今宵、月あかりの下で

東 里胡

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9.新しい年の始まり

9-2

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 深夜に吸い込んだ息の冷たさに背筋がシャンと伸びる。
 吐き出した息はミルク色に染まり、見上げた夜空に溶けていく。
 少しお腹を減らしたような白めいた寝待月が、ポカリと浮かぶさまをふと足を止めて見上げる。
 去年の今頃の私には想像もつかなかった。
 東京で、たくさんの人と暮らしているなんて。
 大晦日も一人でテレビを見ていた日々がもう遠くに感じる。

「ん? 流れ星?」

 隣で足を止めたのは祥太朗さんだった。

「いえ、月が眩しいなって」
「確かに」

 うん、と頷いて祥太朗さんも目を細めて月を眺めてから。

「吉野さんから貰った月はもうちょい温かい色してるよね」
「祥太朗さんから貰った月も黄金色で、あったかい光ですよ。オルゴールを回すと、ピアノソナタ月光が流れるんですよ、知ってました?」
「知ってるって、選んだの俺だし」
「あ」

 笑い合って皆の後を追いかけるように歩き出す。
 私たちの目の前では、勇気さんとふざけ合う美咲さんの姿があって、見ていて祥太朗さんは辛くないだろうかと気になってしまう。
 チラリとスマホを確認した祥太朗さんが。

「吉野さん、五、四、三、二、一、新年明けましておめでとうございます!!」
「お、おめ、おめでとうございます! 今年もよろしくお願いいたします」

 私たちのやり取りに気づいた皆も新しい年をお祝いしあう。

「おめでとう、今年もよろしく」

 口々に笑顔でこんなに大勢と新年のあいさつを交わすことなどなくて、それだけでもうまた胸がいっぱいになっちゃって、危うくまた泣きそうになったのを何とか堪える。
 初詣の列に厳かに並ぶ。
 決して騒がしくはないけれど、楽しい小さなざわめきが幸せを運んでくるようだ。
 皆寒さをしのぐために、はめているのは洸太朗くんからもらった手袋。
 だけど、参拝の順が近づき皆それを脱ぎ、落とさないようにポケットにしまい込む。
 桃ちゃんと洸太朗くん、美咲さんと勇気さん、そして私を真ん中に祥太朗さんとマスターが並んで順に二拍二礼して目を閉じ、祈る。

『神様、どうか、祥太朗さんの想いが報われますように。勇気さんがデビューできますように。美咲さんにも幸せになってほしいし、マスターも笑っていて欲しいです。桃ちゃんと洸太朗くんは、ずっと仲良しでいて欲しいです。あと、私に関わる全ての人が健康で幸せでありますように、笑顔でいられますように』

 心の中でぶつぶつと神様への願いをこめて必死に祈ってから目を開けたら、隣の二人が苦笑している。
 ん? なんだろう?
 気になったものの、後ろで待ってる人たちのために揃って一礼してから、その場を退く。

「風ちゃん、めっちゃ長いって」

 横道に逸れて待っていてくれた皆と合流した瞬間、勇気さんが笑っていて、それを聞いた祥太朗さんとマスターも笑い出す。

「風花さん、ちゃんと自分の願いごとも言った?」
「言ってますよ」

 ちょっとだけムキになる。
 嘘じゃない、だって。
 皆が笑ってくれていたら幸せな気持ちになれるから。
 逆に言えばこの中の誰か一人の笑顔が曇ってしまったならば、私もきっと悲しくなっちゃうから。
 だから、皆の幸せを願うことは私の幸せに繋がるんだもの。

「吉野さんにとって、いい一年になるといいね」
「皆さんにとっても、です」
「だね、それが一番いいや」
「ね、皆にいいことありますように~!! よーし、帰って寝て初日の出見るよ~!」
「いや、美咲、絶対起きないだろ」
「勇気もじゃん? ねえ、風花ちゃん起こして」

 帰り道、皆の手にはまた手袋。
 指先の温かさが心にも宿るようだ。
 
「涼真、どうする? 俺の部屋に泊まる? それとも祥太朗の部屋?」
「ちょ、俺の部屋狭いから」
「じゃあ、仕方ねえな、俺の部屋で三人で布団並べるか」
「なんでだよ、気持ち悪いな」
「祥太朗! 友達のこと気持ち悪いって言うな」
 
 美咲さんの拳が祥太朗さんの脇腹をパンチ。
 それを見て桃ちゃんと洸太朗くんは手をつなぎながら笑っている。

「あ、そうだ。風花ちゃん、明日ってどこにも出かけないよね?」
「はい、家にいるつもりですが」
「なら、良かった。ちょっとまたモデルしてほしいんだにゃー」

 ニイッといたずらっ子のように笑う桃ちゃんと意味ありげに振り返る美咲さんも何か企んでいるように目を細める。

「っ、な、なんですか?」
「なんでもない、なんでもない、ちょっと髪の毛イジるだけ。朝ごはん食べたらね~!! おいしいお節とお雑煮楽しみ~!!」
「桃ちゃん、私もイジってね」
「もっちろん~!」

 楽しそうな二人に首を傾げた。


 ワクワクしながら朝陽を待ったのは、屋根裏の階段を上がり切る手前。
 更に分岐になった右側に上がる階段を登り開くと榛名家の洗濯物を干す屋上バルコニーだ。
 誰もいない空間で立ち並ぶ屋根や遠くのビルの合間から、日の出を期待していると。
 少し後、ギイと音を立てて開いたドア。
 振り返ったら祥太朗さんとマスターが立っていた。

「おはよ、やっぱ一番乗りは吉野さんだね」
「おはようございます、お二人も早いですね」
「だって、勇気のイビキがうるさくてさ、なあ」
「今夜は俺の部屋、泊まっていいわ、涼真」
「そうさせて」

 ふぁあ、と大きな欠伸をする二人を見て、祥太朗さんも勇気さんの部屋に泊まったのだと知った。
 夕べ嫌がっていたけど、やっぱり友達なんだなあって微笑ましいけれど顔には出さないようにしておかないと。

「あ、風花さんも飲むでしょ?」
「飲む……?」

 祥太朗さんから手渡されたのはタンブラー。
 二人も同じくらいのサイズのを持ってる。

「少しだけお砂糖を入れたけど、いつもとサイズ違うからあってるかどうか。あ、珈琲淹れたのは、涼真だからいつもよりは美味しいはずだけど」
「風花さん、いいコーヒーメーカー持ってるから使いたくてウズウズしてさ」

 つまり、このタンブラーの中には、珈琲を淹れるのが上手なマスターと、私のいつもの甘さを知っている祥太朗さんによるコラボ!!
 贅沢な味わいなんじゃないだろうか。
 口を少しだけ開くと、少しずつ白けてきた薄墨の空に、湯気が立ち上る。

「まだ熱いからゆっくりね」
「はい!」
 
 芳しい匂いが漂う。
 小さく口づけて少しだけ啜る。

「美味しい、美味しいです!! 甘さもバッチリです!!」

 私の感嘆の言葉に二人はホッとしたように笑って、同じように珈琲を飲みながら、向こうの空オレンジ色に光るものをみた。

「お、初日の出」
「キレイですね」

 ジワジワと世界をオレンジに染めていく、今年初めての太陽が顔を出し始め、少しずつ登ってくる。

「風花さんも祥太朗も改めまして、今年もよろしく!」
「こちらこそ、よろしく」
「よろしくお願いします」

 三人でタンブラーを掲げて乾杯、新年の朝に誰かの笑顔を見れる幸せを改めて噛みしめた。



 テーブルの上にお節の重箱を置き、年末に買った祝箸と白いお皿を人数分並べていく。
 お節料理の中から、取り分けたものをお仏壇に供えてくれたのは祥太朗さん。
 お雑煮は、後はお餅を入れるだけとなった頃に、階段を駆け降りて来る足音。

「おはよー、ちゅうか早くない?」

 時計は既に九時、確かに日曜の勇気さんの起床よりは早いかもしれない。

「どうして起こしてくれなかったのよ、祥太朗も風花ちゃんも!!」

 多分、勇気さんの足音で起きたらしい美咲さんが、そのすぐ後に泣きそうな顔で起きてくる。

「起こしたけど起きなかったし」

 それは祥太朗さんの嘘だ。
 美咲さんを起こしてないことに初日の出が上がった後で気付いて青ざめた私に。
『いいんだよ、絶対起きなかったはずだし。起こしたことにしとくから』
 ナイショね、と笑う祥太朗さんに私とマスターは頷き共犯者となった。

「私も初日の出見たかったなあ」

 ショボンとした美咲さんの前に一番にお雑煮を置いてみた。

「んんんっ、いい匂い~!! 桃ちゃん、洸太朗、新年あけましておめでとう朝ごはんだよ、起きて~!!」

 大声で二人の部屋に声をかけたら、まだ寝ていたらしい二人にも聞こえたらしく、のそのそとリビングに集まってきて全員集合。
 それぞれの椅子に座る皆にお雑煮を配っていく。
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