今宵、月あかりの下で

東 里胡

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7.それぞれの事情・風花の場合

7-4

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「皆さんと一緒に帰ってもいいですか?」

 泣き笑いしながら、涙をこすった。

「私も、皆が大好きで、美咲さんの妹になりたいし、桃ちゃんのおねえさんになりたいから、これからも好きな食べ物リクエストしてほしいです。勇気さんにも長生きしてもらうために作ります。洸太朗くん、時々また後片付け一緒に手伝ってくれませんか? マスター、明日からも一緒に働かせて下さい、新メニューまた考えます。祥太朗さんは、えっと……、一緒にがんばりましょう、がんばらせてください」
「もおおお、心配したんだからあ!! 長野に残るって言ったら、どうしようって心配してたんだからあ」

 駆け寄ってきた美咲さんと桃ちゃんが私を抱きしめるのは、もう何度目だろうか。
 大好きを止めなくてもいいですか?
 離れて行かないって思っても、信じてもいいんですよね?
 二人の温もりが嬉しすぎて笑ったらまた涙が落ちた。
 ああ、こういう涙はきっと何度流してもいいのかもしれない。

「ん~じゃ、帰るよ、皆。絶対、帰り渋滞巻き込まれる時間だ、これ」

 撤収します、と歩き出す祥太朗さんの後を皆追いかける。
 帰りもまた助手席でもいいのだろうか、と戸惑う私に、祥太朗さんが助手席のドアを開けてくれた。

「祥太朗、帰り途中まで俺が運転代わるよ」

 マスターの申し出に祥太朗さんが首を傾げる。

「榛名家、夕べほとんど寝てなさそうだし、少し寝ておけよ。途中のパーキングで交代しよ」
「実は、それ、ちょっと助かる。帰り、どっかのパーキングで仮眠しようかと思ってた」

 ふぁああと欠伸をした祥太朗さんが後ろの席に乗り込むと、皆釣られたように欠伸をしている。
 高速道路に乗る頃には、既にあっという間に全員が夢の中に行ってしまったようだ。

「風花さんも寝てていいよ?」
「いえ、大丈夫です。車の助手席って、あまり乗ったことがないので、なんだか楽しくて」

 後ろの席を時々振り返って、皆の寝顔を見た。
 きっと夕べはほとんど寝ずに私のことを心配してくれていたのかもしれない。
 振り回しちゃってごめんなさい。

「この先、まずは榛名家の一員として、うちで働いててほしいけど、風花さんは自分のお店持ちたいんだっけ?」
「ん~……、わからなくなってきちゃってます」

 同じ夢を語りたくて、熱くなってしまっていたのかもしれない。
 今はそう思う。

「カフェ店員は好き?」
「あ、はい、大好きです」

 多分、性に合ってる。

「なら、ゆっくりまた夢を考えてみなよ、働きながら。俺も風花さんからパンやケーキ学びたいし。一緒に働いてると、すっごい刺激受けるんだよね、やりがいがあるっていうか。あきらめてた部分を補ってもらってるようで」

 だから、これからもよろしく、と微笑んでくれた横顔に。

「こちらこそ、長く居座ってしまうかもしれませんが」
「それは大歓迎」

 冗談を言い合いながらクスクスと小さく笑った。


 東京に一番近いサービスエリアで夕飯を食べてから運転席はまた祥太朗さんに変わった。
 
「吉野さん、寝なかったの? 大丈夫?」
「大丈夫です」

 さっき振り返った時と同じように、お腹いっぱいになったらまた皆眠くなってしまったみたい。
 マスターも本当は疲れてたんだろう、すぐに眠っちゃってる。

「すみません、皆心配してくれて寝不足に」
「するよ、一緒に住んでるんだし。皆吉野さんのこと大好きだから心配するに決まってる。だからもう遠慮しないで、すみませんもいらないから」
「すみ、」

 言いかけて慌てて自分の口を塞いだら祥太朗さんが笑い出す。

「いいよ、慣れるまでは」
「はい、すみ、あ」
「もう、いいや」

 クックックと皆を起こさないように堪えて笑う祥太朗さんに。

「ありがとうございます、朝」
「ん?」
「出て行こうとしてたの、気づいてたんですね」
「まあ、うん……、なんとなく吉野さんは、自分の中で婚約者が見つかるまで、と決めているような気がしてたし。それに、やっぱ諦めてた顔してたから」

 ああ、やっぱりお見通しだった。
 祥太朗さんには、いつも見抜かれてばかりな気がする。

「最初は俺が缶ビールぶつけちゃったばかりに、申し訳ないことしたなって思ってたんだけど」
「いいえ、あんなとこに眠ろうとしていた私のせいですから」
「いや、あれは本当に俺のせい! 怪我させちゃったことは今でも申し訳ないって思うんだけどさ。……あの時、吉野さん拾って帰るのって、俺の役目って決まってたのかも、と思ったりしてる」
「え!?」
「あ、えっと、違う、あの。告白とかじゃなくて」
「はい、それは知ってます」

 祥太朗さんの好きな人が誰なのかを知っているから。

「今だから言いますけど」
「なに?」
「私があの時泣いた理由、祥太朗さんの手が温かかったから、なんです」
「へ?」
「その温かい手に拾われたかったのは、私の方です。きっと祥太朗さんは、その念を感じて拾ってくれたんじゃないでしょうか」

 一瞬だけ、祥太朗さんの視線が私を捉えた瞬間。
 なぜだか、視線が外せなくなった。
 それは二秒にも満たなかったかもしれないけれど。
 すぐに前を向く祥太朗さんを習って私も前を向く。
 気まずい空気が流れる中で。

「わ、私も告白じゃありません、すみません」
「ちょ、今更付け足すみたいな言い方、わかってるけど思いきり否定されたみたいで傷つくから止めて」
「ですよね」

 なんだか、とても首筋が暑くなって、パタパタと手で顔を扇ぐ。
 その後は家に着くまでお互い黙ったままで前だけを見ていた。
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