今宵、月あかりの下で

東 里胡

文字の大きさ
54 / 74
12.これは恋じゃない

12-7

しおりを挟む
「今度の土曜日、用事あるかな? 仕事終わったら、」

 言いかけて止めて、少し息を吸い込んで。

「前に、酒のみにつきあってくれるって言ったでしょ? 吉野さん。あの時は、残念会の予定だったけど、今度はそうだな、えっと、花見二次会?」
「二次会?」
「うん」
「それは、その、他の皆は」

 私の言葉にポカンと口を開いた祥太朗さんが、困ったように眉尻を下げて。

「吉野さんしか誘ってない。他に、誰かいた方がいい?」
「い、いいえ!! 約束でしたし、そう! 約束してましたもんね! はい! 是非、二人で行きましょう、行きたいです」

 私の意気込みに圧倒されたように、しばらくクスクス笑っていた祥太朗さん。

「じゃ、仕事終わったらさ」
「榛名さん!! 榛名さ――ん!!」

 突然聞こえてきたその声に私と祥太朗さんは周りをキョロキョロ見渡した。
 横断歩道の向こう、春らしいパステルピンクのマーメイドフレアスカートを履いたゆるふわパーマの女の子が、祥太朗さんに向かって手を振っている。

「なんで?」

 その人の存在に気づいた祥太朗さんが、首を傾げている。
 信号が青になった瞬間、低めのヒール音を響かせて、まるで子犬のように祥太朗さんに向かって笑顔で走ってきて、そして。

「やっぱり運命じゃないですか? 私たちって」

 そう言うなり、祥太朗さんの首筋にジャンプしてギュッと抱きついた。
 えええええ!?
 驚き声も出せないでいる私の前で祥太朗さんは慌てた様子で。

「あ、えっと、違うから! 会社の後輩、つうか、高野! おまえ、なんでここにいんだよ!?」

 祥太朗さんに無理やり引き剥がされた高野さんと呼ばれた女性は、頬を大きく膨らませ唇を尖らせた。

「ひどいですよ? 榛名さんがいい街だよって言うから、昨日引っ越してきたのに!」
「え? あれ、マジだったの? 昨日!?」
「そうです、マジです! 榛名さんのせいですからね、責任取ってくださいよ? とりあえず私にこの街を案内して下さい! どこで買い物していいかとか、全然わかんないし」

 言いながらチラッと私の顔を見て、ニッコリと微笑んだ。

「榛名さんのお姉さんですか? はじめまして、会社の後輩の高野麻衣です、よろしくお願いします、お姉さん!」
「え、いや、あの」

 違うと言い出す前に、私の手を取り、ぶんぶん握手をされてしまい、ただフルフルと首を横に振るしかない。
 
「彼女は姉貴じゃないから! 家族だけど、さ」

 ね、と同意を求められて頷きかけた瞬間。

「おかしい、おかしいです、榛名さんには女兄弟はお姉さんしかいないはず、なのに家族!? それって、まさか、まさか!?」
「違うって、そういうのじゃないから。彼女は訳あって我が家に住んでいる、だから家族みたいな人って意味」

 そういうのじゃない、そう、そうなんだけど。
 なぜかズキンと胸が痛む。

「なーんだ、そっか。良かった、彼女かと思って焦っちゃった」

 ペロリと無邪気に舌を出して笑う彼女に、ため息をつく祥太朗さん。
 さっきまで青空だったはずがいつしか雲が覆い始める空のように。
 私の心の中にも暗雲が立ち込めている感じ……。

「私、先に戻りますね」

 買いに行こうとした焼き鳥を取りやめて、公園へと踵を返す。

「吉野さん、待って。俺も戻るし」
「榛名さん、どこ行くんですか? 私も一緒に行きたいです~!」
「いや、あのさ? 家族で花見してる最中だし」
「ええ!? 花見、いいなあ。私、東京来てから、友達と花見とかしたことない」

 ショボンと項垂れた彼女が、祥太朗さんをじっと見上げている。
 結局彼女の様子に祥太朗さんも嫌とは言えず、皆の元に戻ると。

「え!?」

 全員の視線が高野さんに注がれる。

「私、高野麻衣と申します」
「俺の会社の後輩、昨日この街に引っ越して来たばっからしくて、そこで会ってさ」
「なるほど、後輩! だよね、祥ちゃんに限って自分から彼女連れてくるとかないし」
「うん、ないない」

 桃ちゃんと勇気さんの冗談に、皆が笑いかけた瞬間。

「彼女にしてくださいって、ずっとアプローチしてるんですけど、付き合ってくれないんです。どうしたらいいですか? お姉さん」

 美咲さんに目を留めた高野さん。
 さっき私にしたように美咲さんの手を握る。

「え? 祥太朗のことが好きなの?」

 驚くように目を見開く。

「いや、ウソでしょ? 祥太朗がモテるなんて聞いたことなかったわ。あ、中学生の時に一人と高校生の時に一人、告白されて付き合ってたけどすぐ別れてたし、うん。あれ? そうすると何年振りよ、祥太朗がモテるのって」
「美咲、余計なこと言うなよ」
「祥太朗の好みってイマイチよくわかんなくってね、だから協力はしてあげらんないけど。寂しくなったら、家に遊びにおいで? 大家族みたいにしてるから、今更もう一人増えても平気だし。よし、まずは歓迎の乾杯しよっか」
「やったー! あ、お注ぎいたしますわ、おねえさま」
「やだ、気が利くじゃない、麻衣ちゃん」

 二人が祥太朗さんを交えて盛り上がってる姿に、何となく一抹の寂しさを感じてしまう。
 指先の冷たさを誤魔化すようにこすり合わせてたら。

「風花さん、寒い?」

 着ていた上着を私にかけてくれるマスター。

「だ、大丈夫です、マスターこそ、病み上がりですし」
「お互い様で。でも俺平気だし、風花さん着てて」

 その優しさを、ありがとうございます、と受け取り上着に袖を通す。
 マスターの匂いがするライダースジャケットに包まれているようでなんだか落ち着かなくなるのは、なんでだろう。
 それから、祥太朗さんと高野さんの方を見ないようにしているのはなんでだろう。
 ドキドキはしない、とっても心の中がモヤモヤしている。
 これは、違う、こういうのは違うんだ……。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由

冬馬亮
恋愛
ランバルディア王国では、王族から約100年ごとに『裁定者』なる者が誕生する。 国王の補佐を務め、時には王族さえも裁く至高の権威を持ち、裏の最高権力者とも称される裁定者。その今代は、先国王の末弟ユスターシュ。 そんな雲の上の存在であるユスターシュから、何故か彼の番だと名指しされたヘレナだったが。 え? どうして? 獣人でもないのに番とか聞いたことないんですけど。 ヒーローが、想像力豊かなヒロインを自分の番にでっち上げて溺愛するお話です。 ※ 同時に掲載した小説がシリアスだった反動で、こちらは非常にはっちゃけたお話になってます。 時々シリアスが入る予定ですが、基本コメディです。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

私の存在

戒月冷音
恋愛
私は、一生懸命生きてきた。 何故か相手にされない親は、放置し姉に顎で使われてきた。 しかし15の時、小学生の事故現場に遭遇した結果、私の生が終わった。 しかし、別の世界で目覚め、前世の知識を元に私は生まれ変わる…

思い出のチョコレートエッグ

ライヒェル
恋愛
失恋傷心旅行に出た花音は、思い出の地、オランダでの出会いをきっかけに、ワーキングホリデー制度を利用し、ドイツの首都、ベルリンに1年限定で住むことを決意する。 慣れない海外生活に戸惑い、異国ならではの苦労もするが、やがて、日々の生活がリズムに乗り始めたころ、とてつもなく魅力的な男性と出会う。 秘密の多い彼との恋愛、彼を取り巻く複雑な人間関係、初めて経験するセレブの世界。 主人公、花音の人生パズルが、紆余曲折を経て、ついに最後のピースがぴったりはまり完成するまでを追う、胸キュン&溺愛系ラブストーリーです。 * ドイツ在住の作者がお届けする、ヨーロッパを舞台にした、喜怒哀楽満載のラブストーリー。 * 外国での生活や、外国人との恋愛の様子をリアルに感じて、主人公の日々を間近に見ているような気分になれる内容となっています。 * 実在する場所と人物を一部モデルにした、リアリティ感の溢れる長編小説です。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

【完結】見えてますよ!

ユユ
恋愛
“何故” 私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。 美少女でもなければ醜くもなく。 優秀でもなければ出来損ないでもなく。 高貴でも無ければ下位貴族でもない。 富豪でなければ貧乏でもない。 中の中。 自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。 唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。 そしてあの言葉が聞こえてくる。 見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。 私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。 ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。 ★注意★ ・閑話にはR18要素を含みます。  読まなくても大丈夫です。 ・作り話です。 ・合わない方はご退出願います。 ・完結しています。

処理中です...