今宵、月あかりの下で

東 里胡

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5.それぞれの事情・祥太朗の場合

5-3

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 今夜の貸し切りのディナーは、私と年齢の変わらなさそうなお仲間内のパーティ。
 これから結婚する二人を招いてのサプライズパーティだったそうで、幸せそうな様子が微笑ましい。
 二十三時までの貸し切りの中で、マスターは二十一時頃時計をチラリと見て。

「風花さん、もう、あがって」

 そう微笑んだ。

「でも、まだ」
「あとは俺一人で平気、こんな遅くまで付き合わせちゃってごめんね? 本当は送っていきたいとこなんだけど」
「それは大丈夫ですが」

 店内を見回すと皆さん思い思いにアルコールでくつろいでいる。
 コース形式だったお皿はほとんど運び終え、後はケーキと珈琲だけ。
 既にケーキは、皿に盛り付け冷やしてあるし、これ以上私がいても活躍できそうにないし、無駄にバイト代を使わせてしまいそうだ。

「では、今夜はお言葉に甘えて。また月曜日から、よろしくお願いいたします」

 そうご挨拶をし、エプロンを外して外に出た私を、マスターが追いかけてきた。

「あ、風花さん、忘れ物! ほら」

 振り返るとケーキボックスを手にしたマスターがいて、慌ててそれを受け取る。

「ありがとうございます! すっかり忘れて帰るところでした」

 本日最後に一つだけ余ったシフォンケーキを食べに来られなかった祥太朗さんへのお土産にと頂いた。

「祥太朗にも、また顔出しにきて、って伝えておいて」
「はい、お伝えします。お疲れ様でした!」
「お疲れ様」

 バイバイと手を振るマスターは、私が角を曲がるまで心配そうに見送ってくれた。
 ケーキを揺らさないように、しっかりと胸の前で持ち、公園を突っ切る。
 あの日、祥太朗さんに拾っていただいた公園。
 今夜は、あの日のような三日月ではなく少しだけふっくらとした横顔を覗かせている。
 
「え?」

 不意に目に入ったのは、あのベンチ。
 そこに座りこむ、見覚えのある男の人。

「祥太朗さん?」

 私の声に顔をあげたのは、やはり祥太朗さん。

「あれ? 今、帰り?」

 ずい分と笑顔だ、しかも少し赤い? 手には飲みかけのビールの缶。

「あ、吉野さんもどう?」

 ガサゴソと袋の中から取り出したのは、新しいビールの缶。
 既に祥太朗さんの足元には空になったビールも二本。
 笑顔だけど、少し寂しそうに見えるのはなぜだろうか?
 あの日、私にビールの缶を落とした日も、祥太朗さんはこんな顔をしていた、そんな気がする。

「では、私からはこれを」

 渡されたビールを受け取り、交換するように持っていたシフォンケーキの箱を手渡すと、祥太朗さんは首を傾げて中を覗く。
 なんとなく一人にしておけなくて、少しだけ間を取って隣に腰かける。

「めっちゃ、美味しそう」
「お酒のつまみにはならないと思いますが」
「ぜーんぜん、甘いのもつまみにできるし」

 シフォンケーキを鷲掴みにし、大きな口でパクパクパクとあっという間に、飲み込んでいく。

「んまっ、フワフワも甘さも絶品じゃん」
「足りました?」
「ううん、もっと食べたいかも。お腹空いてたのも思い出した」
「もしかして夕食、」
「あー、うん、食べてない」
「私もです」

 え? と驚いた顔をした祥太朗さんの前に立って。

「どこか、この辺りで美味しいラーメン屋さん知ってたりしますか?」
「まあ、何件か知ってるけど」
「ビールお返しするんで、教えてもらえませんか? あと、一緒に食べに行きませんか?」

 しばらく黙ったまま私を見上げてた祥太朗さんは、やっと立ち上がると、足元の空き缶を拾い集め、近くにあった専用ゴミ箱に入れた。

「シフォンケーキの御礼に奢るよ、吉野さん」
「いえ、私がお誘いしたので私が奢ります」
「あのさ、こういう時は奢られてればいいと思うよ」
「嫌です、私、榛名家ではただ飯食らいですし、こういう時ぐらいは」

 祥太朗さんは、なんだか困ったように眉をしかめてから鼻から息をもらすように笑った。

「吉野さんはね」
「はい」
「本当に損をするタイプの人間なんだよ、俺と同じで」
「え?」
「人からの厚意は黙って受け取って?」

 行くよと私の手をとり、歩き出す祥太朗さんに引っ張られるようにしてついていく。

「私と祥太朗さんって、同じタイプなんですか?」
「ん、でも、俺より全然ダメ。絶対ずっと利用される側なんだろうなって心配になる」
「祥太朗さんは利用したことがあるんですか?」
「自分ではそのつもりはなかったけど、実際にはしてしまったことはある、かな」

 ふと見上げた祥太朗さんは、やはり寂しそうな顔をしているように見えた。

「だから、似てるけど違うのかもね、やっぱ。吉野さんのがずっと純粋だわ、どんなに嫌な目にあっても真っすぐ育ってきた感じ」
「そうでもないですよ」

 そうでもない。
 だって痛かったら心も痛くなって恨みに思うこともあったし。
 寂しかったら、どうして自分だけが、と嘆いたこともある。
 全ての苦しみや悲しみを受け止められる強さなんて私にはない。

「家族を支えている祥太朗さんの方が私にはずっと真っすぐな人に見えます」

 ふと私を見下ろした視線が、泣き出しそうに歪んでから仕方なさそうに微笑んだ。
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