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思惑
七十八.清洲の面々 其の五
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・・・少し遡る。
秀吉「兵を挙げるつもりなら、止めといた方がえぇ。」
勝家「何ぃ・・・。」
秀吉の言葉はもはや脅し口調である。
秀吉「今、小一郎と秀勝殿の兵が小牧山に集まっちょる。親父が兵を動かせば、一万の兵が清洲に押し寄せることになっちょる。」
勝家「一万っ・・・。はったりじゃぁ。そんだけの軍勢が動いたとしたら、わしの耳に入るはずじゃぁ。」
秀吉「試してみるかぁっ・・・。もう一つ教えちゃる。小一郎が小牧山を降る際、狼煙を上げることになっちょる。それを見たら久太郎の軍が伊勢の水軍と共に海から押し寄せることにもなっちょる。水軍の動きも親父の耳に入ることになっちょるんかぁ・・・。」
勝家「きっ、貴様という奴はぁぁっ・・・。」
長秀「よせっ、権六殿。馬鹿な真似はするなっ。」
勝家は怒りを抑えるのに必死である。しばらく身体を震わせるも、眼を閉じ、呼吸を落ち着かせ、やがて座間の戸を閉める。勝家は秀吉を睨みながら、ゆっくり座し直す。
勝家「どうするっ、ここでわしを成敗し、三七殿を討つかぁ・・・。」
鋭い目付きとどす黒い声の秀吉は、再び丸っこい眼とからと明るい声の秀吉に戻る。
秀吉「さっきから親父は強い織田を見せつけんとあかんと申すが、わしはそりゃぁ違ぇと思う。今大事なんは、大殿らが居のぉなっても、織田は一枚岩であるっちゅうこつを見せつけるこっちゃあ。ここで戦を始めて織田を割ってしもうたら、元も子もなくなってまうぞぃ・・・。」
長秀「筑前の云う通りじゃ。権六殿っ、今は争ってる場合ではない。ここは兵を挙げるつもりなど無かったことにしてやるっ。」
秀吉と長秀に諭される勝家は、もう一つ大きな深呼吸を吐く。
勝家「分かった。兵は挙げん。されど、後見のことはどぉするぅ。三介殿と三七殿の両方が納得できる案でもあると申すかぁ・・・。」
長秀「幸い長益殿が御二人にわしらの案を受け入れよと釘を刺してくださったので、やり易くなった・・・、御二人が納得できるというわけではないが、一つ訊いてくれんかぁ。」
三人は長秀に注視する。
(さてぇっ、五郎左殿はどんな策を思いついたんかのぉ。)
長秀「三介殿か三七殿を後見に出来ぬというのなら、『名代』は置かぬっ・・・ということでは如何か。われらが執権となり、われらの合議によって政を執り、久太郎に殿への御取次役を兼ねてもらうというのは如何か。」
(案外とありきたりの策じゃのぉ・・・。)
長秀の提案に三人は黙ってしまう。三人の呆気を察する長秀は続ける。
長秀「かつて源朝臣頼朝公が後継を示すことなく身罷られた折、十三人の忠臣が嫡子・頼家公を御支えし、その後も『鎌倉殿』の時代が栄えたという。また源氏の代が途絶えた後も、北条をはじめとする御家人衆が長らく宮将軍を御支えしたという。われらもこれに倣うのが良いと存するが、皆の考えを訊きたい。」
(何か難しいこつをぎょうさん並べよったが、これってわしも政に加われっちゅうこつよなぁ・・・。)
勝家は信孝に報せた折の顔色を想像し、懸念する。
勝家「三七殿は納得しまい。それでは『仇討の功』が蔑ろではないか。」
長秀「わしは『仇討の功』は領のみによって示すのが良いと思う。」
恒興「そうかぁっ、家督の件と仇討の件を線引きして検討したということで納得してもらおうというこっちゃな。」
(へぇっ、勝三郎は五郎左殿が何を云ってるんかが分かるんかぁ・・・。)
長秀「そうじゃ。家督の件はわしらが認められる範疇で、御血筋の道理を通す。仇討の件は領でもってのみ示し、政とは関わらせない。このことを本評定の決議の強い根拠と致すのじゃぁ・・・。三七殿の烏帽子親である権六殿にとっては不服な点もござろうが、三七殿を名代とするはやはり無理があるぞぃ。其方は大殿らの御言葉は殿が幼少であることを前置きしておらんと申したが、それが屁理屈であることは其方自身も分かっていよう。安土での左義長や京での御馬揃えの折の御二人の処遇を思い起こせば、どう考えても大殿の御意思は三介殿じゃぁ。」
勝家「分かっておる。そんなことぉ、五郎左に云われんでも分かっとるわぃ・・・。じゃがっ、じゃがわしは織田家が攻められんようにと考えて・・・。」
長秀「その心配は筑前が先んじて封じたということじゃ。然れば次にわれらが大事とするは織田家が割れんようにすることじゃ。もう一度、よぉ考えてみぃ・・・。」
(おぉっ、五郎左殿がわしを庇ぅてくれたわぃ。ありがてぇ・・・。)
勝家は眼を瞑り、腕組みをしたまましばらく熟考する。そして再び開眼し、長秀に向かって決する。
勝家「分かり申した。五郎左の案を認めよう。ただし拝領が納得できるものであることが条件じゃぁ。」
長秀「よくぞ申してくれた。恩に着るぞぃ。」
(三七殿がぎょうさん織田の領を取るっちゅうこつなんかのぉ。それで気が済めばえぇんじゃがぁ・・・。)
長秀は笑みを浮かべ、一安心の眼になる。そして懐から新しい書状を取り出し、さらに国地図も取り出し、四人の間に拡げる。
長秀「では領の話じゃぁ。先ほども述べたが、領は此度の仇討での御活躍に応じて検討する。評議する領は織田の遺領と十兵衛および十兵衛に従った者らの所領じゃぁ。まず殿には安土に入っていただき、久太郎に南近江の代官を兼ねてもらう。次に総大将を御勤めされた三七殿には美濃一国を貰っていただく。三介殿は仇討の功はござらんが、三七殿に多くの兵を預けておったということもあって、今の伊勢の領に加え、尾張と山城を拝領いただくということでお願いしたいと思うが如何か。」
しかし早々に勝家が難癖をつける。
勝家「それじゃぁ足りんのぉ・・・。」
秀吉「兵を挙げるつもりなら、止めといた方がえぇ。」
勝家「何ぃ・・・。」
秀吉の言葉はもはや脅し口調である。
秀吉「今、小一郎と秀勝殿の兵が小牧山に集まっちょる。親父が兵を動かせば、一万の兵が清洲に押し寄せることになっちょる。」
勝家「一万っ・・・。はったりじゃぁ。そんだけの軍勢が動いたとしたら、わしの耳に入るはずじゃぁ。」
秀吉「試してみるかぁっ・・・。もう一つ教えちゃる。小一郎が小牧山を降る際、狼煙を上げることになっちょる。それを見たら久太郎の軍が伊勢の水軍と共に海から押し寄せることにもなっちょる。水軍の動きも親父の耳に入ることになっちょるんかぁ・・・。」
勝家「きっ、貴様という奴はぁぁっ・・・。」
長秀「よせっ、権六殿。馬鹿な真似はするなっ。」
勝家は怒りを抑えるのに必死である。しばらく身体を震わせるも、眼を閉じ、呼吸を落ち着かせ、やがて座間の戸を閉める。勝家は秀吉を睨みながら、ゆっくり座し直す。
勝家「どうするっ、ここでわしを成敗し、三七殿を討つかぁ・・・。」
鋭い目付きとどす黒い声の秀吉は、再び丸っこい眼とからと明るい声の秀吉に戻る。
秀吉「さっきから親父は強い織田を見せつけんとあかんと申すが、わしはそりゃぁ違ぇと思う。今大事なんは、大殿らが居のぉなっても、織田は一枚岩であるっちゅうこつを見せつけるこっちゃあ。ここで戦を始めて織田を割ってしもうたら、元も子もなくなってまうぞぃ・・・。」
長秀「筑前の云う通りじゃ。権六殿っ、今は争ってる場合ではない。ここは兵を挙げるつもりなど無かったことにしてやるっ。」
秀吉と長秀に諭される勝家は、もう一つ大きな深呼吸を吐く。
勝家「分かった。兵は挙げん。されど、後見のことはどぉするぅ。三介殿と三七殿の両方が納得できる案でもあると申すかぁ・・・。」
長秀「幸い長益殿が御二人にわしらの案を受け入れよと釘を刺してくださったので、やり易くなった・・・、御二人が納得できるというわけではないが、一つ訊いてくれんかぁ。」
三人は長秀に注視する。
(さてぇっ、五郎左殿はどんな策を思いついたんかのぉ。)
長秀「三介殿か三七殿を後見に出来ぬというのなら、『名代』は置かぬっ・・・ということでは如何か。われらが執権となり、われらの合議によって政を執り、久太郎に殿への御取次役を兼ねてもらうというのは如何か。」
(案外とありきたりの策じゃのぉ・・・。)
長秀の提案に三人は黙ってしまう。三人の呆気を察する長秀は続ける。
長秀「かつて源朝臣頼朝公が後継を示すことなく身罷られた折、十三人の忠臣が嫡子・頼家公を御支えし、その後も『鎌倉殿』の時代が栄えたという。また源氏の代が途絶えた後も、北条をはじめとする御家人衆が長らく宮将軍を御支えしたという。われらもこれに倣うのが良いと存するが、皆の考えを訊きたい。」
(何か難しいこつをぎょうさん並べよったが、これってわしも政に加われっちゅうこつよなぁ・・・。)
勝家は信孝に報せた折の顔色を想像し、懸念する。
勝家「三七殿は納得しまい。それでは『仇討の功』が蔑ろではないか。」
長秀「わしは『仇討の功』は領のみによって示すのが良いと思う。」
恒興「そうかぁっ、家督の件と仇討の件を線引きして検討したということで納得してもらおうというこっちゃな。」
(へぇっ、勝三郎は五郎左殿が何を云ってるんかが分かるんかぁ・・・。)
長秀「そうじゃ。家督の件はわしらが認められる範疇で、御血筋の道理を通す。仇討の件は領でもってのみ示し、政とは関わらせない。このことを本評定の決議の強い根拠と致すのじゃぁ・・・。三七殿の烏帽子親である権六殿にとっては不服な点もござろうが、三七殿を名代とするはやはり無理があるぞぃ。其方は大殿らの御言葉は殿が幼少であることを前置きしておらんと申したが、それが屁理屈であることは其方自身も分かっていよう。安土での左義長や京での御馬揃えの折の御二人の処遇を思い起こせば、どう考えても大殿の御意思は三介殿じゃぁ。」
勝家「分かっておる。そんなことぉ、五郎左に云われんでも分かっとるわぃ・・・。じゃがっ、じゃがわしは織田家が攻められんようにと考えて・・・。」
長秀「その心配は筑前が先んじて封じたということじゃ。然れば次にわれらが大事とするは織田家が割れんようにすることじゃ。もう一度、よぉ考えてみぃ・・・。」
(おぉっ、五郎左殿がわしを庇ぅてくれたわぃ。ありがてぇ・・・。)
勝家は眼を瞑り、腕組みをしたまましばらく熟考する。そして再び開眼し、長秀に向かって決する。
勝家「分かり申した。五郎左の案を認めよう。ただし拝領が納得できるものであることが条件じゃぁ。」
長秀「よくぞ申してくれた。恩に着るぞぃ。」
(三七殿がぎょうさん織田の領を取るっちゅうこつなんかのぉ。それで気が済めばえぇんじゃがぁ・・・。)
長秀は笑みを浮かべ、一安心の眼になる。そして懐から新しい書状を取り出し、さらに国地図も取り出し、四人の間に拡げる。
長秀「では領の話じゃぁ。先ほども述べたが、領は此度の仇討での御活躍に応じて検討する。評議する領は織田の遺領と十兵衛および十兵衛に従った者らの所領じゃぁ。まず殿には安土に入っていただき、久太郎に南近江の代官を兼ねてもらう。次に総大将を御勤めされた三七殿には美濃一国を貰っていただく。三介殿は仇討の功はござらんが、三七殿に多くの兵を預けておったということもあって、今の伊勢の領に加え、尾張と山城を拝領いただくということでお願いしたいと思うが如何か。」
しかし早々に勝家が難癖をつける。
勝家「それじゃぁ足りんのぉ・・・。」
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