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仇討
四十.悪酔の秀吉
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天正十年六月十二日 午の刻
早朝、播磨勢は大物を出立し、中川瀬兵衛清秀の案内により富田まで何事もなく行進した。播磨勢が着陣したこの地に間もなく摂津衆が合流し、三万の大軍勢が出来上がる。高山右近はかなり広めの御座所を準備しており、これからの大戦への意気込みが感じられる。秀吉がそこで小兵に団扇で仰がれながらぼぉとしているところへ、汗塗れの小一郎が陣幕を潜る。
「皆に今夜の宿営の支度を指示してきたぞぉぃ。」
秀吉は枯れた声でだらしなく応える。
「御苦労じゃったぁ・・・。」
小一郎は辺りを見回し、ここには清秀も秀勝も官兵衛もいないことに気づく。
「秀勝殿はどうしたぁ・・・。」
「官兵衛と一緒に、この辺りに建てちょる伴天連の寺を見にいっちょぅ。」
「これから大戦じゃっちゅうんに、まるで物見遊山じゃのぉ・・・。まぁ、えぇか、秀勝殿には気晴らしが必要じゃからのぉ。あぁ、それと池田の旗が見えてきたわぃ。間もなく勝三郎殿も御着陣されよう。」
秀吉が溜息一つ吐く。いつもの調子ではない秀吉の顔を小一郎が覗き込む。
「何じゃ、覇気がねぇのぉ。昨晩は飲みすぎたかぇ。」
「さほど飲んどらん・・・。じゃが、不味い酒じゃったわぁ。」
「おんっ、勝三郎殿に世話してもろうた女子が気に入らんかったんかぇ。」
「女子遊びなぞしとらんわぃ・・・。そんより、下手な約束をさせられてしもうた。」
小一郎は対面の床几に座り、聞き込む。
「ほほぉっ、約束とは・・・。」
「輝政殿をわしの養子に迎えることになった。」
「輝政殿って勝三郎殿の息子かぁ。もう既に長吉殿をいただいてるでねぇかぁ。」
「あの御人にゃぁ、そんなん関係ねぇ。年端の近い秀勝殿の義兄弟となって側に置けと・・・、それが大殿と殿への恩返しじゃと・・・、秀勝殿も喜んどると・・・、父子連んでここまで畳み込まれりゃぁ断れんわぃ。」
大きな溜息をついた秀吉は小兵から団扇を取り上げ、自ら忙しなく扇ぎ出す。、小一郎は密かな声で感心する。
「さすが、兄さぁの苦手な御人じゃのぉ。」
「そん上、孫七郎に勝三郎の娘を嫁がせろと・・・。」
「やけに勝三郎殿は羽柴に食い込んでくるのぉ。じゃけど、そんなこつは三好が許さんじゃろうぉ。」
「落ちぶれた三好よりも、『織田家筆頭家老』の羽柴に可愛い娘を嫁がせようとするんが親として当然の願いじゃろうと・・・。さっさと三好から羽柴に戻せと・・・。」
「兄さぁ、『織田家筆頭家老』になるんかぁ。」
「なれるわけねぇだろぅっと云うたら、なれねぇのなら皆が織田家を見限ると・・・。そりゃぁ云い過ぎじゃろうと返したら、大殿もきっと許してくれると・・・。」
「つまり兄さぁは仇討を果たしても、そん後は皆の神輿になり続けなぁあかんっちゅうこつかぁ。これじゃぁ、百姓に戻るわけにはいけんのぉ。」
「隠居すらでけんわぃ。じゃからと云うて、わしには織田家を纏めるなんぞでけんぞぃ。どうすりゃえぇっ・・・。」
小一郎は腕を組み、天を見上げながら考える。
「兄さぁはお市の方様らに嫌われちょるからのぉ・・・。この際、権六殿と仲直りしたらどうじゃぁ。あっちは織田の皆々に好かれちょるから、二人で力を合わせれば・・・。」
「おめぇも眠てぇこと云うのぉ。こっちが頭下げても、向こうは百姓出のわしに心許すことなど一生ねぇじゃろうが・・・。」
「誰か仲を取り持ってくれるような御人はおらんのかぇ。長益様あたりとか・・・。」
「うぅぅん、長益様ねぇ・・・。ちと頼りねぇけど一度話してみるかのぉ・・・。ところで小一郎っ、おめぇこん話、あんまり驚いとらんようじゃのぉ。」
「官兵衛殿がこうなるんを予言しとったんじゃぁ。皆が兄さぁを百姓に戻させてくれんと・・・。昨日のうちにわしら兄弟はそれを思い知るっと云われてのぉ。あぁっ、ありゃ勝三郎殿のことじゃったんかと、兄さぁの話を聞きながら、官兵衛殿の予知の方に感心しちょったわぃ。」
「なんで官兵衛は知っとったんじゃ、勝三郎の思惑を・・・。」
「おそらく高山殿っつう御人から聞いたんじゃろう。切支丹同士で随分仲がえぇみたいじゃなぁ。こん先の戦場の詳細もその御人から随分と仕入れちょったわぁ。」
「摂津衆は皆癖が強えぇのぉ。瀬兵衛もわしをここに置き去りにしちょいて、『ちょっくらひと暴れしてきますわぁ』っちゅうて山﨑の方へ飛び出して行きおったわぃ。彼奴、何を焦っとんじゃろうぉ。」
首を傾げる秀吉に、小一郎は苦笑しながら応える。
「兄さぁの前でえぇ格好見せてぇんじゃねぇかぁ・・・。でもよぅ考えてみりゃぁ、兄さぁ、こん先も摂津衆の皆は兄さぁの味方であり続けるぞぃ。ありがてぇっちゃぁありがてぇが、彼らは兄さぁが『筆頭家老』にならなんだら気がすまんのでねぇけぇ。そんしたら権六殿はどう思うかいのぉ。」
「おっ、おめぇ、恐ろしいこつ云うのぉ・・・。」
「こんままじゃと『明智討ち』の後は『柴田討ち』になってまうぞぇ。早ぇうちに何とかせんとぉ・・・、下手したら織田家は割れてまうぞぃ。」
小一郎の言葉に秀吉がぞっとした瞬間、狼煙が上がり、続いて辺り一帯におおおぉっという雄叫びが響き渡る。
「池田は気合入っとんのぉ・・・。」
「今は十兵衛の首を獲るんが大事じゃ。右近殿と瀬兵衛も直に戻ってくるぅ。始まるぞぉっ・・・。」
早朝、播磨勢は大物を出立し、中川瀬兵衛清秀の案内により富田まで何事もなく行進した。播磨勢が着陣したこの地に間もなく摂津衆が合流し、三万の大軍勢が出来上がる。高山右近はかなり広めの御座所を準備しており、これからの大戦への意気込みが感じられる。秀吉がそこで小兵に団扇で仰がれながらぼぉとしているところへ、汗塗れの小一郎が陣幕を潜る。
「皆に今夜の宿営の支度を指示してきたぞぉぃ。」
秀吉は枯れた声でだらしなく応える。
「御苦労じゃったぁ・・・。」
小一郎は辺りを見回し、ここには清秀も秀勝も官兵衛もいないことに気づく。
「秀勝殿はどうしたぁ・・・。」
「官兵衛と一緒に、この辺りに建てちょる伴天連の寺を見にいっちょぅ。」
「これから大戦じゃっちゅうんに、まるで物見遊山じゃのぉ・・・。まぁ、えぇか、秀勝殿には気晴らしが必要じゃからのぉ。あぁ、それと池田の旗が見えてきたわぃ。間もなく勝三郎殿も御着陣されよう。」
秀吉が溜息一つ吐く。いつもの調子ではない秀吉の顔を小一郎が覗き込む。
「何じゃ、覇気がねぇのぉ。昨晩は飲みすぎたかぇ。」
「さほど飲んどらん・・・。じゃが、不味い酒じゃったわぁ。」
「おんっ、勝三郎殿に世話してもろうた女子が気に入らんかったんかぇ。」
「女子遊びなぞしとらんわぃ・・・。そんより、下手な約束をさせられてしもうた。」
小一郎は対面の床几に座り、聞き込む。
「ほほぉっ、約束とは・・・。」
「輝政殿をわしの養子に迎えることになった。」
「輝政殿って勝三郎殿の息子かぁ。もう既に長吉殿をいただいてるでねぇかぁ。」
「あの御人にゃぁ、そんなん関係ねぇ。年端の近い秀勝殿の義兄弟となって側に置けと・・・、それが大殿と殿への恩返しじゃと・・・、秀勝殿も喜んどると・・・、父子連んでここまで畳み込まれりゃぁ断れんわぃ。」
大きな溜息をついた秀吉は小兵から団扇を取り上げ、自ら忙しなく扇ぎ出す。、小一郎は密かな声で感心する。
「さすが、兄さぁの苦手な御人じゃのぉ。」
「そん上、孫七郎に勝三郎の娘を嫁がせろと・・・。」
「やけに勝三郎殿は羽柴に食い込んでくるのぉ。じゃけど、そんなこつは三好が許さんじゃろうぉ。」
「落ちぶれた三好よりも、『織田家筆頭家老』の羽柴に可愛い娘を嫁がせようとするんが親として当然の願いじゃろうと・・・。さっさと三好から羽柴に戻せと・・・。」
「兄さぁ、『織田家筆頭家老』になるんかぁ。」
「なれるわけねぇだろぅっと云うたら、なれねぇのなら皆が織田家を見限ると・・・。そりゃぁ云い過ぎじゃろうと返したら、大殿もきっと許してくれると・・・。」
「つまり兄さぁは仇討を果たしても、そん後は皆の神輿になり続けなぁあかんっちゅうこつかぁ。これじゃぁ、百姓に戻るわけにはいけんのぉ。」
「隠居すらでけんわぃ。じゃからと云うて、わしには織田家を纏めるなんぞでけんぞぃ。どうすりゃえぇっ・・・。」
小一郎は腕を組み、天を見上げながら考える。
「兄さぁはお市の方様らに嫌われちょるからのぉ・・・。この際、権六殿と仲直りしたらどうじゃぁ。あっちは織田の皆々に好かれちょるから、二人で力を合わせれば・・・。」
「おめぇも眠てぇこと云うのぉ。こっちが頭下げても、向こうは百姓出のわしに心許すことなど一生ねぇじゃろうが・・・。」
「誰か仲を取り持ってくれるような御人はおらんのかぇ。長益様あたりとか・・・。」
「うぅぅん、長益様ねぇ・・・。ちと頼りねぇけど一度話してみるかのぉ・・・。ところで小一郎っ、おめぇこん話、あんまり驚いとらんようじゃのぉ。」
「官兵衛殿がこうなるんを予言しとったんじゃぁ。皆が兄さぁを百姓に戻させてくれんと・・・。昨日のうちにわしら兄弟はそれを思い知るっと云われてのぉ。あぁっ、ありゃ勝三郎殿のことじゃったんかと、兄さぁの話を聞きながら、官兵衛殿の予知の方に感心しちょったわぃ。」
「なんで官兵衛は知っとったんじゃ、勝三郎の思惑を・・・。」
「おそらく高山殿っつう御人から聞いたんじゃろう。切支丹同士で随分仲がえぇみたいじゃなぁ。こん先の戦場の詳細もその御人から随分と仕入れちょったわぁ。」
「摂津衆は皆癖が強えぇのぉ。瀬兵衛もわしをここに置き去りにしちょいて、『ちょっくらひと暴れしてきますわぁ』っちゅうて山﨑の方へ飛び出して行きおったわぃ。彼奴、何を焦っとんじゃろうぉ。」
首を傾げる秀吉に、小一郎は苦笑しながら応える。
「兄さぁの前でえぇ格好見せてぇんじゃねぇかぁ・・・。でもよぅ考えてみりゃぁ、兄さぁ、こん先も摂津衆の皆は兄さぁの味方であり続けるぞぃ。ありがてぇっちゃぁありがてぇが、彼らは兄さぁが『筆頭家老』にならなんだら気がすまんのでねぇけぇ。そんしたら権六殿はどう思うかいのぉ。」
「おっ、おめぇ、恐ろしいこつ云うのぉ・・・。」
「こんままじゃと『明智討ち』の後は『柴田討ち』になってまうぞぇ。早ぇうちに何とかせんとぉ・・・、下手したら織田家は割れてまうぞぃ。」
小一郎の言葉に秀吉がぞっとした瞬間、狼煙が上がり、続いて辺り一帯におおおぉっという雄叫びが響き渡る。
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