今宵、月あかりの下で

東 里胡

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9.新しい年の始まり

9-3

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「風ちゃん、おかわり、ある?」

 お雑煮の匂いを嗅ぐ勇気さん。

「あります、めちゃくちゃいっぱい作ったので」
 
 榛名家にある一番大きな給食ポットみたいな寸胴鍋で朝昼晩食べてもまだ余りそうな量を作った私。
 まさか、その日一日で全部無くなるなんて、その時は思わなかった。
 男の人の胃袋は宇宙にでも繋がっているのかもしれない。

「では、新年最初の朝ご飯、神様と吉野さんに感謝して」

 祥太朗さんの突然の挨拶に全員私に手を併せる。

「え、あの」

 恥ずかしくてプルプルと首を振る私に。

「いただきます、今日も美味しいご飯をありがとう~!!」

 口々に声をかけてくれてお節料理に手を伸ばしてくれた。

「この黒豆、三日位煮たり冷ましたりしてたやつだよね?」

 さすが洸太朗くん、祥太朗さんの次にキッチンに多く出入りしているから見ていたらしい。

「火を入れて、そのあと十二時間ほど、蓋をして冷ますのを何度か繰り返すと味が染みて美味しくなるってレシピを見たんです。その煮方だと豆がふっくらしてツヤが出るって。釘がなかったので、試してみましたが、いかがです?」
「めっちゃ、美味しい。実は二日前、盗み食いしたけど、その時より味染みてるよ、確かに」
「ズッルイ、洸ちゃんってばつまみ食いするなら私も誘ってよね」
「いや、桃ちゃん、そういうことじゃないっしょ」

 口を尖らした桃ちゃんに、勇気さんが突っ込んだけど。

「でも、勇気くんも食べてたじゃん」
「言うなよ、洸太朗」
「なんとなく減ってる気はしましたが……」

 申し訳なさそうに祥太朗さんと美咲さんも手をあげる。

「え?」
「食べました、俺も」
「ごめん、風花ちゃん。私も食べてた」

 ますます、桃ちゃんはふくれて、現状にマスターはこみ上げる笑いを堪えきれない様子。

「いや、わかるよ。こんな料理上手なら、俺だってつまみ食いしたくなるもん。つうか、伊達巻きも、もしかして手作り? さすがにこれは、買ったやつ、だよね?」
「作りました、でもこれもレシピ見ながらですよ」
「え、待って。だってめっちゃ柔らかいし、何入れたらこうなる?」
「はんぺんです、裏ごししたはんぺんを加えたらフワフワになると」
「プロじゃん、もう。プロのお節じゃん」
「ですから、レシピ見ながらなんですってば」

 感心したように、じっと重箱の中を覗き込むマスター。
 祥太朗さんも、同じように覗き込んで。

「あの、さ? まさかと思うけど、これ全部手作りじゃ」
「さ、さすがに全部は無理です。数の子やイクラなんかは買ったものです。時間があれば、イクラも作ってみたかったし、しょうゆ数の子のレシピもあったんで、来年こそ!」
「祥太朗、俺来年も榛名家の正月来てもいい」

 マスターの言葉に祥太朗さんは苦笑して。

「それは、吉野さんの料理目当てだろ」
「ん、それもあるけど、やっぱ家族で過ごすって楽しいし」

 マスターのご両親は、四年程前、定年前に退職をし、今は北海道に家を買って田舎暮らしを満喫中だそうで。
 寒がりのマスターにとっては、冬場の北海道での正月は一度で懲りたと言っていた。

「正月だけじゃなく、ちっちゃい頃みたいにいつでも遊びにおいでよ、涼真くん」

 美咲さんの笑顔に、マスターは嬉しそうに頷いた。

「ん~じゃ、やっちゃいますか、美咲さん」
「そうしましょうか、桃ちゃん」
「え? あ、あの、後片付けがまだ」

 食べ終わった二人がスクッと私の両脇に立って、連行するように立ち上がらせる。

「大丈夫。祥太朗、洸太朗、後片付けよろしくよ」
「はいよ、ちゃんとやっとく」
「お昼ご飯の仕込み、俺がしとくからごゆっくり」

 マスターまでがなぜか協力的で、私だけが訳も分からないまま桃ちゃんたちの寝室に連れ込まれた。
 十二畳ほどありそうな大きな寝室、ここは元は榛名家のご両親の寝室だったという。
 私が今使わせてもらっているお部屋が、元は洸太朗くんのお部屋。
 桃ちゃんがこの家に来てから、この部屋に移ったらしい。

「さて、どれにしましょう?」
「どれにしますかねえ」

 備え付けのクローゼットの中の電気をつけた美咲さんが中に入っていく。
 桃ちゃんに手を引かれ、その後ろを追うと桐の箪笥が備え付けてある。

「今年も借ります」

 手をあわせた美咲さん、それに習って同じ仕草をする桃ちゃん。
 訳がわからないまま、その真似をする私。
 美咲さんが、箪笥の引き出しを開けると。

「桃ちゃんは、今年もピンク?」
「私、今年黄緑のがいいなあ。美咲さんは?」
「私、白い訪問着にしようかな、松竹梅が入ったやつ。お正月らしくて良くない?」
「いいかも~! 風花ちゃんはどうする? 赤系? 青系?」
「青じゃないなあ。赤だと派手すぎるし。あ、山吹色の古典柄のあったじゃん? あれは?」
「あ、顔が映えそうな気がする! よし、それにしようね、風花ちゃん」
「えっと、」
「これね、お母さんの嫁入り道具なの。小さい頃から華道を嗜んでたらしくて、着物いっぱい持ってるの。せっかくなので正月くらいは毎年ね、借りて着させてもらってる」

 だから手を合わせていたんだ。

「こんな大事なもの、私がお借りしても」
「いいに決まってる、うちのお母さんなら張り切って着せてると思うもん」

 確か、美咲さんと亡くなったお母さんは血は繋がっていない。
 それでも誇らしい顔で『うちのお母さん』という美咲さんを見ていてわかる。
 榛名家の仲の良さは、家族になった時からずっと、今でもそうなんだ。

「では、お借りしたい、んですが……、実は私、ちっちゃい頃に浴衣を着たくらいで、それだっておばあちゃんに着付けてもらったので、自分では」
「ねえ、風花ちゃん。何のために美容師の卵がいると思ってるの? まかせてよね、めちゃくちゃ可愛くしてあげるから!」

 桃ちゃんの力強いお言葉に甘えることにした。

「ねえええ、見て見て見て!!」

 扉を開いて一番先にリビングに飛び出したのは、桃ちゃん。

「桃、最高! めっちゃ可愛い! 去年のも良かったけど、今年のもいい! あ、写真撮らせて」

 洸太朗くんの嬉しそうな声と、桃ちゃんのはしゃぐ声。
 黄緑の着物に、今日はツインテールではなく一つにまとめてアップした髪に、赤い水引のような組み紐で出来た大きなかんざしを挿した桃ちゃんは、本当に可愛い。
 まるで愛らしいお人形が着物を着て歩いているようだ。

「行こ、風花ちゃん」

 いつまでも部屋から出るのをためらっている私に手を伸ばしてくれた美咲さんは、いつも美しいんだけど今日は今まで見た中でダントツだと思う。
 白い着物の前裾に松竹梅が上品にあしらわれた訪問着が清楚で、一際美咲さんの美しさを引き出しているのだ。
 首筋のすぐ上で髪をまとめて白い椿のかんざしを挿す美咲さんにポウッと見惚れてしまう。
 きっと祥太朗さんも、美咲さんのこんな姿見たらもっと好きになっちゃうかもしれない。

「じゃーん、どうよ、風花ちゃん」

 ぐいっと手を引かれて部屋から飛び出してしまった私たちの方を、一斉に皆が振り返る。
 視線が刺さっているみたいで顔を上げられない。

「風ちゃん、こっち見て?」

 勇気さんの声に顔をあげたら、不意打ちで写真を撮られた。

「ちょ、勇気!! 撮るなら声かけてよね! モデル代取るぞ」
「いや、美女二人並んでたら、ついね。あ、桃ちゃんも並んでよ」
「可愛く取ってよ、勇ちゃん」
「元がいいから普通に取っても可愛いって」
「やだ、もっと言って」

 美咲さんの言葉に皆笑ってるけれど。

「ちょ、めっちゃ硬いって。笑ってみて、風ちゃん」

 笑う、笑え? うう?
 笑おうと思えば思うほど、どうしてもうまく口角をあげられない。
 ボブの髪にも似合うようにと桃ちゃんが選んでくれた、江戸つまみのカラフルな花かんざしが耳の上で曇りはじめている気がする。
 二人の美女に囲まれて、きっと一人くすみ始めているに違いない、困った。

「あ、そうだ、風花さん。お昼ご飯、餅でピザにしてみようと思うんだけど」
「え? ピザですか?」
「そ、薄く切った餅の上に冷凍庫にあったシーフードと明太子とマヨをのっけて」
「絶対、美味しそうです、美味しいに決まってますよね!」

 マスターの作ったピザを想像して思わずニンマリしてしまった瞬間、カシャカシャと連写する音に驚いた。

「風ちゃん、ご飯の話したら笑うんだもんな。最高」

 勇気さんの突っ込みにようやく表情筋がほぐれて、笑えるようになる。
 ふと祥太朗さんと目が合った。
 ピッと親指を立てて、私を見て笑っているから、褒められたみたいで、嬉しくなる。
 嬉しいと、ドキドキするんだ。

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