今宵、月あかりの下で

東 里胡

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12.これは恋じゃない

12-3

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 そして、異変が起きたのはその翌日のこと。

「え?」

 出勤前、朝食の支度をしていた時のことだった。
 スマホが一瞬震えて、それを手にした、私の発した疑問形の声に祥太朗さんが首を傾げる。

「どうかした?」
「え、っとですね」

 そっとテーブルの上に置いたスマホ、画面はマスターからのメッセージ。

『風花さん、おはよう。突然ですが、今日は臨時休業させて下さい。明日のことは、またおって連絡します。急でごめんね』

「なに、これ?」
「わからないんですが」

『どうされましたか?』と打った返信にも既読がつかない。
 まさか、昨日のアレのせいではないだろうか?
 気まずくて、とかそういうことだろうか?
 だとしたら気にされると私も思い出してしまって、ますます気まずくなる……、さてどうしよう?

「なんだか心配だし、少し早めに出て、俺が様子見て来ようか?」
「あ、いえ、私も一緒に行きます」

 首を傾げながら、一応いつも通りの出勤バッグを持ち祥太朗さんと十分早くお店についた。
 締まっている時は、裏口のインターホンを鳴らす。
 ピンポーン、最初に押したのは私、でも反応がないのを見て、祥太朗さんが連続で五回ほど鳴らしたら。

「は、い……」

 しわがれた男の人の声に、驚いて祥太朗さんと顔を見合わせる。

「涼真?」

 祥太朗さんの問いかけにインターホンの向こうで咳き込む男の人。

『うん……、あの、多分、インフルだから、近づかない方がいいんで。後で病院行く、つうか、昨日、皆にうつしてないか心配で』
「今のところ、誰も症状ないし大丈夫だと思う。つうか、大丈夫なのかよ、涼真」
『大丈夫、寝てればきっと』

 そしてまた激しく咳き込むマスターにどうしてあげたらいいだろう。
 祥太朗さんも玄関前で焦れているみたいだ。

「マスター、鍵開けておいてください。私、取り合えず必要そうなもの買って持ってきます」
「吉野さん、任せていい? 俺、今日残業なしで真っすぐここに寄るし、それまでお願い。あ、勇気も使っていいから」
『ちょ、大袈裟っ、ゴホゴホッ』
「大袈裟じゃねえよ、一人暮らしなんだし、こういう時くらいすぐヘルプしろよ」
「そうです、何かあったらすぐ連絡下さい、マスター」
『……ありがと、二人とも』

 マスターの照れくさそうな返事に微笑みあい。

「いってらっしゃいませ」
「いってきます、よろしくね、吉野さん」
「はい!」

 祥太朗さんは駅へ、私はスーパーと朝早くやっていそうな薬局を探しに行く。
 咳き込んで苦しそうだったマスター、喉も辛そうだし、きっと熱もある。
 アイスノンや経口補水液、葱と卵、はちみつやレモン、ゼリーとプリンも食べられるかな? 
 買い物をしている間に、マスターからおかしな長文のメッセージが届いていた。

『家の鍵、開けとくから買い物した者、玄関に置いたらすぐに帰ってーね。買い物にかかった大金、店のレジから持ってってねぎ? あ、玄関に店の鍵も置いておくんで。あと、ゴメン……、もううつしちゃってたらホント、ごめんなさい。いつも、蟻がとう、ふっかさん(*´▽`*)』

 者、帰ってーね、大金、ねぎに、蟻がとう、ふっかさん!? 極めつけはおかしな笑顔の顔文字。
 意識朦朧とした中で打ってたんじゃないだろうか、とドキドキして気付いてすぐに駆け戻ってきた。
 玄関の鍵はマスターのメッセージどおり、開いているのはいいけれど。
 上がり台の真ん中に無造作に置かれた店の鍵、危なすぎる。
 そしてなぜか、その横に鍋があった。
 鍋の蓋の上にはまるでダイイングメッセージのようなメモ書きが添えてあり。

『ランチに出すつもりで煮込んだスープ、はるな家で食べて。必ず、加熱してね』

 ウィルスを加熱で死滅させて、ということだと思う、多分……、はるな家……、平仮名可愛い、とかそういう問題じゃなさそうな気がする。

「マスター?」

 家にあがり、階段を見上げて声をかける、返事はない。
 静まり返っていることに胸騒ぎを覚えて。

「お邪魔します」

 買い物袋を持ち、二階へと上がる。
 相変わらずキレイなキッチンに買い物袋を一旦置いて、見回した先で絵の中の彼女さんと目が合ってペコリと思わずお辞儀してから。
 リビング奥に二つ並ぶドア、さてどちらがマスターの部屋?
 コンコン、と一つずつ静かにノックをしてみても返事はない。
 まさか本当に倒れちゃってるんじゃないだろうか、と不安になって。
 ええい、と右側のドアを開けた。
 遮光カーテンがひかれて、薄暗い部屋の中、壁際のベッドに人の気配がした。

「マスター? お邪魔しますね」

 私が近づいても返事はない。
 覗き込んだら、布団にくるまったマスターが耐えるように歯を食いしばっているように眠っている。
 そっと額に手をのばしたら、相当熱いのに、汗一つかいてないのを見れば現在進行形でまだ上がっていて、そのせいで寒気がしているのだろう。
 寒気に耐えているように小さく丸くなっているマスターの布団の上に、着ていたコートをかける。
 それから、他に何かないだろうかと見回して、マスターの上着を見つけてそれもかける。
 あとで目が覚めたら他に毛布などないのか聞いてみよう。
 気付かれぬように、部屋を出てキッチンに向かった。
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