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13.私じゃなくても
13-1
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「え!? 吉野さんが、ここに住み始めたのって十一月!? ってことは、私が東京本社に勤務した時期のが早いじゃないですかー!!」
美咲さんと二人で日本酒を飲んでいた高野さんが口を尖らせる。
「言ってくれれば良かったのにー! 榛名さん」
「え? 何を?」
「だからー、私、九月に転勤してきてからずっと社の借り上げマンションだったんです、めちゃくちゃ狭い1Kのユニットバスでちっちゃいベランダしかないところに住んでたんですよ? そりゃあ、家賃は激安でしたけど窓を開けたら隣の部屋からタバコの臭いとか。営業の原田さんの彼氏だったみたいですけどね、大体彼氏の連れ込みとか、いいんですかねえ」
「ん? なんか話脱線してない?」
土曜日、仕事を終えて帰ってきたらエプロン姿の高野さんが「おかえりなさい、ご飯の用意できてますよ」って出迎えてくれた。
今日は鉄板焼きらしく、バンド練習に出掛けた勇気さん以外は既にテーブルにつき、各々ホットプレートで好きな具材を焼いている。
あれからひと月、週末になると榛名家に高野さんがいる光景が続いていた。
「吉野さん、冷凍庫のお肉とかシーフード、勝手に出しちゃってごめんなさーい」
「あ、いえ、大丈夫です」
大丈夫って、何がだろうか、自分でもよくわからない返答をしながら、端っこに置いてあるお肉を一口、それでご飯を流し込む。
「あ、そうだ、さっきの話ですってばー! 榛名さん家、九月には一部屋空いていたんですよね? その時、知ってたら私が住んだのになあ」
あ、なんだろ?
今、心がズキッとした気がする。
「いや、同じ会社の人は住まわせられないって」
「ええ!? じゃあ、私が会社辞めたら住んでもいいですか?」
「そういう問題じゃないでしょ。そして、もう部屋もありません」
「榛名さんと同じ部屋でもいいんですよ」
「はあ!?」
「ごちそーさまでしたー! 今日は、眠いから、先に部屋、戻るねえ」
桃ちゃんが、珍しく自室に戻っていく。
それを追いかけるように洸太朗くんも。
残されたのは、美咲さんと祥太朗さんと高野さんと私だけ。
「あ、私もお風呂入ってきます。高野さん、いつもごちそうさまです」
「いえいえー、週末だけですみません。吉野さんも土日は休んで下さいね」
「ありがとうございます」
食べたのはお肉、ピーマン、ウィンナーとご飯一膳。
なぜか全然喉に通らなくてすぐに食べ終えてしまう。
頭を下げて自室に向かい、すぐにお風呂の用意をする。
湯船に浸かっていても、三人の楽しそうな笑い声が聞こえてきてまた胸の奥がズキッとするのだ。
結局、あれきり祥太朗さんとの約束も有耶無耶になった。
ううん、あの金曜日の朝は約束したのだ、駅で待ち合わせしようって。
でも、改札を出てきた祥太朗さんの隣に高野さんがいるのを見て、私は逃げた。
『すみません、急な団体客が入りまして仕事になりました』
一度帰ったはずの私の顔色がよっぽど悪かったのか、マスターは理由を聞かずに珈琲ではなくココアを淹れてくれて、閉店まで一緒に新メニューについて一緒に考えてた。
「じゃあ、送ってくる」
「祥太朗、なんなら帰って来なくていいよ?」
「美咲さん、ありがとうございます、遠慮なく貰っていきますね」
「どうぞどうぞ」
「俺はモノか!!」
階下で響いた声、玄関を締める音、美咲さんが部屋に入った音。
それを確認し、私はそっとリビングへと向かう。
キッチンに置かれたままの食器を洗う。
放っておいたら洸太朗さんか、祥太朗さんが洗いそうだし。
明日の朝ご飯、パンでも捏ねようかなと後片付けを始めた時だった。
「風花ちゃーん」
リビングに面した桃ちゃんたちの部屋が開き、私の姿を確認して走ってくる。
「お願い、風花ちゃん」
「ん?」
「お腹すいた、お茶漬け? ラーメン? なんでもいい、風花ちゃんの作った何かが食べたい!!」
さっき眠いと部屋に入っていったけど、お腹は空いてたのね。
時間を見たら既に二十三時、何作ってあげようかな、と冷蔵庫や食料棚を確認。
「お野菜たっぷりスープ作ります、ニ十分待てますか?」
「待つ~!! めっちゃ待つ!」
片づけを後回しにし、冷蔵庫からキャベツ、ニンジン、玉ねぎ、ピーマン、コーンの缶詰、鉄板焼きで余ったウィンナー。
コーン以外を細かく刻んで、コンソメを入れて煮込む。
その間に食器の片づけを済ませていたら、桃ちゃんと目が合った。
「いっぱい作ってくれてありがと」
「うん、朝ごはんにするのと、私もお腹空いちゃって」
「ねえ、風花ちゃん」
「うん?」
「私、風花ちゃんのご飯がいい」
「え?」
「ここんとこ、週末ずっとあの人のご飯じゃん」
桃ちゃんがぶうっと唇を尖らす。
「別に悪気が合って、とか、そういうのじゃないのはわかる! でも、なんか、イヤなんだよ、私は」
「桃ちゃん?」
「風花ちゃんのポジション狙ってそうでイヤなんだよ! 祥ちゃんが優柔不断すぎてムカつく」
いや、多分、祥太朗さんは優しいし、別に彼女がこの家に来るのを悪く思ってるわけじゃなさそうだし。
スープの灰汁をすくいながら、桃ちゃんの話をただ聞く。
「風ちゃんはいいの? 祥ちゃんのこと、好きなんじゃないの?」
味見をした瞬間に、そんなこと聞かれて舌を火傷する。
「そういうのじゃないよ」
微笑みながら視線を逸らした。
「でも最近、祥ちゃんのこと避けてるでしょ?」
「え?」
「朝、一緒に行くのズラしてる。高野さんが、祥ちゃん迎えに来るようになってからだよね?」
そんなことはないと首を振ったけれど、図星だ。
私は祥太朗さんと高野さんから目を逸らし続けてる。
スープカップに注いだ野菜スープ、桃ちゃんの前に一つ。
そして自分の席に一つ置いて、互いに「いただきます」と手をそろえた。
美咲さんと二人で日本酒を飲んでいた高野さんが口を尖らせる。
「言ってくれれば良かったのにー! 榛名さん」
「え? 何を?」
「だからー、私、九月に転勤してきてからずっと社の借り上げマンションだったんです、めちゃくちゃ狭い1Kのユニットバスでちっちゃいベランダしかないところに住んでたんですよ? そりゃあ、家賃は激安でしたけど窓を開けたら隣の部屋からタバコの臭いとか。営業の原田さんの彼氏だったみたいですけどね、大体彼氏の連れ込みとか、いいんですかねえ」
「ん? なんか話脱線してない?」
土曜日、仕事を終えて帰ってきたらエプロン姿の高野さんが「おかえりなさい、ご飯の用意できてますよ」って出迎えてくれた。
今日は鉄板焼きらしく、バンド練習に出掛けた勇気さん以外は既にテーブルにつき、各々ホットプレートで好きな具材を焼いている。
あれからひと月、週末になると榛名家に高野さんがいる光景が続いていた。
「吉野さん、冷凍庫のお肉とかシーフード、勝手に出しちゃってごめんなさーい」
「あ、いえ、大丈夫です」
大丈夫って、何がだろうか、自分でもよくわからない返答をしながら、端っこに置いてあるお肉を一口、それでご飯を流し込む。
「あ、そうだ、さっきの話ですってばー! 榛名さん家、九月には一部屋空いていたんですよね? その時、知ってたら私が住んだのになあ」
あ、なんだろ?
今、心がズキッとした気がする。
「いや、同じ会社の人は住まわせられないって」
「ええ!? じゃあ、私が会社辞めたら住んでもいいですか?」
「そういう問題じゃないでしょ。そして、もう部屋もありません」
「榛名さんと同じ部屋でもいいんですよ」
「はあ!?」
「ごちそーさまでしたー! 今日は、眠いから、先に部屋、戻るねえ」
桃ちゃんが、珍しく自室に戻っていく。
それを追いかけるように洸太朗くんも。
残されたのは、美咲さんと祥太朗さんと高野さんと私だけ。
「あ、私もお風呂入ってきます。高野さん、いつもごちそうさまです」
「いえいえー、週末だけですみません。吉野さんも土日は休んで下さいね」
「ありがとうございます」
食べたのはお肉、ピーマン、ウィンナーとご飯一膳。
なぜか全然喉に通らなくてすぐに食べ終えてしまう。
頭を下げて自室に向かい、すぐにお風呂の用意をする。
湯船に浸かっていても、三人の楽しそうな笑い声が聞こえてきてまた胸の奥がズキッとするのだ。
結局、あれきり祥太朗さんとの約束も有耶無耶になった。
ううん、あの金曜日の朝は約束したのだ、駅で待ち合わせしようって。
でも、改札を出てきた祥太朗さんの隣に高野さんがいるのを見て、私は逃げた。
『すみません、急な団体客が入りまして仕事になりました』
一度帰ったはずの私の顔色がよっぽど悪かったのか、マスターは理由を聞かずに珈琲ではなくココアを淹れてくれて、閉店まで一緒に新メニューについて一緒に考えてた。
「じゃあ、送ってくる」
「祥太朗、なんなら帰って来なくていいよ?」
「美咲さん、ありがとうございます、遠慮なく貰っていきますね」
「どうぞどうぞ」
「俺はモノか!!」
階下で響いた声、玄関を締める音、美咲さんが部屋に入った音。
それを確認し、私はそっとリビングへと向かう。
キッチンに置かれたままの食器を洗う。
放っておいたら洸太朗さんか、祥太朗さんが洗いそうだし。
明日の朝ご飯、パンでも捏ねようかなと後片付けを始めた時だった。
「風花ちゃーん」
リビングに面した桃ちゃんたちの部屋が開き、私の姿を確認して走ってくる。
「お願い、風花ちゃん」
「ん?」
「お腹すいた、お茶漬け? ラーメン? なんでもいい、風花ちゃんの作った何かが食べたい!!」
さっき眠いと部屋に入っていったけど、お腹は空いてたのね。
時間を見たら既に二十三時、何作ってあげようかな、と冷蔵庫や食料棚を確認。
「お野菜たっぷりスープ作ります、ニ十分待てますか?」
「待つ~!! めっちゃ待つ!」
片づけを後回しにし、冷蔵庫からキャベツ、ニンジン、玉ねぎ、ピーマン、コーンの缶詰、鉄板焼きで余ったウィンナー。
コーン以外を細かく刻んで、コンソメを入れて煮込む。
その間に食器の片づけを済ませていたら、桃ちゃんと目が合った。
「いっぱい作ってくれてありがと」
「うん、朝ごはんにするのと、私もお腹空いちゃって」
「ねえ、風花ちゃん」
「うん?」
「私、風花ちゃんのご飯がいい」
「え?」
「ここんとこ、週末ずっとあの人のご飯じゃん」
桃ちゃんがぶうっと唇を尖らす。
「別に悪気が合って、とか、そういうのじゃないのはわかる! でも、なんか、イヤなんだよ、私は」
「桃ちゃん?」
「風花ちゃんのポジション狙ってそうでイヤなんだよ! 祥ちゃんが優柔不断すぎてムカつく」
いや、多分、祥太朗さんは優しいし、別に彼女がこの家に来るのを悪く思ってるわけじゃなさそうだし。
スープの灰汁をすくいながら、桃ちゃんの話をただ聞く。
「風ちゃんはいいの? 祥ちゃんのこと、好きなんじゃないの?」
味見をした瞬間に、そんなこと聞かれて舌を火傷する。
「そういうのじゃないよ」
微笑みながら視線を逸らした。
「でも最近、祥ちゃんのこと避けてるでしょ?」
「え?」
「朝、一緒に行くのズラしてる。高野さんが、祥ちゃん迎えに来るようになってからだよね?」
そんなことはないと首を振ったけれど、図星だ。
私は祥太朗さんと高野さんから目を逸らし続けてる。
スープカップに注いだ野菜スープ、桃ちゃんの前に一つ。
そして自分の席に一つ置いて、互いに「いただきます」と手をそろえた。
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