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11.それぞれの事情・勇気の場合
11-2
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「俺から話そうか? 勇気」
「いや」
首を横に振る勇気さんは私には事情は話したくないということだろうか?
だったら。
「ちょ、風ちゃん、何しようとしてる?」
「え? 祥太朗さんに連絡入れておこうと」
「止めて、待って、祥太朗には、というか榛名家全員に内緒にして、俺がここにいること!」
スマホを手にした瞬間、それを制された。
「だって理由がわかんないんですよ? 私に話せないなら、せめて祥太朗さんには相談できるんじゃないんですか? マスターに相談したんですから」
三人は親友同士だし、と口を尖らせたら。
「祥太朗にだから話せないんだよ」
マスターが黙り込む勇気さんに代わって話し出した。
「ここにいること、風花さんに黙ってて欲しいなら、ちゃんと事情話してわかってもらわなきゃって言ったじゃん? 家の仕事上、風花さんは毎日ここに来るわけだし、いずれバレる前に、な?」
「……、風ちゃん、内緒にしてくれる? 俺がここにいること」
「理由に由ります、話してくださいますか?」
「わかった、うん、話すから、ちゃんと」
マスターが珈琲のお替りを淹れてくれる間に、勇気さんは観念したように話し始める。
「昨日、映画の帰り道でさ、美咲からチョコ貰って告白された」
ああ、やはり美咲さんは勇気を出して、告白していたんだ。
「美咲の気持ちには、本当はずっと気づいてて。でも、さ? ダメなんだ。俺がその気持ちに応えることはできないんだよ」
「どうして、ですか? 勇気さん、他に誰か好きな人が」
ううん、と首を横に振って仕方なさそうに笑う。
「俺も、美咲が好きだった。しかも、高校生の頃から」
「え!? お前、そんな前から好きだったの?」
「いや、好き、つうか、憧れてた、うん……。高一の時、初めて祥太朗の家に行って、大学生になったばかりの美咲と会った時。めっちゃ美人な姉ちゃんがいるって緊張して……、まあ、そこからかな。うん、会う度、ドキドキしてた」
照れたように俯いた勇気さん、だけど?
「じゃ、じゃあ、両想いじゃないですか? なのに、なんで? どうしてです? 昨日、断っちゃったんですか!?」
「まあ、うん。美咲のことは友達の姉ちゃんとしてしか見れないって」
「なっ……、美咲さんは? なんて?」
「ん……、『そっか』って笑ってた。『ちょっとだけショックだから先に帰るけど、明日からまた友達の姉ちゃんとしてよろしく、忘れて』って笑って走ってコケて、また立ち上がって走って行った」
困ったとテーブルに両肘をつき、頭を抱えた勇気さんを私はじーっと睨んでいた。
「そんな責めないでよ、風ちゃん」
「だって」
あまりにも美咲さんが可哀そうで。
その後、勇気さんは美咲さんに『前々からマネージャーの家に引っ越す約束をしていて、この機会に榛名家を出て独り立ちしてみようと思う』というメッセージを送ったらしい。
「美咲さん、朝ごはん食べませんでした。俯いたまま、仕事に行きました」
「マジ?」
「マジです、それを心配した祥太朗さんも食べずに美咲さんを追いかけて行きました」
「うっ」
「さっき、お二人が食べたパンは、美咲さんと祥太朗さんと勇気さんが食べなかった今朝のパンです。勇気さん、責任持って食べて下さってありがとうございました」
渾身の嫌味を込めた『ありがとう』に勇気さんはタジタジとなっている。
「断わった理由を教えてください。両想いなのに断って、今後関わり合いにならないように離れようとしてるんでしょう?」
「今後、というか、まあ……、いつかお互いに思い出に変わるまで?」
「綺麗ごと言わないでください!! 思い出に変わるまで? 結構しんどいんですよ? 好きなのに、振られるのって結構というか大分しんどいんですよ? 私の場合は、多分片想いなのだろうって途中で気付いたからまだいいけれど。美咲さんだって、もしかしたら勇気さんの気持ちに気づいてたかもしれないですよ? 両想いかもしれないって、思い伝えて、友達でいましょう、さようなら、また思い出に変わったら会いましょうね、なんて。ふざけないでください! 美咲さんの気持ち、考えてみてください。めちゃくちゃ苦しいです、会いたいって泣いてます、きっと」
走馬灯のように瞬で廻った少し前の出来事。
私ですらあんなに苦しかったというのに、美咲さんは今頃どうしているんだろうか?
そう思ったら。
「風花さん、はい」
マスターがティッシュを渡してくれる。
いつの間にか泣きながら勇気さんに文句を言っていたらしい。
「祥太朗が追いかけて行ったんだよね?」
「はい」
「だったら、それでいいんだよ、風ちゃん。俺が望んでたのは、その展開なんで」
涙を拭いて顔をあげたら、勇気さんが泣いたように笑っていた。
「風花さん、祥太朗の好きな人って知ってる?」
「え、と」
秘密だと誓った私は首を振ったけれど。
「知ってるんでしょ? 美咲さんだって。風花さん、すぐ顔に出ちゃうから」
「大丈夫、俺らも知ってたよ。もっとも、祥太朗から聞いたわけじゃないけど、長年一緒にいれば気づくし」
な、と顔を合わせて苦笑しあう二人を見て、ようやく気付いた。
「もしかして、勇気さんは祥太朗さんのために?」
「まあ、一番大きい理由はそれ、だって祥太朗がずっと好きで守ってきた人のこと、取れるわけねえじゃん。それに、俺の仕事なんてめちゃくちゃ不安定でしょ。美咲、今年三十歳になるんだよ、結婚だって考える年齢だろうし。待たせるわけに行かないじゃん」
「でも、美咲さんの気持ちは」
私の声に、それ以上言わないで、と首を振る勇気さんは笑っているけど、ずっと泣いているみたいで苦しそうだった。
「だから、風ちゃんに結婚しよって言ったじゃん。早いとこ俺にしといてくれたら美咲だって諦めがついただろうし」
「勝手に当て馬にしないでください、今わかりました、ようやくわかりました! なんだか、めちゃくちゃ軽い結婚しようは、そういうことだったのか、と」
はああ、と大きなため息がまた零れる。
振られたと思って落ち込んでいる美咲さん。
振るしかなかった勇気さん。
勇気さんに振られた美咲さんを放っておくことができない祥太朗さん。
事情を知ってしまった私とマスターは、顔を見合わせた。
「勇気さんの気持ちは、わかりますが、このことを祥太朗さんが知ったら」
「だから、風ちゃんに内緒ってお願いしたじゃん。理由話したし、わかってもらえたでしょ?」
「わかってはいません、納得なんかできません、でも……、どうしたらいいのかわかりません」
勇気さんが言っていることもわかる。
でも、それを知ってしまった時に祥太朗さんがどう思うか。
美咲さんのことは、このままでいいのか。
「ただ、どうしたらいいのかわからないので一週間だけ猶予を下さい」
「へ?」
「一週間は黙ってます。だけど、このままサヨナラは絶対ダメです。どうしたらいいのか、私も考えます、だから勇気さんももう一度ちゃんと考えて下さい。祥太朗さんのこともですが、美咲さんの気持ちも。マスターもですよ、もう共犯ですからね? ここに勇気さん置いてる時点で」
「ま、待って!? 俺も?」
「いい考えが浮かぶまでは三人でたくさん考えましょう。ね?」
有無を言わせない私の威圧に、二人は渋々頷いたのだった。
「いや」
首を横に振る勇気さんは私には事情は話したくないということだろうか?
だったら。
「ちょ、風ちゃん、何しようとしてる?」
「え? 祥太朗さんに連絡入れておこうと」
「止めて、待って、祥太朗には、というか榛名家全員に内緒にして、俺がここにいること!」
スマホを手にした瞬間、それを制された。
「だって理由がわかんないんですよ? 私に話せないなら、せめて祥太朗さんには相談できるんじゃないんですか? マスターに相談したんですから」
三人は親友同士だし、と口を尖らせたら。
「祥太朗にだから話せないんだよ」
マスターが黙り込む勇気さんに代わって話し出した。
「ここにいること、風花さんに黙ってて欲しいなら、ちゃんと事情話してわかってもらわなきゃって言ったじゃん? 家の仕事上、風花さんは毎日ここに来るわけだし、いずれバレる前に、な?」
「……、風ちゃん、内緒にしてくれる? 俺がここにいること」
「理由に由ります、話してくださいますか?」
「わかった、うん、話すから、ちゃんと」
マスターが珈琲のお替りを淹れてくれる間に、勇気さんは観念したように話し始める。
「昨日、映画の帰り道でさ、美咲からチョコ貰って告白された」
ああ、やはり美咲さんは勇気を出して、告白していたんだ。
「美咲の気持ちには、本当はずっと気づいてて。でも、さ? ダメなんだ。俺がその気持ちに応えることはできないんだよ」
「どうして、ですか? 勇気さん、他に誰か好きな人が」
ううん、と首を横に振って仕方なさそうに笑う。
「俺も、美咲が好きだった。しかも、高校生の頃から」
「え!? お前、そんな前から好きだったの?」
「いや、好き、つうか、憧れてた、うん……。高一の時、初めて祥太朗の家に行って、大学生になったばかりの美咲と会った時。めっちゃ美人な姉ちゃんがいるって緊張して……、まあ、そこからかな。うん、会う度、ドキドキしてた」
照れたように俯いた勇気さん、だけど?
「じゃ、じゃあ、両想いじゃないですか? なのに、なんで? どうしてです? 昨日、断っちゃったんですか!?」
「まあ、うん。美咲のことは友達の姉ちゃんとしてしか見れないって」
「なっ……、美咲さんは? なんて?」
「ん……、『そっか』って笑ってた。『ちょっとだけショックだから先に帰るけど、明日からまた友達の姉ちゃんとしてよろしく、忘れて』って笑って走ってコケて、また立ち上がって走って行った」
困ったとテーブルに両肘をつき、頭を抱えた勇気さんを私はじーっと睨んでいた。
「そんな責めないでよ、風ちゃん」
「だって」
あまりにも美咲さんが可哀そうで。
その後、勇気さんは美咲さんに『前々からマネージャーの家に引っ越す約束をしていて、この機会に榛名家を出て独り立ちしてみようと思う』というメッセージを送ったらしい。
「美咲さん、朝ごはん食べませんでした。俯いたまま、仕事に行きました」
「マジ?」
「マジです、それを心配した祥太朗さんも食べずに美咲さんを追いかけて行きました」
「うっ」
「さっき、お二人が食べたパンは、美咲さんと祥太朗さんと勇気さんが食べなかった今朝のパンです。勇気さん、責任持って食べて下さってありがとうございました」
渾身の嫌味を込めた『ありがとう』に勇気さんはタジタジとなっている。
「断わった理由を教えてください。両想いなのに断って、今後関わり合いにならないように離れようとしてるんでしょう?」
「今後、というか、まあ……、いつかお互いに思い出に変わるまで?」
「綺麗ごと言わないでください!! 思い出に変わるまで? 結構しんどいんですよ? 好きなのに、振られるのって結構というか大分しんどいんですよ? 私の場合は、多分片想いなのだろうって途中で気付いたからまだいいけれど。美咲さんだって、もしかしたら勇気さんの気持ちに気づいてたかもしれないですよ? 両想いかもしれないって、思い伝えて、友達でいましょう、さようなら、また思い出に変わったら会いましょうね、なんて。ふざけないでください! 美咲さんの気持ち、考えてみてください。めちゃくちゃ苦しいです、会いたいって泣いてます、きっと」
走馬灯のように瞬で廻った少し前の出来事。
私ですらあんなに苦しかったというのに、美咲さんは今頃どうしているんだろうか?
そう思ったら。
「風花さん、はい」
マスターがティッシュを渡してくれる。
いつの間にか泣きながら勇気さんに文句を言っていたらしい。
「祥太朗が追いかけて行ったんだよね?」
「はい」
「だったら、それでいいんだよ、風ちゃん。俺が望んでたのは、その展開なんで」
涙を拭いて顔をあげたら、勇気さんが泣いたように笑っていた。
「風花さん、祥太朗の好きな人って知ってる?」
「え、と」
秘密だと誓った私は首を振ったけれど。
「知ってるんでしょ? 美咲さんだって。風花さん、すぐ顔に出ちゃうから」
「大丈夫、俺らも知ってたよ。もっとも、祥太朗から聞いたわけじゃないけど、長年一緒にいれば気づくし」
な、と顔を合わせて苦笑しあう二人を見て、ようやく気付いた。
「もしかして、勇気さんは祥太朗さんのために?」
「まあ、一番大きい理由はそれ、だって祥太朗がずっと好きで守ってきた人のこと、取れるわけねえじゃん。それに、俺の仕事なんてめちゃくちゃ不安定でしょ。美咲、今年三十歳になるんだよ、結婚だって考える年齢だろうし。待たせるわけに行かないじゃん」
「でも、美咲さんの気持ちは」
私の声に、それ以上言わないで、と首を振る勇気さんは笑っているけど、ずっと泣いているみたいで苦しそうだった。
「だから、風ちゃんに結婚しよって言ったじゃん。早いとこ俺にしといてくれたら美咲だって諦めがついただろうし」
「勝手に当て馬にしないでください、今わかりました、ようやくわかりました! なんだか、めちゃくちゃ軽い結婚しようは、そういうことだったのか、と」
はああ、と大きなため息がまた零れる。
振られたと思って落ち込んでいる美咲さん。
振るしかなかった勇気さん。
勇気さんに振られた美咲さんを放っておくことができない祥太朗さん。
事情を知ってしまった私とマスターは、顔を見合わせた。
「勇気さんの気持ちは、わかりますが、このことを祥太朗さんが知ったら」
「だから、風ちゃんに内緒ってお願いしたじゃん。理由話したし、わかってもらえたでしょ?」
「わかってはいません、納得なんかできません、でも……、どうしたらいいのかわかりません」
勇気さんが言っていることもわかる。
でも、それを知ってしまった時に祥太朗さんがどう思うか。
美咲さんのことは、このままでいいのか。
「ただ、どうしたらいいのかわからないので一週間だけ猶予を下さい」
「へ?」
「一週間は黙ってます。だけど、このままサヨナラは絶対ダメです。どうしたらいいのか、私も考えます、だから勇気さんももう一度ちゃんと考えて下さい。祥太朗さんのこともですが、美咲さんの気持ちも。マスターもですよ、もう共犯ですからね? ここに勇気さん置いてる時点で」
「ま、待って!? 俺も?」
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