異世界わんこ

洋里

文字の大きさ
2 / 19
第一章

マナの受難の日々

しおりを挟む
 普段のわたしは、曰く、ぼっち体質の人、と周りには思われている。
 小学校低学年の時に、両親を交通事故で一度に失い、その後は、父方の祖母に育てられた。
 祖父も、とうに他界していたので、おばあちゃんの苦労は、いかばかりだったろうか、と思う。
 けれど、小学生くらいの子供は、時に、驚くほど残酷だ。
 授業参観の時に、せっかく来てくれた祖母をみて、クラスの男子たちは、すぐにからかいの種を見つけた、とばかりに騒ぎ出す。
「なんだよ、ばあちゃん来てんの、誰んトコだよ!」
 くす、くす、くす、くす。
 あの時のおばあちゃんは、わたし以上に、居たたまれなかっただろう。
 そして、その時以降、わたしはずっと “ばばぁ” とからかわれ続ける事になる。
 そんな小さな頃から、わたしの人間不信は、少しずつ醸成されていく。

 学生時代は、ほとんど人と深く関わらずに、やり過ごしてきた。
 卒業後、ようやく就職した会社では、事務職に就いたが、そこで初めて、親友と言っていい程、仲良くなれる女性と出会う。
 会社の先輩であり、わたしの教育係となった畑野洋子さん。
 今時の派手な美人で、明るく頼もしい姉御肌の彼女は、教育係としてだけでなく、何かと、わたしの世話を焼いてくれた。
 同じ会社の、営業職の彼氏と共に、わたしを交えて、飲みに行ったり、休日にキャンプに行ったり、そんな友達付き合いは、わたしにとっては、初めての事ばかりでとても楽しかった。

 けれど、そんな幸せな時間は、あっという間に終わりを告げる。

 ある日、いつものように、洋子さんと、彼氏である杉本直哉さんと、休日に飲みに行く事になり、お店に向かうと、そこには直哉さんしか来ていなかった。
「洋子さんは? まだですか?」
 いつもなら、二人揃っているはずなのに、と疑問に思って聞くと、
「いや、今日は、洋子は誘ってないんだ。 真奈ちゃんに、話があってさ」
「そうなんですか? 話ってなんでしょう」
 いぶかしく思いつつも、努めて明るく答える。
「いや、まぁまぁ。 まずは何か飲もうよ、最初は、ビールでいい?」
 そういって、生ビールを注文すると、取り敢えず乾杯をする。
「真奈ちゃんさ、今、彼氏とか、いないんだよね?」
「はぁ、そうですね」
「あのさ、良かったら、俺と結婚を前提に付き合ってくれないかな?」
「え?」
「真奈ちゃんならさ、真面目だし、働き者だし、安心して家を任せられそうな気がするんだよね」
「あの、洋子さんは……」
「いや、洋子もさ、美人だし、いい女だとは思うんだけど、あいつ、やっぱり派手だしさ。 遊びで付き合ってる分には、いいんだけど、結婚となると、ちょっと違う訳よ」
「…………」
「それに、あいつ、あれで専業主婦希望だって言うんだぜ。 今時、専業主婦はキツイでしょ。 やっぱ、共働きで、奥さんも稼いでくれないと」
「…………」
「だからさ、その点、真奈ちゃんなら、いい家庭を、築いていけそうな気がするんだよね。 俺の事、嫌いじゃないでしょう? キャンプの時、俺のために作って来てくれた肉じゃが、旨かったな~」
 そう言って、にやりと笑った直哉さんの顔を、わたしは、直視出来なかった。
(あの肉じゃがは、貴方のために作ったんじゃ、ありません)
 言いかけて、飲み込む。
 端的に言って、気持ち悪かった。
 自分の彼女と、友人関係にある私と、なぜ、そういう関係になろうと思えるのか? 
 モラルとして、気持ちが悪かった。
「あの、わたし帰ります」
「え? 待ってよ、真奈ちゃん」
「直哉さんと、お付き合いとか、あり得ませんから。すみません」
 そう言って、自分の分の、お勘定分のお金をテーブルに置くと、わたしは、席を立った。

 しかし、翌日、会社に行くと、すぐに洋子さんに呼び出される。
 給湯室で、喫煙者である洋子さんは、イライラとした様子で、灰皿にタバコの灰を落とす。
「真奈ちゃんさ、どういうつもり?」
「あ、あの?」
「あたし、昨日、直哉に振られたんだけど?」
「わたしは、別に何も……」
「あいつ、真奈ちゃんに、プロポーズしたって言ってたんだけど?」
「…………」
「あたし、直哉と本気で付き合ってて、結婚も当然するもんだって思ってたのよね。 まさか、あんたに取られるなんてね」
「わたし、取ってなんていません。 ちゃんと、直哉さんには、お断りしました」
「あんな、高スペックな男、もう、捕まえらんないわよ、どうするのよ? あたし、もう29よ? 直哉と結婚して、寿退社で子供産んで、そんなあたしの夢が、全部台無しよ」
「あの、あの……。 すいませんでした」
「はぁ~~~~~~、もういいわ。 仕事戻ったら?」
「はい、あの……」
「もういいってば! あんたとは、もう口も聞きたくないし、顔も、見たくないのよ!」
「はい、すみません……」
 そうして、初めての、楽しい友達付き合いは、幕を下ろした。
 そして、その日から、社内の女性陣からの、いじめが始まったのだ。

 結局、せっかく頑張って就職した会社は、辞めざるを得なくなってしまった。
 いじめが、つらかったのもあるが、仕事が成り立たなくなり、ほぼ、クビも同然だった。
 必要な書類を捨てられる、資料をシュレッダーにかけられる、PCのデータを消される。そんな事が続けば、仕事に支障が出るのは当たり前だった。
 そして、ことあるごとに
「先輩の男を取った、恥知らず」
 と、陰口を言われ続けた。
 自然と、周りの女性だけでなく、男性社員も、わたしを遠巻きにするようになっていった。
 一方の、直哉さんはというと、あの後、すぐに派遣の若い女の子に手を出していたらしく、妊娠発覚、おめでた婚へと進んでいた。
 相手の女の子は、妊娠が分かると同時に、退社してしまったので、わたしへの風当たりに、変化はなかった。
 そんな状況が、半年も続いた頃、神経性胃炎を起こした  わたしは会社で倒れ、そのまま病院へ救急搬送。
 大事を取って、入院となった。
 翌日、見舞いに来た上司に、
「もう、ここいらで、考えた方がいいんじゃないか?」
 と、自主退社を促された。
 退院後に、退職届を提出した際には、
「これに懲りたらさ、もう少し、考えた方がいいよ。 会社は、仕事する場であって、男を捕まえる所じゃないからね」
 と、言い放たれた。
 わたしには、もう反論する気力もなく
「ご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした。 お世話になりました」
 と、頭を下げるので精一杯だった。
 こうして、わたしは会社を去ることになったのだ。


 それからは、派遣会社に登録して、派遣社員として働くようになる。
 しかし、行く先々で、今度はセクハラに悩まされた。
 ある時、飲み会に誘われて参加した。
 女性は、わたしと誘ってくれた同僚の佐野ちゃん。
 男性陣は、普段は交流のない部署の3名だったが、みんな既婚者だった。
 その中の、大野係長は若手の出世頭らしく、日焼けした肌に、にこやかな口元、自信にあふれているタイプに見えた。
 その係長に、飲みの間、口説かれ続け、辟易へきえきした わたしは、2次会への誘いを断って帰宅した。
 しかし、その翌日に佐野ちゃんが
「昨夜、あれから大野係長にキスされちゃって~」
 と、頬を赤らめて、嬉しそうに報告をしてきたのだ。
(わたしが、誘いに乗らなかったから、矛先を、佐野ちゃんに向けたんだろうか?)
と、彼女に申し訳ない思いがよぎる。
 別の日、配属先の部署での忘年会でも、1次会の食事だけで帰ろうとしていると、普段から、わたしに気があるのか、と思わせる言動の多かった課長に、
「女子は、2次会、絶対参加な!」
と、声を掛けられる。
 仕方なく、部署の女の子3名で、2次会のカラオケについて行ったが、やはり身の危険を感じたので、途中で気分が悪くて、と言い訳をして帰った。
 しかし、やはりその後、課長は大荒れに荒れて、残された2名の派遣の女の子達に、セクハラ行為をしたのだそう。
 彼女達は、
「カラオケのデュエットしようって、仕方なく歌ったら、すっごい顔近付けられて、最悪ですよ」
と、泣いていた。
 どうやら、わたしが危機感を抱いて、セクハラから逃げると、他の女の子達に、とばっちりがいってしまうようだ。
 そう思ったわたしは、それから、一切の飲み会への参加を拒否するようになった。
 それでも、日々のセクハラ行為は後を絶たない。
 帰りの駅のホームで待ち伏せされたり、朝のミーティングの時に、不意にぐいっと近づかれたり、資料を渡される時に手に触れてきたり。
 一度、教えていないはずの携帯電話に、課長から休日に電話が来た時には、さすがに部長に報告をしたが、結局、派遣契約を打ち切りにされて、追い出されたのは、わたしの方だった。
 あの時、別の社員のおじさんに
「小日向さんは、賢いからなぁ」
と、言われたのは、逆の意味だったんだろう、馬鹿正直に報告なんてして、仕事を無くすのは、あなただよ、と。
 つまらないトラブルや、根拠のない罪悪感を感じるよりも、一人で、気楽に過ごす方がずっといい。
 会社には、人付き合いに行っているのではないのだ、仕事さえ、させてもらえばそれでいい。
 わたしは、極力、人と接するのを避けるようになる。


 そんなわたしの、唯一の癒しは、おばあちゃんと犬達だった。
 最初の会社を辞めた時、憔悴しょうすいした わたしを心配したおばあちゃんが、散歩のお供に、と知り合いのブリーダーさんから、譲ってもらったのがココだった。
 トライカラーの、生後三か月の小さいパピヨンは、たちまち、なくてはならない家族の一員になり、わたしの心も癒してくれた。
 ココが3歳になった頃、一度だけ、是非とも繁殖させてほしい、と熱心にブリーダーさんに頼まれ、お見合いをして、ココは妊娠した。
 相手のコは、イギリスチャンピオン犬のこどもだと言う事で、白茶の、とても可愛らしい顔つきのコだった。
 その時に生まれたのが、ハクとミルクだ。
 ハクは、ココと同じトライカラーだったが、耳が立たずにファーレンになった。
 パピヨンで、耳の立っていないコは、蛾を意味するファーレンという別種に分類される。
 昔は、ファーレンのほうが一般的だったらしいが、今では希少種だそう。
 そしてミルクは、パパ譲りの白茶の女の子だったが、とても小さくて、ココは4kg、ハクは5kgにもなったが、成犬になっても2.6kgという小ささだ。
 もう一匹、生まれた白茶の女のコは、ブリーダーさんに引き取られた。
 生まれたてからすぐの、世話をした日々は、寝不足で大変だったけれど、忘れられない幸せな時間だった。
 ココは、基本的に わたし達と一緒に子育てをする、というスタンスだったので、子犬達の世話を、わたしやおばあちゃんがするのを、当たり前のように受け入れていた。

 そうして、家では犬達との穏やかな生活をする中、おばあちゃんが昨年、心臓の病気であっけなく亡くなってしまい、わたしには、おばあちゃん名義の古い家と、犬達が残されたのだった。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣
恋愛
女子大生の花恋は、いつものように大学に向かう途中、季節外れの鯉のぼりと共に異世界に聖女として召喚される。 ところが花恋を召喚した王様や黒ローブの集団に偽聖女と言われて知らない森に放り出されてしまう。 涙がこぼれてしまうと鯉のぼりがなぜか執事の格好をした三人組みの聖獣に変わり、元の世界に戻るために、一日三回のキスが必要だと言いだして……。 女子大生の花恋と甘やかな聖獣たちが、いちゃいちゃほのぼの逆ハーレムをしながら元の世界に戻るためにちょこっと冒険するおはなし。 ◇表紙イラスト/知さま ◇鯉のぼりについては諸説あります。 ◇小説家になろうさまでも連載しています。

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

悪役女王アウラの休日 ~処刑した女王が名君だったかもなんて、もう遅い~

オレンジ方解石
ファンタジー
 恋人に裏切られ、嘘の噂を立てられ、契約も打ち切られた二十七歳の派遣社員、雨井桜子。  世界に絶望した彼女は、むかし読んだ少女漫画『聖なる乙女の祈りの伝説』の悪役女王アウラと魂が入れ替わる。  アウラは二年後に処刑されるキャラ。  桜子は処刑を回避して、今度こそ幸せになろうと奮闘するが、その時は迫りーーーー

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

異世界転移した私と極光竜(オーロラドラゴン)の秘宝

饕餮
恋愛
その日、体調を崩して会社を早退した私は、病院から帰ってくると自宅マンションで父と兄に遭遇した。 話があるというので中へと通し、彼らの話を聞いていた時だった。建物が揺れ、室内が突然光ったのだ。 混乱しているうちに身体が浮かびあがり、気づいたときには森の中にいて……。 そこで出会った人たちに保護されたけれど、彼が大事にしていた髪飾りが飛んできて私の髪にくっつくとなぜかそれが溶けて髪の色が変わっちゃったからさあ大変! どうなっちゃうの?! 異世界トリップしたヒロインと彼女を拾ったヒーローの恋愛と、彼女の父と兄との家族再生のお話。 ★掲載しているファンアートは黒杉くろん様からいただいたもので、くろんさんの許可を得て掲載しています。 ★サブタイトルの後ろに★がついているものは、いただいたファンアートをページの最後に載せています。 ★カクヨム、ツギクルにも掲載しています。

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

処理中です...