今宵、月あかりの下で

東 里胡

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12.これは恋じゃない

――涼真side――

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「涼ちゃん、味見して?」

 本日のランチで出す焼き立てパンを半分にちぎり、俺の口元に運ぶフユの指ごと食べた。
 少し歯を立てたら、笑いながら膨れる。

「ん、いつもの味! 美味しいよ」
「良かった。あとね、こっちも食べてみて?」

 今度はスプーンで一口大にしたチョコレートがけのワッフルが運ばれてくる。
 明日のためにフユが作っている試作品の一つ。

「いいかも、あ、これさ。一つはホワイトチョコでコーティングとかどうだろ?」
「あー! だったらフリーズドライの苺もトッピングしてホワイトチョコレートかけようかな、甘酸っぱくて美味しいかも! 後で作ってみようっと。確か、この間買ったのがまだ残ってたはず」
「楽しそうだね」
「うん、楽しい。涼ちゃんは? 楽しくない?」

 自分が楽しいんだから俺も楽しいはずだと言いたげに、こちらを見上げたフユの額にキスを落とす。

「楽しいよ、フユと一緒だと」
「やだ、気が合う。六年ずっと楽しいかも」

 ふふっと笑って背伸びしたフユの今度は唇にキスを一つ。
 六年、そんなに経ったんだっけ。
 まだ昨日のように覚えてる。

『涼真センパーイ』
 制服姿のフユが、俺を見かける度に笑顔で走ってくる。
 大好きだって顔に書かれているみたいで、最初はちょっと面白い子だなって見てたけど。
 顔が見れない日はフユのことを考えてる自分がいて。
 気づけば俺も同じくらい、いや、もっとフユのことを好きになってたみたいだ。
 フユからの『大好きです! 付き合ってください!』に全力で頷いたぐらいに。

「フユ」
「ん?」
「誕生日、おめでと」
「あ、覚えててくれてた」
「あたりまえでしょ、付き合ってから六回目の誕生日だし」
「今年も祝ってくれて、ありがと」

 笑いながらフユは冷蔵庫を開けて食材のチェックを始めた。

「フユ、欲しいもの、ある?」
「ん~、今幸せだしなあ、あ! 旅行、行ってみたいかも! 私、沖縄行ってみたい」
「じゃあ、それ新婚旅行にしよっか?」
「え?」

 驚いて俺の顔を見たフユの左手を取り、指輪をはめた。

「そろそろ、結婚しない? いや、俺と結婚して、フユ」

 左手にはまった指輪をしばし見つめていたフユは。

「キレイ、だね」

 笑った瞬間零れた涙、同時に右手に持っていた卵のパックが床にグシャッと落ちてしまって。
 慌ててそれを拾い集めようとしたフユの身体を抱きしめた。

「返事、聞かせてよ」
「……、決まってるでしょ? 喜んで、しかない」

 ギュウっと俺を抱きしめ返したフユが泣きながら笑うから、それを拭いながらキスをした。


――俺の額を撫でる指先。

「卵、買い忘れちゃったので、いってきます。すぐに戻りますね」

――卵、買ってくる! すぐ、戻るから――

 行くな、行かないで。
 離れていく温もりを追いかけるように手を伸ばして、どこにも行かないように胸の中に閉じ込める。
 もう、どこにも行くな――。
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