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思惑
七十七.清洲の面々 其の四
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評定から追い出された形となった信孝は、信雄と共に御殿で待つことを嫌い、控えていた佐久間玄蕃允盛政ほか十人ほどの家臣たちを引き連れて、御殿から出ようとする。信孝が草履を履いて立ち上がると、屋内から長益が声をかける。
「三七ぃっ、城から出ることは許さんぞぉっ・・・。」
「分かっておるぅっ。城内に居ったらえぇんじゃろぅ・・・。」
信孝は長益の方を振り返ることなく、玄関を経ち、北の屋敷へ向かう。
(ちっ、叔父上めっ、余計なことしやがって・・・。まぁ良い。皆が抗うのは承知の上じゃぁ。ここは権六の報せを待つとするかぁ。)
信孝は少しずつ落ち着きを取り戻していくが、目付きは醜いままである。しばらくして北の屋敷に入ろうとするところで、背後から勝家の間者が追いかけてくるのに気付く。
「信孝様ぁっ・・・。」
間者は佐久間の家臣たちの間を潜り抜け、信孝の側で跪く。信孝の眼が大きく開く。
「早いのぉっ・・・。早速合図が出たかぁ。」
「いえっ、それが、勝家様は一旦は評定の戸を御開けになったのですが、何も発することなく、しばらくしてまた戸を御閉めになられました。」
「どっ、どういうことだぁ・・・。」
「分かりませぬ。一応、御報せせねばと思いまして・・・。」
間者は一礼し、再び来た道を走り戻っていく。
(何が起こっておるのじゃ。話は決したのではないのかぁ・・・。)
信孝はしばらく考え込むが、想像力がまったく働かない。諦めた信孝は盛政に小声で話しかける。
「玄蕃允っ、支度は整っとるよな。」
「お任せくだされ。いつでも兵は動かせまする。」
「兄上と叔父上の兵はどうじゃ。」
「それなりに数はおりますが、何の警戒もしておりませぬ。攻めれば容易いかと・・・。」
「うむっ。そのまま備えよ。」
(考え過ぎかぁ。事はうまく進む筈じゃ・・・。)
信孝と家来衆が屋敷の玄関まで辿り着くと、そこには前田又左衛門利家が跪いたまま、待ち構えている。盛政が気付く。
「又左ぁっ、お主ここで何をしとるっ。早う持ち場につかんかぁ。」
「畏れながら信孝様か親父殿に確かめたい義がございまして・・・。それにお応えいただければ早急に陣に引き返しまする。」
「お主は命に従っとればえぇんじゃぁ。とっとと戻れぇ。」
「それがぁ・・・、そうは行かぬ事態となっておりましてぇ・・・。」
「どういうことだぁ。」
「はいっ、わしらは今朝、合図をもって御殿を囲めと命じられ申した。さらに続く合図があれば筑前殿を討てとも命じられました。」
「それがどうした。信孝様の命には従わんというのかぁ。」
「いえっ、そうではございません。信孝様の御指図は絶対でございます。ただこのことは御存知なのかと思いましてぇ・・・。」
「何のことだぁ。」
「実は今朝の命を受けたあたりから、小牧山の城に総金の幟が続々と立ち始めておりましてぇ・・・。」
信孝も盛政も家臣たちも驚愕のあまり眼を丸くする。
「なっ、何じゃとぉ・・・。」
利家は妙に落ち着き払いながら伝える。
「あれは一万はおるかと思われますが、わしらが御殿を攻めれば羽柴の大群が背後から攻めてくるのではと不安になる者も多く・・・、家臣どもはどちらを向いたらよいか分からんと云って混乱しております。」
信孝がつい声を荒げる。
「馬鹿なっ、岐阜も長浜も見張っておったのに、そんな動きは訊いとらんぞぉ。」
「そぉ申されましてもぉ・・・。御自分でお確かめになられたらいかがですかぁ。」
盛政は近習に眼でもって確かめに走らせる。信孝が屋敷玄関の板敷に座り込むと、その顔が徐々に紅潮し始める。
「おっ、おのれぇ筑前っ・・・。わしらの動きを詠んでおったというのかぁ・・・。」
盛政の言葉が余計に信孝を苛立たせる。
「小牧山に羽柴勢が屯しているとなると、わしらが筑前殿の首を獲る前に後ろから突かれてしまいますぞぉ。信孝様ぁっ、ここは一旦、・・・。」
「えぇいっ、分かっておるわい・・・。皆に矛を納めよと申し伝えよぉっ。」
盛政は信孝に一礼し、慌てて御園神明宮へ駆けて行く。それを見届けた利家もゆっくり立ち上がり、一礼してその場を去ろうとする。利家は怒りに満ちた信孝の眼が熱く充血しているのを認める。
(筑前殿が無防備で清洲に入るわけがなかろうにぃ・・・。策に溺れたのぉ。)
肩を震わす信孝の握り拳から血が滴る。今は誰も信孝に話しかけることはできない・・・。
その頃、小牧山では山内伊右衛門一豊が長浜から大量に運ばれた総金の幟を少しずつ立てている。一豊の愚痴を訊く者も一人としていない。
「これ全部立てんとあかんのかいなぁ・・・。」
「三七ぃっ、城から出ることは許さんぞぉっ・・・。」
「分かっておるぅっ。城内に居ったらえぇんじゃろぅ・・・。」
信孝は長益の方を振り返ることなく、玄関を経ち、北の屋敷へ向かう。
(ちっ、叔父上めっ、余計なことしやがって・・・。まぁ良い。皆が抗うのは承知の上じゃぁ。ここは権六の報せを待つとするかぁ。)
信孝は少しずつ落ち着きを取り戻していくが、目付きは醜いままである。しばらくして北の屋敷に入ろうとするところで、背後から勝家の間者が追いかけてくるのに気付く。
「信孝様ぁっ・・・。」
間者は佐久間の家臣たちの間を潜り抜け、信孝の側で跪く。信孝の眼が大きく開く。
「早いのぉっ・・・。早速合図が出たかぁ。」
「いえっ、それが、勝家様は一旦は評定の戸を御開けになったのですが、何も発することなく、しばらくしてまた戸を御閉めになられました。」
「どっ、どういうことだぁ・・・。」
「分かりませぬ。一応、御報せせねばと思いまして・・・。」
間者は一礼し、再び来た道を走り戻っていく。
(何が起こっておるのじゃ。話は決したのではないのかぁ・・・。)
信孝はしばらく考え込むが、想像力がまったく働かない。諦めた信孝は盛政に小声で話しかける。
「玄蕃允っ、支度は整っとるよな。」
「お任せくだされ。いつでも兵は動かせまする。」
「兄上と叔父上の兵はどうじゃ。」
「それなりに数はおりますが、何の警戒もしておりませぬ。攻めれば容易いかと・・・。」
「うむっ。そのまま備えよ。」
(考え過ぎかぁ。事はうまく進む筈じゃ・・・。)
信孝と家来衆が屋敷の玄関まで辿り着くと、そこには前田又左衛門利家が跪いたまま、待ち構えている。盛政が気付く。
「又左ぁっ、お主ここで何をしとるっ。早う持ち場につかんかぁ。」
「畏れながら信孝様か親父殿に確かめたい義がございまして・・・。それにお応えいただければ早急に陣に引き返しまする。」
「お主は命に従っとればえぇんじゃぁ。とっとと戻れぇ。」
「それがぁ・・・、そうは行かぬ事態となっておりましてぇ・・・。」
「どういうことだぁ。」
「はいっ、わしらは今朝、合図をもって御殿を囲めと命じられ申した。さらに続く合図があれば筑前殿を討てとも命じられました。」
「それがどうした。信孝様の命には従わんというのかぁ。」
「いえっ、そうではございません。信孝様の御指図は絶対でございます。ただこのことは御存知なのかと思いましてぇ・・・。」
「何のことだぁ。」
「実は今朝の命を受けたあたりから、小牧山の城に総金の幟が続々と立ち始めておりましてぇ・・・。」
信孝も盛政も家臣たちも驚愕のあまり眼を丸くする。
「なっ、何じゃとぉ・・・。」
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信孝がつい声を荒げる。
「馬鹿なっ、岐阜も長浜も見張っておったのに、そんな動きは訊いとらんぞぉ。」
「そぉ申されましてもぉ・・・。御自分でお確かめになられたらいかがですかぁ。」
盛政は近習に眼でもって確かめに走らせる。信孝が屋敷玄関の板敷に座り込むと、その顔が徐々に紅潮し始める。
「おっ、おのれぇ筑前っ・・・。わしらの動きを詠んでおったというのかぁ・・・。」
盛政の言葉が余計に信孝を苛立たせる。
「小牧山に羽柴勢が屯しているとなると、わしらが筑前殿の首を獲る前に後ろから突かれてしまいますぞぉ。信孝様ぁっ、ここは一旦、・・・。」
「えぇいっ、分かっておるわい・・・。皆に矛を納めよと申し伝えよぉっ。」
盛政は信孝に一礼し、慌てて御園神明宮へ駆けて行く。それを見届けた利家もゆっくり立ち上がり、一礼してその場を去ろうとする。利家は怒りに満ちた信孝の眼が熱く充血しているのを認める。
(筑前殿が無防備で清洲に入るわけがなかろうにぃ・・・。策に溺れたのぉ。)
肩を震わす信孝の握り拳から血が滴る。今は誰も信孝に話しかけることはできない・・・。
その頃、小牧山では山内伊右衛門一豊が長浜から大量に運ばれた総金の幟を少しずつ立てている。一豊の愚痴を訊く者も一人としていない。
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