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13.私じゃなくても
13-8
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お風呂上り、鏡に向かってドライヤーをかけた。
自分の顔が妙にニヤけてしまっているみたいでハッとし、唇を結ぶけれどすぐに緩んでしまう。
先日、桃ちゃんに切ってもらった前髪を少し巻いて、美咲さんから貰ったリップを塗ってから、なんだか恥ずかしくなってる。
会うだけなのに、なんでこんなに意識してしまってるんだろう。
パジャマ代りのルームウェアに着替えて洗面所を出るとリビングの灯りは消えていた。
お風呂に入る前にマスターが起きていたはずだけれど眠ってしまったのかもしれない。
誰も起こさないように玄関に出向き、音をたてずにドアを開け閉めする。
今、誰かが起きてきたらどうしよう、見つかったらなんて言いわけをしよう、とまるで悪いことをしているみたいにドキドキがうるさい。
外に出ても周囲を見回し警戒しながら東屋への道を登る。
さっきまでは一面に月や星が瞬いていたはずなのに。
どこから湧いてきたのか、薄い雲に隠れている。
雲の中でボンヤリと月の形があるのを確認してから、道の脇にある東屋に続く階段に足をかける。
これを登った先に、祥太朗さんはきっと待ってる。
風にのって、話し声が聞こえる。
女の人と男の人の声だ。
これは、高野さんと祥太朗さん!?
ハッとし見上げた東屋に、向かい合う二つのシルエットがあった。
背の高い方が、祥太朗さんだろう。
思わず気づかれないように、側にある木の影に身を寄せた。
ここからだと話し声の全ては聞こえなくても、二人の様子が見える。
戻るべき? どうしたらいい?
さっきまでのワクワクとした胸の高鳴りとは違う。
怖い、とか、不安、とかそういった時に出る動悸が襲ってくる。
『明日、私、榛名さんに告白するから』
まさか……、本当に?
告白されたら祥太朗さんは、どうするの?
どう応えるの?
誰かが幸せになるのは、嬉しいことなのに。
どうして、高野さんと祥太朗さんの幸せを応援しようと思うとこんなに苦しいのだろうか。
『吉野さんが榛名さんのこと好きだって言うなら、止めておこうって思ってたけど』
まだ、間に合う?
好きだって、私も祥太朗さんのことが好きなんですって、伝えたら間に合うのかな?
ギュッと拳を握りしめ、動き出そうともう一度見上げたら。
「っ、……で、いい……、だから」
高野さんが祥太朗さんに向かって、何かを話しかけた後。
祥太朗さんが高野さんの頭を撫でて、そうして。
抱きすくめていた。
私の中のなにかが、崩れ落ちる音がした。
ああ、全部、全部遅かったんだ……。
二人に気づかれぬように、踵を返す。
少しずつ早足で坂を下り、ロッジを通り過ぎ、それでも私の足はまだ止まらない。
こんな顔、誰にも見られたくなくて。
こんな風に嗚咽をあげてることを、誰にも知られたくなくて。
一人になれる場所を探して、昼間皆で釣りをした川べりに辿り着いた。
大丈夫、明日にはきっとまた『なんでもない』と笑っていられるはず。
今までだってそう。
『なんでもない』って生きてこられたんだもん。
一人ぼっちになったって、騙されたって『なんでもない』は魔法の言葉のように感覚を麻痺させる。
明日の朝起きたら、悲しい気持ちはもうどこか他人事のように思えるようになる。
期待してしまったのは自分の勝手で、誰のせいでもない。
この涙は明日笑えるために流しきってしまえ。
川の流れる音に、私の泣き声はかき消されてく。
どれくらいそうしていただろうか。
誰かに呼ばれた気がして振り返ったら、懐中電灯の光がモロに見てしまい、ギュッと目を閉じた。
「風花さん、大丈夫?」
ああ、マスターの声だ。
「大丈夫です、ちょっと星空観察に来てました」
マスターに見られないようにもう一度前を向いて顔を擦る。
「そっか、星見えた?」
「はい」
「俺には全然見えないんだけどね」
ヨイショと隣の石に腰かけたマスターが空を見上げている。
その仕草に習うように私も空を見上げて気が付いた。
星なんか、一つも無かった。
月までも、雲に隠れちゃってる。
マスターは私を覗き込むようにして、首を傾げる。
「わかりやすいんだよ、風花さんは」
頬にそえられたマスターの手があたたかくて、止めたはずの涙がまた溢れそうになる。
「ちょっと、あれです。昔のことを考えてたら、悲しくなっちゃって」
笑ってみせたら、その頬の動きで涙が落ちてしまった。
マスターの指先が涙を追いかけるようになぞってから、仕方なさそうに微笑んだ。
「俺じゃ、祥太朗の代わりにはならないだろうけどさ」
どうして? なんで、マスターが知ってるの?
ふわりと私の顔を隠すようにマスターに抱きしめられた。
「一人ぼっちで泣かないで。風花さんが前みたいに一人で抱え込む姿、もう見たくないから。言って? どうしたいか、どうしてほしいか」
どうしたいか?
わからない、だけど明日の事ならわかる。
「明日も、マスターの車に乗ってもいいですか?」
祥太朗さんの隣に座るのは辛い。
「いいよ、いいに決まってる」
力強く抱きしめてくれたマスターの胸の中で、声をあげて泣いた。
はじめて出逢った時、大声で泣いた私の側に付き添ってくれたのは祥太朗さんだった。
それを思いだしたら、余計に涙が止まらなくなったのだった。
自分の顔が妙にニヤけてしまっているみたいでハッとし、唇を結ぶけれどすぐに緩んでしまう。
先日、桃ちゃんに切ってもらった前髪を少し巻いて、美咲さんから貰ったリップを塗ってから、なんだか恥ずかしくなってる。
会うだけなのに、なんでこんなに意識してしまってるんだろう。
パジャマ代りのルームウェアに着替えて洗面所を出るとリビングの灯りは消えていた。
お風呂に入る前にマスターが起きていたはずだけれど眠ってしまったのかもしれない。
誰も起こさないように玄関に出向き、音をたてずにドアを開け閉めする。
今、誰かが起きてきたらどうしよう、見つかったらなんて言いわけをしよう、とまるで悪いことをしているみたいにドキドキがうるさい。
外に出ても周囲を見回し警戒しながら東屋への道を登る。
さっきまでは一面に月や星が瞬いていたはずなのに。
どこから湧いてきたのか、薄い雲に隠れている。
雲の中でボンヤリと月の形があるのを確認してから、道の脇にある東屋に続く階段に足をかける。
これを登った先に、祥太朗さんはきっと待ってる。
風にのって、話し声が聞こえる。
女の人と男の人の声だ。
これは、高野さんと祥太朗さん!?
ハッとし見上げた東屋に、向かい合う二つのシルエットがあった。
背の高い方が、祥太朗さんだろう。
思わず気づかれないように、側にある木の影に身を寄せた。
ここからだと話し声の全ては聞こえなくても、二人の様子が見える。
戻るべき? どうしたらいい?
さっきまでのワクワクとした胸の高鳴りとは違う。
怖い、とか、不安、とかそういった時に出る動悸が襲ってくる。
『明日、私、榛名さんに告白するから』
まさか……、本当に?
告白されたら祥太朗さんは、どうするの?
どう応えるの?
誰かが幸せになるのは、嬉しいことなのに。
どうして、高野さんと祥太朗さんの幸せを応援しようと思うとこんなに苦しいのだろうか。
『吉野さんが榛名さんのこと好きだって言うなら、止めておこうって思ってたけど』
まだ、間に合う?
好きだって、私も祥太朗さんのことが好きなんですって、伝えたら間に合うのかな?
ギュッと拳を握りしめ、動き出そうともう一度見上げたら。
「っ、……で、いい……、だから」
高野さんが祥太朗さんに向かって、何かを話しかけた後。
祥太朗さんが高野さんの頭を撫でて、そうして。
抱きすくめていた。
私の中のなにかが、崩れ落ちる音がした。
ああ、全部、全部遅かったんだ……。
二人に気づかれぬように、踵を返す。
少しずつ早足で坂を下り、ロッジを通り過ぎ、それでも私の足はまだ止まらない。
こんな顔、誰にも見られたくなくて。
こんな風に嗚咽をあげてることを、誰にも知られたくなくて。
一人になれる場所を探して、昼間皆で釣りをした川べりに辿り着いた。
大丈夫、明日にはきっとまた『なんでもない』と笑っていられるはず。
今までだってそう。
『なんでもない』って生きてこられたんだもん。
一人ぼっちになったって、騙されたって『なんでもない』は魔法の言葉のように感覚を麻痺させる。
明日の朝起きたら、悲しい気持ちはもうどこか他人事のように思えるようになる。
期待してしまったのは自分の勝手で、誰のせいでもない。
この涙は明日笑えるために流しきってしまえ。
川の流れる音に、私の泣き声はかき消されてく。
どれくらいそうしていただろうか。
誰かに呼ばれた気がして振り返ったら、懐中電灯の光がモロに見てしまい、ギュッと目を閉じた。
「風花さん、大丈夫?」
ああ、マスターの声だ。
「大丈夫です、ちょっと星空観察に来てました」
マスターに見られないようにもう一度前を向いて顔を擦る。
「そっか、星見えた?」
「はい」
「俺には全然見えないんだけどね」
ヨイショと隣の石に腰かけたマスターが空を見上げている。
その仕草に習うように私も空を見上げて気が付いた。
星なんか、一つも無かった。
月までも、雲に隠れちゃってる。
マスターは私を覗き込むようにして、首を傾げる。
「わかりやすいんだよ、風花さんは」
頬にそえられたマスターの手があたたかくて、止めたはずの涙がまた溢れそうになる。
「ちょっと、あれです。昔のことを考えてたら、悲しくなっちゃって」
笑ってみせたら、その頬の動きで涙が落ちてしまった。
マスターの指先が涙を追いかけるようになぞってから、仕方なさそうに微笑んだ。
「俺じゃ、祥太朗の代わりにはならないだろうけどさ」
どうして? なんで、マスターが知ってるの?
ふわりと私の顔を隠すようにマスターに抱きしめられた。
「一人ぼっちで泣かないで。風花さんが前みたいに一人で抱え込む姿、もう見たくないから。言って? どうしたいか、どうしてほしいか」
どうしたいか?
わからない、だけど明日の事ならわかる。
「明日も、マスターの車に乗ってもいいですか?」
祥太朗さんの隣に座るのは辛い。
「いいよ、いいに決まってる」
力強く抱きしめてくれたマスターの胸の中で、声をあげて泣いた。
はじめて出逢った時、大声で泣いた私の側に付き添ってくれたのは祥太朗さんだった。
それを思いだしたら、余計に涙が止まらなくなったのだった。
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