に立ち戻ったところである。小一郎の顔を見て、官兵衛から逃れらると思った秀吉は少し安心する。
「おぉっ、兄さぁっ、ここに居ったかぇ。」
「ご苦労じゃったのぉ、小一郎。こんまま播磨へ戻って、そこで少し休んでこいやぁ。」
小一郎は秀吉と官兵衛を左右にして座す。
「そぉ云うといてぇ、どぉせ休ませる気はねぇんじゃろぉ。播磨に着いたら、早速呼び戻すつもりじゃろぉてぇ。」
「さすがわしの弟じゃぁ。今わしが猫の手も借りてぇくらい忙しいんをよぉ分かっちょるぅっ。さすがじゃぁ・・・。」
「ちぇっ、どぉせわしは『猫の手』じゃあ。もはや銭勘定は宗易殿や佐吉に任せときゃぁえぇよぉになったからのぉ・・・。」
秀吉は笑いながら尋ねる。
「はははっ、おめぇまで拗ねるなぁっ・・・。そんで、伊勢はどぉじゃったぁ。」
「あぁっ、忠三郎殿が申すには、権六殿が負けたんを皆が知ってからは小競り合いすら無くなったそうじゃぁ。今は信雄様と一益殿の間を雄利殿がひたすら往き来してるだけじゃそぉじゃわぃ。」
安堵した秀吉は、小一郎に頼みたかった事を思い出す。
「そうかっ、伊勢ももうすぐ片付くのぉ。ところで小一郎っ、播磨へ戻る途中で、おねとお母を三田まで送ってくれんかぁ。」
「そりゃぁえぇがぁ、何で三田なんじゃぁ。」
「勝三郎んとこのゆう殿が孫七郎んとこに輿入れすることになったんじゃぁ。おねもお母も『わしらも手伝うっ。』と云い張ってのぉ・・・。」
「そうかぁっ、孫七郎もいよいよかぁっ。そりゃぁめでてぇ・・・。」
「早ぉ婚儀を済ませんと、勝三郎らが岐阜へ移ってくれん。」
「つまらん云い方をするのぉ・・・。甥が嫁を娶るんでねぇかぇ。兄さぁも三田へ祝儀を持って行ったらえぇんにぃ・・・。」
「わしにそないな暇あるかぇっ・・・。まぁっ、婚儀のこつはおねらに任せるわぃ。」
「祝儀は何を贈るんじゃぃ。わしにえぇ考えがあるんじゃがのぉ・・・。」
「何じゃぃ、『考え』ってぇ・・・。」
前のめりになる秀吉に小一郎が続けようとすると、板戸ががさと開き、突然浅ざるを持った秀勝と輝政が割り込んでくる。
「義父上ぇっ、見てくだされぇっ・・・、こんなにたくさんの瓜が取れましたぞぉっ。」
「おおぉっ、こりゃぁすげぇっ・・・、って、秀勝殿ぉっ、まだ居ったんかぇ・・・。」
秀勝が照れながら返す。
「明日には丹波へ戻りまするぅっ。久しぶりに義母上らにお会いしたら話すことがたくさんございましてぇ、ついついっ・・・。」
「しょうがねぇのぉ。いつまでおねに甘えて・・・。」
すると今度はおねとなかが、秀吉の溜口を遮るように入ってくる。
「小一郎っ、戻っとったんかぇ・・・。」
「おっ母っ・・・、元気そうじゃのぉ・・・。」
小一郎に飛びつくなかを見て、秀吉は拗ねる。
「何じゃぃっ、わしが戻ったときにゃぁ、鼾かいて寝とったくせにぃ・・・。」
「まぁまぁっ、旦那様ぁっ。無事に家族皆揃ったのですから、今日の夕食は楽しく行きましょうよ。ねぇぇ・・・。」
おねの言葉に秀吉は呆気となるが、家族の柔らかな雰囲気を見渡すと、秀吉は今の忙しさをついぞ忘れてしまう。
(次から次へと皆寄ってきやがってぇ・・・。官兵衛と何の話をしとったかのぉ・・・。じゃがよぉ考えりゃぁ、こぉなるんをわしは望んどったんじゃなぁ。いつまでもこないな刻が続くとえぇんじゃがのぉ・・・。)
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