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10.甘くて苦いバレンタイン
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二月十三日、仕事前にフユさんの肖像画の前で作ってきた誕生日ケーキを置く。
二人で食べるにはちょうどいい五号サイズのホールケーキ。
下段と上段の間にも敷き詰めたケーキ、上にもこれでもかというほど乗っけて、ホワイトチョコのプレートにフユさんのお名前を書いた。
「あとでお二人でお祝いしてくださいね」
「ん、ありがと、風花さん。こんなにいっぱいの苺見てきっと喜んでると思う」
マスターの笑顔が戻ってきていることに安心し、少し早めだけれど仕事帰りに箱に入れたチョコブワウニーを手渡す。
「一日早いですけど、例のブツです」
「なんか怪しい取引みたいじゃない?」
箱の中身を確認して。
「風花さん、俺の事太らす気だ」
冗談を言えるまで戻ってきた事に更に安心して家に戻る途中、前を歩く人の背中に声をかけた。
「祥太朗さん! 今、帰りですか?」
今日は私も少し残業をしたから、帰りは十八時。
「お疲れ、吉野さん、今帰り?」
「はい、あ、おかえりなさい、今日は早いですね」
「でしょ? 会社の研修でさ、そこから直行直帰」
並んで歩きながら、祥太朗さんの手に小さな紙袋が幾つかあることに気づく。
私の視線を感じたのか「あ、これ?」と見せてくれたものは、多分チョコレートとチョコレートとチョコレートと。
「モテモテじゃないですか、祥太朗さん」
「いや、会社の義理チョコだし」
「え、でも」
義理の値段じゃなさそうな有名どころのチョコレートばかりですよ、は慎んだ。
「この間の土曜日、三人で出掛けたのって涼真のとこだったんでしょ?」
「桃ちゃん情報ですか?」
「そ、今年は美味しいの作ったから! 絶対美味しいから待ってて、って張り切ってた」
「内緒だって言ってたのに」
「いや、去年のはやばかったんだって。でも今年は吉野さんが教えてくれたって言うし安心だよね」
「いえ、二人とも頑張って作ったんで安心なんですよ」
ふうん、と微笑んだ後、不意に。
「で、美咲が勇気に告白するんだって?」
ド直球な質問に答えを探して目が泳ぐ。
どう答えたら正解? なんて答えたら祥太朗さんは傷つかない?
「そんな困らなくていいから。桃ちゃんガベラベラ喋っちゃうからさ、当の勇気でさえ何となく気づいてるみたいだよ」
「あー……」
美咲さんに知られたらエライことだ、と肩を竦めたら祥太朗さんがクスリと笑って自虐めいた。
「まあ、俺には関係ないんだけどね」
「関係なくなんか」
見上げた祥太朗さんは微笑んだままううんと首を振る。
「関係ないままでいいんだよ。俺の気持ちに美咲が気付いたら、榛名家終わっちゃうじゃん」
サラリと呟いた言葉の重みに、俯いた。
「でも、ホラ、まだ勇気が美咲の気持ち受け止めたわけじゃないし、本格的失恋は明日以降なんで。あ、俺が失恋したら飲みに行くから付き合ってよ、吉野さん」
「付き合います! 付き合います、あの公園ですね? 朝まででも付き合いますから」
「ちょ、さすがに公園じゃないから。でもって、もう失恋確定みたいに食いつくのやめてよ」
「あ……」
苦笑した私の肩を抱くようにして、並び位置を変えた瞬間、後ろから走ってきた車が勢いよく通り過ぎる。
なんでもないような顔をして、歩き出す祥太朗さんの仕草は、いつもいつも優しいから。
誰に対しても優しいから、なんとなく切なくなるのだ。
「おはようございます、祥太朗さん」
朝いちばん最初に起きてくるのは、祥太朗さん。
「いつもありがとうございます!」
「こちらこそ、いつもいつもありがとうございます! いただきます」
好きだと言っていたホワイトチョコレートを練り込んだホワイト生チョコクッキーを手渡すと、朝食前だというのに一枚食べて。
「ん、美味しい! まん丸の形、お月さまみたいじゃない?」
「あ、本当ですね、確かに」
お互い何だか月がつきまとっていることに気づいて、おかしくて笑っていたら。
「おお、バレンタインデー」
二番目に起きてきたのは何と勇気さんだ。
「あれ? どっか出掛けんの?」
「いや、また寝る。甘い匂いに釣られて起きてきました~!」
「ちょうど良かったです。後で、勇気さんのお部屋の前に置いておこうと思ってましたが、どうぞ」
冷蔵庫の中から箱に入れたガトーショコラを取り出して勇気さんに差し出すと、わーい、と丸かじりしてから。
「よし今日結婚しよっか、風ちゃん」
「いえ、絶対しません」
「くっ、相変わらずガードキツイ。まあ、そういうとこも可愛いんだけどさ。いつも美味しい料理とお菓子ありがとうございまーす!!」
んじゃ、おやすみ、とまた階段を昇ってく。
「なんだ、アイツ? 相変わらず軽くてゴメンね」
「大丈夫です、耐性つきました」
苦笑しあっていたら次に現れたのは、美咲さん。
「おはよ、風花ちゃん、祥太朗。ああ、もう今日も時間ない」
毎朝冷蔵庫に作ってあるトマトとチキンのサラダを頬張る美咲さんに、温かな味噌汁をよそう。
美咲さんが勤める会社までは電車を二本乗り継いで一時間以上もかかるから七時前には家を出て行かなきゃならないのだ。
「あ、祥太朗、冷蔵庫開けてピンクのラッピングの箱取って」
「これ?」
「うん、それあんたの。あ、同じの洸太朗にもあげておいて? 後、桃ちゃんと風花ちゃんのも同じのね」
「ありがとうございます。私からも、食器棚に入っている紫のが美咲さんのです。夜に帰って来たら食べて下さいね」
「わーい、楽しみができた」
お化粧バッチリの美咲さんが、ウィンクをする破壊力。
今日もとってもキレイだ。
いや、いつもよりも決まっているのは今夜のデートのせいかもしれない。
「さっき、勇気の声してなかった?」
「あ、目が覚めて降りてきたみたいですが、また布団に戻って行きました」
「ふ~ん、あ、今日帰りちょっと遅いんで、私夕飯なしで」
「承知しました」
勇気さんのもいらないはずだ。
「美咲さん、いってらっしゃい」
「はい、いってきます」
「あ、美咲」
「うん?」
「チョコ、サンキュ」
玄関まで見送ると、祥太朗さんの呼びかけに美咲さんはヒールを履きながら振り返って。
「全世界で一番最強の義理チョコだ、ありがたく食えよ、弟そのイチ! んじゃ、いってきまーす」
慌ただしく出かけていく美咲さんが去ってから、しばらくその場に立ち尽くしていた私と祥太朗さんは、どちらからも顔を見合わせて。
「最強の義理チョコって……。すっげえ失恋じゃんね」
あーあ、と仕方なさそうに笑う祥太朗さんがキッチンに戻ろうとするのを、スーツの端を持って引き留める。
「ん?」
「飲み会、付き合いますんで」
気合いを入れた私に祥太朗さんがクスクス笑う。
「ありがと、一人だったら泣いてたかも。吉野さんがいてくれて良かった」
と私の頭を撫でてくれた。
二人で食べるにはちょうどいい五号サイズのホールケーキ。
下段と上段の間にも敷き詰めたケーキ、上にもこれでもかというほど乗っけて、ホワイトチョコのプレートにフユさんのお名前を書いた。
「あとでお二人でお祝いしてくださいね」
「ん、ありがと、風花さん。こんなにいっぱいの苺見てきっと喜んでると思う」
マスターの笑顔が戻ってきていることに安心し、少し早めだけれど仕事帰りに箱に入れたチョコブワウニーを手渡す。
「一日早いですけど、例のブツです」
「なんか怪しい取引みたいじゃない?」
箱の中身を確認して。
「風花さん、俺の事太らす気だ」
冗談を言えるまで戻ってきた事に更に安心して家に戻る途中、前を歩く人の背中に声をかけた。
「祥太朗さん! 今、帰りですか?」
今日は私も少し残業をしたから、帰りは十八時。
「お疲れ、吉野さん、今帰り?」
「はい、あ、おかえりなさい、今日は早いですね」
「でしょ? 会社の研修でさ、そこから直行直帰」
並んで歩きながら、祥太朗さんの手に小さな紙袋が幾つかあることに気づく。
私の視線を感じたのか「あ、これ?」と見せてくれたものは、多分チョコレートとチョコレートとチョコレートと。
「モテモテじゃないですか、祥太朗さん」
「いや、会社の義理チョコだし」
「え、でも」
義理の値段じゃなさそうな有名どころのチョコレートばかりですよ、は慎んだ。
「この間の土曜日、三人で出掛けたのって涼真のとこだったんでしょ?」
「桃ちゃん情報ですか?」
「そ、今年は美味しいの作ったから! 絶対美味しいから待ってて、って張り切ってた」
「内緒だって言ってたのに」
「いや、去年のはやばかったんだって。でも今年は吉野さんが教えてくれたって言うし安心だよね」
「いえ、二人とも頑張って作ったんで安心なんですよ」
ふうん、と微笑んだ後、不意に。
「で、美咲が勇気に告白するんだって?」
ド直球な質問に答えを探して目が泳ぐ。
どう答えたら正解? なんて答えたら祥太朗さんは傷つかない?
「そんな困らなくていいから。桃ちゃんガベラベラ喋っちゃうからさ、当の勇気でさえ何となく気づいてるみたいだよ」
「あー……」
美咲さんに知られたらエライことだ、と肩を竦めたら祥太朗さんがクスリと笑って自虐めいた。
「まあ、俺には関係ないんだけどね」
「関係なくなんか」
見上げた祥太朗さんは微笑んだままううんと首を振る。
「関係ないままでいいんだよ。俺の気持ちに美咲が気付いたら、榛名家終わっちゃうじゃん」
サラリと呟いた言葉の重みに、俯いた。
「でも、ホラ、まだ勇気が美咲の気持ち受け止めたわけじゃないし、本格的失恋は明日以降なんで。あ、俺が失恋したら飲みに行くから付き合ってよ、吉野さん」
「付き合います! 付き合います、あの公園ですね? 朝まででも付き合いますから」
「ちょ、さすがに公園じゃないから。でもって、もう失恋確定みたいに食いつくのやめてよ」
「あ……」
苦笑した私の肩を抱くようにして、並び位置を変えた瞬間、後ろから走ってきた車が勢いよく通り過ぎる。
なんでもないような顔をして、歩き出す祥太朗さんの仕草は、いつもいつも優しいから。
誰に対しても優しいから、なんとなく切なくなるのだ。
「おはようございます、祥太朗さん」
朝いちばん最初に起きてくるのは、祥太朗さん。
「いつもありがとうございます!」
「こちらこそ、いつもいつもありがとうございます! いただきます」
好きだと言っていたホワイトチョコレートを練り込んだホワイト生チョコクッキーを手渡すと、朝食前だというのに一枚食べて。
「ん、美味しい! まん丸の形、お月さまみたいじゃない?」
「あ、本当ですね、確かに」
お互い何だか月がつきまとっていることに気づいて、おかしくて笑っていたら。
「おお、バレンタインデー」
二番目に起きてきたのは何と勇気さんだ。
「あれ? どっか出掛けんの?」
「いや、また寝る。甘い匂いに釣られて起きてきました~!」
「ちょうど良かったです。後で、勇気さんのお部屋の前に置いておこうと思ってましたが、どうぞ」
冷蔵庫の中から箱に入れたガトーショコラを取り出して勇気さんに差し出すと、わーい、と丸かじりしてから。
「よし今日結婚しよっか、風ちゃん」
「いえ、絶対しません」
「くっ、相変わらずガードキツイ。まあ、そういうとこも可愛いんだけどさ。いつも美味しい料理とお菓子ありがとうございまーす!!」
んじゃ、おやすみ、とまた階段を昇ってく。
「なんだ、アイツ? 相変わらず軽くてゴメンね」
「大丈夫です、耐性つきました」
苦笑しあっていたら次に現れたのは、美咲さん。
「おはよ、風花ちゃん、祥太朗。ああ、もう今日も時間ない」
毎朝冷蔵庫に作ってあるトマトとチキンのサラダを頬張る美咲さんに、温かな味噌汁をよそう。
美咲さんが勤める会社までは電車を二本乗り継いで一時間以上もかかるから七時前には家を出て行かなきゃならないのだ。
「あ、祥太朗、冷蔵庫開けてピンクのラッピングの箱取って」
「これ?」
「うん、それあんたの。あ、同じの洸太朗にもあげておいて? 後、桃ちゃんと風花ちゃんのも同じのね」
「ありがとうございます。私からも、食器棚に入っている紫のが美咲さんのです。夜に帰って来たら食べて下さいね」
「わーい、楽しみができた」
お化粧バッチリの美咲さんが、ウィンクをする破壊力。
今日もとってもキレイだ。
いや、いつもよりも決まっているのは今夜のデートのせいかもしれない。
「さっき、勇気の声してなかった?」
「あ、目が覚めて降りてきたみたいですが、また布団に戻って行きました」
「ふ~ん、あ、今日帰りちょっと遅いんで、私夕飯なしで」
「承知しました」
勇気さんのもいらないはずだ。
「美咲さん、いってらっしゃい」
「はい、いってきます」
「あ、美咲」
「うん?」
「チョコ、サンキュ」
玄関まで見送ると、祥太朗さんの呼びかけに美咲さんはヒールを履きながら振り返って。
「全世界で一番最強の義理チョコだ、ありがたく食えよ、弟そのイチ! んじゃ、いってきまーす」
慌ただしく出かけていく美咲さんが去ってから、しばらくその場に立ち尽くしていた私と祥太朗さんは、どちらからも顔を見合わせて。
「最強の義理チョコって……。すっげえ失恋じゃんね」
あーあ、と仕方なさそうに笑う祥太朗さんがキッチンに戻ろうとするのを、スーツの端を持って引き留める。
「ん?」
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