生残の秀吉

Dr. CUTE

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仇討

三十八.強引の恒興

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秀吉ひでよしは『やはりなっ』と思ったものの、恒興つねおきが挙げた名前に驚かされる。話の流れからして、てっきり『秀勝殿ひでかつどのに・・・』と云ってくると思いきや、相手は自分のおいである。もし恒興つねおき秀勝ひでかつとの縁組を申し出てきたら、秀吉ひでよしは『既に毛利もうりと話がついとる』とでも返して断る心算こころづもりをしていた。しかし意外な名前に呆気あっけとなる。

(やっぱり、何考えとるんか分からん御人ごじんじゃぁ・・・。)

秀吉ひでよしは確かめる。

「『信吉殿のぶよしどの』って、孫七郎まごしちろうのことかぁ・・・。あやつは今やあの三好みよし家の一員じゃぞぃ。そんな申し入れ、『格が違う』とでも云われて三好みよしに断られるだけじゃろう。」

三好孫七郎信吉みよしまごしちろうのぶよしは、秀吉ひでよしの姉夫婦の間に生まれた、それこそ『ただの百姓ひゃくしょう』であった。しかし彼の運命は波乱である・・・。

かつては将軍をもしのぐ勢いを持った三好みよし家が、信長のぶなが京入みやこいり以来勢力をぎ、ついには元来のどころである阿波あわ長宗我部ちょうそかべに侵攻されるにまで落ちぶれた。阿波あわ三好みよし家当主・三好康長みよしやすながはこれに対抗するため、信長のぶながの軍門にくだり、家中をまとめるために織田おだ家とよしみを結ぼうとした。そこで挙がったのが三男・信孝のぶたか三好みよし家への養嗣子ようしし入りだった。しかし三好みよし家中かちゅう信長のぶなが派と公方くぼう派に割れていたので、信長のぶなが信孝のぶたかの身を案じ、縁組を保留し続けた。信長のぶながとしては信孝のぶたか四国しこくを攻略させ、その結果公方くぼう派が静かになったところで縁組を進める筋書きをえがいていたようだ。一方で三好みよし家分断を一刻も早く阻止したいとあせ康長やすながは、その頃瀬戸内せとうち水軍すいぐんに手を伸ばしていた秀吉ひでよしに相談した。秀吉ひでよしは今にも三好みよしが分裂しかねないことを懸念けねんし、苦肉の策として自分のおいを先んじて三好みよし家の養子とすることを信長のぶながに申し入れ、受け入れられた。こうして『ただの百姓ひゃくしょう』は三好孫七郎信吉みよしまごしちろうのぶよしを名乗ることになるのだが、それは信長のぶなが秀吉ひでよし信吉のぶよし自身ですらも、信孝のぶたか四国しこく平定へいていが実現するまでの『場繋ばつなぎ』という認識であった。

「ふんっ、三好みよしなんぞ、もはや名門でも何でもねぇわっ。知っとるかぁ、渡海とかい支度したくをしちょった康長やすなが父子おやこ信吉殿のぶよしどの大殿おおとの訃報ふほうが届いた途端とたん、あっちゅう間に河内かわちは混乱状態になったそうじゃ。日頃どんな知行ちぎょうをしとったんじゃぃと思うたわぃ。大勢おおぜいの家臣が逃げ出した上、康長やすなが父子おやこ行方不明ゆくえふめいで、今は残った家臣を信吉殿のぶよしどのが何とかつなめちょるらしい。他所者よそもん信吉殿のぶよしどのにとっちゃぁ、自分こそ住みづれぇ三好みよしからとっとと逃げ出してぇだろうに、何とも立派じゃあねぇかぁ。はよ信吉殿のぶよしどの羽柴はしばに戻して、三好みよしはとっとと見限った方がえぇ。」

三好みよしを見限るのはともかく、秀吉ひでよしにはそれと信吉のぶよし婚姻話こんいんばなしつながりを感じられない。

「お主は『三好みよし』ではなく、『羽柴はしば』の孫七郎まごしちろうにゆう殿をとつがせたいんか。」

恒興つねおきはあっさり返す。

「当たり前じゃぁ。今更いまさら何云うとんじゃ。」

孫七郎まごしちろう羽柴はしばに戻ったら、それこそただの『百姓出ひゃくしょうでがりもん』ぞっ。」

秀吉ひでよしらしからぬ言葉に恒興つねおきあきれる。

阿呆あほかぁ。可愛い娘のとつさきを心配する親の身としては、落ちぶれた三好みよしなんぞよりも、天をも突く勢いの『織田家筆頭家老おだけひっとうがろう羽柴筑前守はしばちくぜんのかみ』の唯一の血縁の方を望むんは当たり前じゃろうがぁ・・・。」

秀吉ひでよしはぎょとする。

「ちょっ、ちょっと待てぇ。誰が織田家筆頭家老おだけひっとうがろうじゃとぉ・・・。」

「何度も云わすな。お主に決まっとるじゃろぅがぁ。」

「そんなこと権六ごんろく親父おやじが認めんじゃろうてぇ。それにわしはおいちの方さまはじめ、他の織田おだ御血筋おちすじの方々に至極しごくきらわれちょるぅ。わしをしたってくれるんは秀勝殿ひでかつどのくらいじゃが、秀勝殿ひでかつどのは若すぎる。結局、大殿おおとの殿とのがおらなんだら、わしなんて筆頭家老ひっとうがろうどころか、評定ひょうじょうにも入れてくれんぞぉ・・・。」

恒興つねおきは豪快に笑い出す。

「はっはっはっはぁぁ・・・。お主、自分がどんだけきらわれちょるか、よぉ分かっちょるのぉ。はっはっはっはぁぁ・・・。」

「笑い事かよ・・・。」

ねる秀吉ひでよしが眼に入ると、恒興つねおき前屈まえかがみになって解説する。

「じゃが、よぅ考えてみぃ。林殿はやしどの佐久間殿さくまどの織田おだから去り、村井殿むらいどのが亡くなられた今、本当の織田家譜代おだけふだい親父おやじだけじゃ。後は皆、大殿おおとのみずからに見染みそめられたもんばかりじゃ。そんでもって皆が皆、大殿おおとのんたもんじゃ。そん中で大殿おおとの仇討あだうちを果たすんはお主じゃ。お主以外に筆頭家老ひっとうがろう相応ふさわしいもんなんて、他に誰がおるんじゃぁ。確かに頭の固い親父おやじは認めんかもしれんが、親父おやじ以外は皆、お主に筆頭家老ひっとうがろうになってもろうて、大殿おおとのが成し遂げられんかったことを成してほしいと心底しんそこ思うとるわぃ。」

それでも秀吉ひでよしは納得できない。

「そっ、そんでも三介殿さんすけどの三七殿さんしちどのなんかも、わしを認めんじゃろう。」

恒興つねおきは一層あきれる。

「お主は自分がどんだけきらわれちょるかだけでのぉて、どんだけ好かれちょるかも分かっとかんといかんのぉ。もし彼らがお主を筆頭家老ひっとうがろうにさせなんだら、皆、織田おだ家から離れていくだけじゃわぃ。わしは断じて言い切れるぞぉぃ。」

「いくら何でも、そりゃぁ言い過ぎじゃろう。皆、織田おだ家をつぶしなくないはずじゃし、そんなことになってもうたら、わしは大殿おおとのに顔向けでけん。」

恒興つねおきはゆっくりと身体からだを起こし、上座かみざの方に視線を移す。

「果たしてそうかのぉ・・・。わしはこうして大殿おおとの形見かたみを見ながら、ついぞ考えてまうんじゃぁ。もしそうなったら大殿おおとのは何と云うかのぉ・・・ってな。」

すっかり恒興つねおきの調子にはまってしまった秀吉ひでよしは、明智あけちちのあかつきには自分は百姓ひゃくしょうに戻らんとしていることを伝えられなくなっていた。もはや秀吉ひでよし恒興つねおきの言葉を聞き入るしかない。

「わしは幼い頃から大殿おおとのを見てきたから分かるような気がするんじゃあ。大殿おおとのはくだらんことにこだわって事が進まんことを大いにきらった御人ごじんじゃったから・・・、うぅん、そうじゃのぉ・・・、大殿おおとのなら『織田おだ家なんっつう小せぇことをほざいとらんと、皆が望む世の中を作るんに、皆でどんどん進まんかぁい・・・』っとかつを入れるんじゃねぇかのぉ。」

少しばかり沈黙が続き、秀吉ひでよしが小声で、

「そないなこと云われても・・・」

と言い続けようとすると、恒興つねおきはしゃきとした声でさえぎる。

「っちゅうことで、ゆうのこと、よろしく頼むわぁ・・・。やぁ、やぁ、めでたいのぉ。」

豪快に笑う恒興つねおきが、困惑顔の秀吉ひでよしに酒をぐ。

(何が、『っちゅうことで』じゃぁ・・・。)
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