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6.ライブにて
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「なあ、涼真。今週の日曜って店休みじゃん? その次の日の月曜も祝日で休みじゃん? つうことは、風ちゃんは二日連続休みになる?」
「そうだね、そうなる」
ムーンライトで働きだして、ちょうど一か月。
勇気さんが、コンビニのバイトに行く前に現れて、唐突にそう尋ねた。
「つうことは、風ちゃん暇だよな?」
「はい」
多分、何もないから暇だとは思う。
ただし、やりたいことはたくさんある。
最近雨続きだったから窓を綺麗にしたいな、とか。
日曜日のお昼はお弁当風ランチはどうだろうとか、そういったことだけれど。
「じゃあ、日曜日の夜、見に来てくれない?」
テーブルの前に置かれたのはチケット。
見に? 私が何を?
目のまえに置かれたチケットをじっと見つめていたら。
「ライブ? 勇気の?」
「そ、涼真も来いよ、つうか、今回は榛名家も全員招待予定」
勇気さんが涼真さんの分のチケットも置いた。
そうか、これは勇気さんのライブチケットなのか。
「そういえば勇気のライブ、行くの初かも」
「昔は同じステージ上がってたのにな」
どういうことだろう? と二人の顔を見比べていたら。
「高校時代ね、ギターボーカルが俺で。涼真がドラム、でベースが祥太朗でスリーピースバンド組んでたわけ」
「祥太朗さんもですか!?」
「今の祥太朗からじゃ、イメージないだろ?」
「はい、全然!!」
毎日スーツ姿の祥太朗さんからは、バンドマンだったイメージが全く浮かばない。
だけど。
想像したら何だかニヤけてしまう。
「きっと人気があったんでしょうね」
「ないない、学生のノリの素人バンドだったし」
謙遜するようなマスターの言葉に首を横に振る。
時々女の人よりも色気があるような綺麗な顔立ちの勇気さんがギターボーカルで、背が高くキリリとした体育会系っぽいマスターがドラムで、少し影があって笑うと笑顔が可愛い祥太朗さんがベースだなんて。
私の学生時代では、絶対に共通点の無さそうなイケメン三人が組んだバンドだなんて。
絶対に絶対に学校中の人気者だったに違いない。
「聞いてみたかったです、三人のバンド」
「もうそれは無理だから、俺のバンド聞きにきてよ、風ちゃん」
「はい、是非! あ、あの、でも」
「ん?」
「ライブハウスって、怖くないんですか?」
真っ暗な場所で音楽が耳をつんざくくらいのボリュームで鳴っている。
行ったことのないライブハウスをなんとなくそんな場所だと思っていた。
マスターと勇気さんは、楽しそうに顔を見合わせて笑い合って。
「めっちゃ怖いからねえ、本当に気を付けた方がいい、うん」
三日月みたいに目を細めた勇気さんが、いつまでもニヤニヤしている姿で、自分のイメージが違っていることに気づき恥ずかしくなった。
朝方見た夢に、麗夜さんが出てきたのは、今日がライブ当日だからだと思う。
麗夜さんも大学生の頃、バンドマンだったって言ってたのを思い出したから。
ボーカリストだというのに納得したのは、初めて電話した日に聴いた低くてハスキーな独特の声のせいかもしれない。
私の車の助手席でラジオから流れてきた曲を口ずさんむ甘い声。
うっとりと聴き入ったあの日。
『めちゃくちゃ上手ですよね! 私、音痴だから羨ましいです』
『じゃあ、僕らの子はどっちに似るのかな?』
悪戯っぽい笑みに恥ずかしくなった瞬間に、麗夜さんの顔が窓を叩く雨の向こうにいるように、ぐにゃりと歪む。
『麗夜さん!?』
手を伸ばしたら、その体が透き通るように消えていく。
待って、行かないで。
『お願い、一人にしないで』
夢にまで彼の姿を探したのは何度もあったけれど。
自分の涙の冷たさで、目覚めたのは榛名家に来て初めてだった。
「おはよ、吉野さん」
日曜日の朝、夢から覚めたのはまだ明け方五時。
泣き顔を誰にも悟られないように、冷たい水で顔を洗ったというのに。
「泣いてた?」
キッチンで朝ごはんを作っていた私の顔を覗き込む。
「あ、玉ねぎサラダのせいで」
まな板の上、スライスされた玉ねぎのせいにした私に、祥太朗さんは首を傾げる。
「明け方、泣いてたでしょ。寝言? 俺の部屋まで聞こえてた」
「あっ、えっと、夢を見て寝ぼけちゃって。ごめんなさい、祥太朗さんのことも起こしちゃいましたか?」
「ううん、ちょうど眠りが浅かっただけ」
珈琲マシンを既に使いこなしている祥太朗さんは、自分の分と私の分を淹れてくれてテーブルに置き、どうぞと促してくれる。
私も手を休めて招かれるまま、今や自席となった場所に腰かけると、祥太朗さんはいつもは美咲さんが座っている席に座った。
「なんかあった?」
「いえ、全然」
心配かけないように、プルプルと首を振った私に対し、祥太朗さんも否定するように頭を振り返す。
「大丈夫って聞かれたら大丈夫って言っちゃうから、吉野さんは」
そんなことは、と笑って誤魔化そうとしたら視線が絡む。
私の代わりに悲しんでくれているような、眉尻を落とした祥太朗さんの顔を見ていたら。
「う、あ、すみません」
朝方乾かしたはずの涙が溢れてしまった。
「ごめん、また泣かせた」
祥太朗さんの手が伸びてきて、私の涙を掬うように頬を撫でてくれる。
夢の続きに落ちていかないように、この手の温もりに涙をゆだねた。
祥太朗さんの手は、あの日と同じように優しくて温かかった。
「そうだね、そうなる」
ムーンライトで働きだして、ちょうど一か月。
勇気さんが、コンビニのバイトに行く前に現れて、唐突にそう尋ねた。
「つうことは、風ちゃん暇だよな?」
「はい」
多分、何もないから暇だとは思う。
ただし、やりたいことはたくさんある。
最近雨続きだったから窓を綺麗にしたいな、とか。
日曜日のお昼はお弁当風ランチはどうだろうとか、そういったことだけれど。
「じゃあ、日曜日の夜、見に来てくれない?」
テーブルの前に置かれたのはチケット。
見に? 私が何を?
目のまえに置かれたチケットをじっと見つめていたら。
「ライブ? 勇気の?」
「そ、涼真も来いよ、つうか、今回は榛名家も全員招待予定」
勇気さんが涼真さんの分のチケットも置いた。
そうか、これは勇気さんのライブチケットなのか。
「そういえば勇気のライブ、行くの初かも」
「昔は同じステージ上がってたのにな」
どういうことだろう? と二人の顔を見比べていたら。
「高校時代ね、ギターボーカルが俺で。涼真がドラム、でベースが祥太朗でスリーピースバンド組んでたわけ」
「祥太朗さんもですか!?」
「今の祥太朗からじゃ、イメージないだろ?」
「はい、全然!!」
毎日スーツ姿の祥太朗さんからは、バンドマンだったイメージが全く浮かばない。
だけど。
想像したら何だかニヤけてしまう。
「きっと人気があったんでしょうね」
「ないない、学生のノリの素人バンドだったし」
謙遜するようなマスターの言葉に首を横に振る。
時々女の人よりも色気があるような綺麗な顔立ちの勇気さんがギターボーカルで、背が高くキリリとした体育会系っぽいマスターがドラムで、少し影があって笑うと笑顔が可愛い祥太朗さんがベースだなんて。
私の学生時代では、絶対に共通点の無さそうなイケメン三人が組んだバンドだなんて。
絶対に絶対に学校中の人気者だったに違いない。
「聞いてみたかったです、三人のバンド」
「もうそれは無理だから、俺のバンド聞きにきてよ、風ちゃん」
「はい、是非! あ、あの、でも」
「ん?」
「ライブハウスって、怖くないんですか?」
真っ暗な場所で音楽が耳をつんざくくらいのボリュームで鳴っている。
行ったことのないライブハウスをなんとなくそんな場所だと思っていた。
マスターと勇気さんは、楽しそうに顔を見合わせて笑い合って。
「めっちゃ怖いからねえ、本当に気を付けた方がいい、うん」
三日月みたいに目を細めた勇気さんが、いつまでもニヤニヤしている姿で、自分のイメージが違っていることに気づき恥ずかしくなった。
朝方見た夢に、麗夜さんが出てきたのは、今日がライブ当日だからだと思う。
麗夜さんも大学生の頃、バンドマンだったって言ってたのを思い出したから。
ボーカリストだというのに納得したのは、初めて電話した日に聴いた低くてハスキーな独特の声のせいかもしれない。
私の車の助手席でラジオから流れてきた曲を口ずさんむ甘い声。
うっとりと聴き入ったあの日。
『めちゃくちゃ上手ですよね! 私、音痴だから羨ましいです』
『じゃあ、僕らの子はどっちに似るのかな?』
悪戯っぽい笑みに恥ずかしくなった瞬間に、麗夜さんの顔が窓を叩く雨の向こうにいるように、ぐにゃりと歪む。
『麗夜さん!?』
手を伸ばしたら、その体が透き通るように消えていく。
待って、行かないで。
『お願い、一人にしないで』
夢にまで彼の姿を探したのは何度もあったけれど。
自分の涙の冷たさで、目覚めたのは榛名家に来て初めてだった。
「おはよ、吉野さん」
日曜日の朝、夢から覚めたのはまだ明け方五時。
泣き顔を誰にも悟られないように、冷たい水で顔を洗ったというのに。
「泣いてた?」
キッチンで朝ごはんを作っていた私の顔を覗き込む。
「あ、玉ねぎサラダのせいで」
まな板の上、スライスされた玉ねぎのせいにした私に、祥太朗さんは首を傾げる。
「明け方、泣いてたでしょ。寝言? 俺の部屋まで聞こえてた」
「あっ、えっと、夢を見て寝ぼけちゃって。ごめんなさい、祥太朗さんのことも起こしちゃいましたか?」
「ううん、ちょうど眠りが浅かっただけ」
珈琲マシンを既に使いこなしている祥太朗さんは、自分の分と私の分を淹れてくれてテーブルに置き、どうぞと促してくれる。
私も手を休めて招かれるまま、今や自席となった場所に腰かけると、祥太朗さんはいつもは美咲さんが座っている席に座った。
「なんかあった?」
「いえ、全然」
心配かけないように、プルプルと首を振った私に対し、祥太朗さんも否定するように頭を振り返す。
「大丈夫って聞かれたら大丈夫って言っちゃうから、吉野さんは」
そんなことは、と笑って誤魔化そうとしたら視線が絡む。
私の代わりに悲しんでくれているような、眉尻を落とした祥太朗さんの顔を見ていたら。
「う、あ、すみません」
朝方乾かしたはずの涙が溢れてしまった。
「ごめん、また泣かせた」
祥太朗さんの手が伸びてきて、私の涙を掬うように頬を撫でてくれる。
夢の続きに落ちていかないように、この手の温もりに涙をゆだねた。
祥太朗さんの手は、あの日と同じように優しくて温かかった。
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