今宵、月あかりの下で

東 里胡

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10.甘くて苦いバレンタイン

10-5

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「では、まずチョコを刻みます」
「え!?」

 約束の土曜日。
 カフェムーンライトのキッチンで、エプロン姿の桃ちゃんと美咲さんが立ちすくむ。

「難しくない?」
「そう言われると思いまして」

 ジャーンと取り出したのは麺棒。

「これで思いきりローラーしてください。包み紙の上から」

 顔をハテナマークにした二人が見ている前で、銀紙のままのチョコレートを表面にし、圧をかけながら潰すようにゴロゴロと麺棒をかける。

「え? 刻んでなくない?」
「いいんです、刻む手間を省きましょう」

 なるほど、と二人は私に習うように必死にチョコにローラーをかける。
 それぞれに五枚ずつ細かくなったチョコレートを今度は温めた生クリームに溶かす作業。

「絶対に絶対にしてはいけないのは、生クリームは沸騰させないで下さいね? チョコを溶かす時は、必ず火を止めてガス台から降ろしてください」

 私の説明の後、真剣な眼差しの二人がその作業に取り掛かるけれど。

「失敗したら、どうしたらいい? 風花ちゃん」
「また最初からやりましょう、チョコならいっぱい買ってありますから安心して下さい、美咲さん」
「うう、ありがと。がんばる」

 必死の形相で並びながら、頑張っている二人を待つ間に次の用意。
 その間に次の工程の用意、タッパーにそれぞれサランラップを敷く。

「風花ちゃん、溶けた、と思う。見てみて?」

 ツインテールを揺らした桃ちゃんに呼ばれて、鍋を覗き込みかき混ぜてみる。

「上出来です、ではこの鍋の中身をここに流し込んで下さい」

 美咲さんのもチェックして、同じように指示を出す。
 二人は息を止めているんじゃないかと思うほどの必死の形相でチョコレートを流し込む作業まで終えた。

「では、それを冷蔵庫に片づけて、桃ちゃんは一時間、美咲さんのは二時間ほど寝かせましょう」
「はーい」
 
 二人が片づけ終わるのを待って、カウンターに昨日の余りのシフォンケーキを添えて、珈琲を淹れる。

「待ってる間、召し上がってください」
「風花ちゃんのは?」
「私もチョコレート作ってきます」
 
 キッチンに戻る私の背後で「いただきます」という明るい声。
 店長にはチョコブラウニー、洸太朗くんにはクランチチョコ、勇気さんはガトーショコラ。
 美咲さんにはチョコレートマフィン、桃ちゃんにはチョコレートバーグ、祥太朗さんにはホワイト生チョコクッキーを。
 ゴロゴロとローラーを回しながら、二人のおしゃべりに耳を傾けた。

 一時間後、桃ちゃんは少しだけ固まったタッパーの中のチョコレートを、均等割りして一つずつラップで包みくるくる丸くする。

「まん丸になんない、いびつなのもある」

 幾つか並べて眉間に皺を寄せて悔しそうな顔をする桃ちゃん。

「大丈夫ですよ、ホラこうしたら気にならなくないですか?」

 ココアパウダーを振って仕上がったチョコトリュフを見せたら、パァッと顔を輝かせた。

「おお、いい感じになるんだ!! 頑張る、頑張ろう~!!」
「はい、頑張ってください!!」

 格闘する桃ちゃんの横で、私はブラウニーとマフィンを同時焼き、この二つは同じ温度と焼き時間で済むので一気に。
 その間に今度はホワイトチョコレートを二人分潰す。
 桃ちゃんのチョコレートバーグと祥太朗さんの生チョコクッキー用のだ。
 ピピピッピピピッという時間を知らせるタイマー。

「美咲さん、生チョコ切り分けしますよ~!」
「無事に切れますように」

 何だかとても大袈裟な気がしないでもないけど、それほど気合いが入っているんだ。

「まずは、この茶こしでココアパウダーを全体に降りかけて下さい」
「こんな感じ?」
「そうです、全体に均一にです」
「はーい」
「で、切り分けなんですが、コツは包丁を温めるです。一回切るごとに温めて、キッチンペーパーで水気をふき取り、また切る。その繰り返しです」
「う、めんど」

 面倒くさいと言いかけた美咲さんに首を横に振って止める。

「面倒なんて言ったら、美味しい生チョコレートになってくれませんよ? 生チョコの機嫌損ねますよ」
「嘘!?」
「嘘ですけど、大事な人に食べてもらうんですから、少しの面倒は必須です、頑張りましょう!」
「はーい」

 美咲さんの悲し気な返事に、すっかり出来上がって余裕ぶっている桃ちゃんはニヤニヤ笑っていた。
 
「できた」
「できたねえ」

 数分後、ニコニコ顔の二人の前にズラッと並ぶ生チョコレートとトリュフのギフトボックスがそれぞれ六つずつ。
 私のはもう少し時間がかかるから、後は家でと荷物をまとめながらキッチンを片付け帰る用意を始めた。
 桃ちゃんと美咲さんも一生懸命手伝ってくれて、キッチンやテーブルを拭きながら、三日後に迫ったバレンタインデーの話をしてる。

「仕事帰り、勇気を映画に誘ったの」
「え!? バレンタイデーに?」
「イエス!!」
「やる~、美咲ちゃん」
「告白、するんですか?」
「する、つもり……、いや、しようと思ってるけど」
「絶対大丈夫だよ、勇ちゃん、いつも美咲ちゃんにだけ特別だし」

 桃ちゃんの言う通り、勇気さんが美咲さんにだけ親し気なのはわかってる。
 うまくいくんじゃないか、って私もそう思ってる、反面。
 そうなったら、祥太朗さんはどうするんだろう……、どうなっちゃうんだろう?
 それだけが不安。

「うまく、いきますように」

 祈りながらも、心のどこかでそうならないように、とも思ってしまったから。
 だから、あんなことになってしまったんだ、と。
 未来の私が今日の自分のことを恨むことになるのは、この数日後のことだ。

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