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第一章
マナの受難の日々
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普段のわたしは、曰く、ぼっち体質の人、と周りには思われている。
小学校低学年の時に、両親を交通事故で一度に失い、その後は、父方の祖母に育てられた。
祖父も、とうに他界していたので、おばあちゃんの苦労は、いかばかりだったろうか、と思う。
けれど、小学生くらいの子供は、時に、驚くほど残酷だ。
授業参観の時に、せっかく来てくれた祖母をみて、クラスの男子たちは、すぐにからかいの種を見つけた、とばかりに騒ぎ出す。
「なんだよ、ばあちゃん来てんの、誰んトコだよ!」
くす、くす、くす、くす。
あの時のおばあちゃんは、わたし以上に、居たたまれなかっただろう。
そして、その時以降、わたしはずっと “ばばぁ” とからかわれ続ける事になる。
そんな小さな頃から、わたしの人間不信は、少しずつ醸成されていく。
学生時代は、ほとんど人と深く関わらずに、やり過ごしてきた。
卒業後、ようやく就職した会社では、事務職に就いたが、そこで初めて、親友と言っていい程、仲良くなれる女性と出会う。
会社の先輩であり、わたしの教育係となった畑野洋子さん。
今時の派手な美人で、明るく頼もしい姉御肌の彼女は、教育係としてだけでなく、何かと、わたしの世話を焼いてくれた。
同じ会社の、営業職の彼氏と共に、わたしを交えて、飲みに行ったり、休日にキャンプに行ったり、そんな友達付き合いは、わたしにとっては、初めての事ばかりでとても楽しかった。
けれど、そんな幸せな時間は、あっという間に終わりを告げる。
ある日、いつものように、洋子さんと、彼氏である杉本直哉さんと、休日に飲みに行く事になり、お店に向かうと、そこには直哉さんしか来ていなかった。
「洋子さんは? まだですか?」
いつもなら、二人揃っているはずなのに、と疑問に思って聞くと、
「いや、今日は、洋子は誘ってないんだ。 真奈ちゃんに、話があってさ」
「そうなんですか? 話ってなんでしょう」
訝しく思いつつも、努めて明るく答える。
「いや、まぁまぁ。 まずは何か飲もうよ、最初は、ビールでいい?」
そういって、生ビールを注文すると、取り敢えず乾杯をする。
「真奈ちゃんさ、今、彼氏とか、いないんだよね?」
「はぁ、そうですね」
「あのさ、良かったら、俺と結婚を前提に付き合ってくれないかな?」
「え?」
「真奈ちゃんならさ、真面目だし、働き者だし、安心して家を任せられそうな気がするんだよね」
「あの、洋子さんは……」
「いや、洋子もさ、美人だし、いい女だとは思うんだけど、あいつ、やっぱり派手だしさ。 遊びで付き合ってる分には、いいんだけど、結婚となると、ちょっと違う訳よ」
「…………」
「それに、あいつ、あれで専業主婦希望だって言うんだぜ。 今時、専業主婦はキツイでしょ。 やっぱ、共働きで、奥さんも稼いでくれないと」
「…………」
「だからさ、その点、真奈ちゃんなら、いい家庭を、築いていけそうな気がするんだよね。 俺の事、嫌いじゃないでしょう? キャンプの時、俺のために作って来てくれた肉じゃが、旨かったな~」
そう言って、にやりと笑った直哉さんの顔を、わたしは、直視出来なかった。
(あの肉じゃがは、貴方のために作ったんじゃ、ありません)
言いかけて、飲み込む。
端的に言って、気持ち悪かった。
自分の彼女と、友人関係にある私と、なぜ、そういう関係になろうと思えるのか?
モラルとして、気持ちが悪かった。
「あの、わたし帰ります」
「え? 待ってよ、真奈ちゃん」
「直哉さんと、お付き合いとか、あり得ませんから。すみません」
そう言って、自分の分の、お勘定分のお金をテーブルに置くと、わたしは、席を立った。
しかし、翌日、会社に行くと、すぐに洋子さんに呼び出される。
給湯室で、喫煙者である洋子さんは、イライラとした様子で、灰皿にタバコの灰を落とす。
「真奈ちゃんさ、どういうつもり?」
「あ、あの?」
「あたし、昨日、直哉に振られたんだけど?」
「わたしは、別に何も……」
「あいつ、真奈ちゃんに、プロポーズしたって言ってたんだけど?」
「…………」
「あたし、直哉と本気で付き合ってて、結婚も当然するもんだって思ってたのよね。 まさか、あんたに取られるなんてね」
「わたし、取ってなんていません。 ちゃんと、直哉さんには、お断りしました」
「あんな、高スペックな男、もう、捕まえらんないわよ、どうするのよ? あたし、もう29よ? 直哉と結婚して、寿退社で子供産んで、そんなあたしの夢が、全部台無しよ」
「あの、あの……。 すいませんでした」
「はぁ~~~~~~、もういいわ。 仕事戻ったら?」
「はい、あの……」
「もういいってば! あんたとは、もう口も聞きたくないし、顔も、見たくないのよ!」
「はい、すみません……」
そうして、初めての、楽しい友達付き合いは、幕を下ろした。
そして、その日から、社内の女性陣からの、いじめが始まったのだ。
結局、せっかく頑張って就職した会社は、辞めざるを得なくなってしまった。
いじめが、つらかったのもあるが、仕事が成り立たなくなり、ほぼ、クビも同然だった。
必要な書類を捨てられる、資料をシュレッダーにかけられる、PCのデータを消される。そんな事が続けば、仕事に支障が出るのは当たり前だった。
そして、ことあるごとに
「先輩の男を取った、恥知らず」
と、陰口を言われ続けた。
自然と、周りの女性だけでなく、男性社員も、わたしを遠巻きにするようになっていった。
一方の、直哉さんはというと、あの後、すぐに派遣の若い女の子に手を出していたらしく、妊娠発覚、おめでた婚へと進んでいた。
相手の女の子は、妊娠が分かると同時に、退社してしまったので、わたしへの風当たりに、変化はなかった。
そんな状況が、半年も続いた頃、神経性胃炎を起こした わたしは会社で倒れ、そのまま病院へ救急搬送。
大事を取って、入院となった。
翌日、見舞いに来た上司に、
「もう、ここいらで、考えた方がいいんじゃないか?」
と、自主退社を促された。
退院後に、退職届を提出した際には、
「これに懲りたらさ、もう少し、考えた方がいいよ。 会社は、仕事する場であって、男を捕まえる所じゃないからね」
と、言い放たれた。
わたしには、もう反論する気力もなく
「ご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした。 お世話になりました」
と、頭を下げるので精一杯だった。
こうして、わたしは会社を去ることになったのだ。
それからは、派遣会社に登録して、派遣社員として働くようになる。
しかし、行く先々で、今度はセクハラに悩まされた。
ある時、飲み会に誘われて参加した。
女性は、わたしと誘ってくれた同僚の佐野ちゃん。
男性陣は、普段は交流のない部署の3名だったが、みんな既婚者だった。
その中の、大野係長は若手の出世頭らしく、日焼けした肌に、にこやかな口元、自信にあふれているタイプに見えた。
その係長に、飲みの間、口説かれ続け、辟易した わたしは、2次会への誘いを断って帰宅した。
しかし、その翌日に佐野ちゃんが
「昨夜、あれから大野係長にキスされちゃって~」
と、頬を赤らめて、嬉しそうに報告をしてきたのだ。
(わたしが、誘いに乗らなかったから、矛先を、佐野ちゃんに向けたんだろうか?)
と、彼女に申し訳ない思いがよぎる。
別の日、配属先の部署での忘年会でも、1次会の食事だけで帰ろうとしていると、普段から、わたしに気があるのか、と思わせる言動の多かった課長に、
「女子は、2次会、絶対参加な!」
と、声を掛けられる。
仕方なく、部署の女の子3名で、2次会のカラオケについて行ったが、やはり身の危険を感じたので、途中で気分が悪くて、と言い訳をして帰った。
しかし、やはりその後、課長は大荒れに荒れて、残された2名の派遣の女の子達に、セクハラ行為をしたのだそう。
彼女達は、
「カラオケのデュエットしようって、仕方なく歌ったら、すっごい顔近付けられて、最悪ですよ」
と、泣いていた。
どうやら、わたしが危機感を抱いて、セクハラから逃げると、他の女の子達に、とばっちりがいってしまうようだ。
そう思ったわたしは、それから、一切の飲み会への参加を拒否するようになった。
それでも、日々のセクハラ行為は後を絶たない。
帰りの駅のホームで待ち伏せされたり、朝のミーティングの時に、不意にぐいっと近づかれたり、資料を渡される時に手に触れてきたり。
一度、教えていないはずの携帯電話に、課長から休日に電話が来た時には、さすがに部長に報告をしたが、結局、派遣契約を打ち切りにされて、追い出されたのは、わたしの方だった。
あの時、別の社員のおじさんに
「小日向さんは、賢いからなぁ」
と、言われたのは、逆の意味だったんだろう、馬鹿正直に報告なんてして、仕事を無くすのは、あなただよ、と。
つまらないトラブルや、根拠のない罪悪感を感じるよりも、一人で、気楽に過ごす方がずっといい。
会社には、人付き合いに行っているのではないのだ、仕事さえ、させてもらえばそれでいい。
わたしは、極力、人と接するのを避けるようになる。
そんなわたしの、唯一の癒しは、おばあちゃんと犬達だった。
最初の会社を辞めた時、憔悴した わたしを心配したおばあちゃんが、散歩のお供に、と知り合いのブリーダーさんから、譲ってもらったのがココだった。
トライカラーの、生後三か月の小さいパピヨンは、たちまち、なくてはならない家族の一員になり、わたしの心も癒してくれた。
ココが3歳になった頃、一度だけ、是非とも繁殖させてほしい、と熱心にブリーダーさんに頼まれ、お見合いをして、ココは妊娠した。
相手のコは、イギリスチャンピオン犬のこどもだと言う事で、白茶の、とても可愛らしい顔つきのコだった。
その時に生まれたのが、ハクとミルクだ。
ハクは、ココと同じトライカラーだったが、耳が立たずにファーレンになった。
パピヨンで、耳の立っていないコは、蛾を意味するファーレンという別種に分類される。
昔は、ファーレンのほうが一般的だったらしいが、今では希少種だそう。
そしてミルクは、パパ譲りの白茶の女の子だったが、とても小さくて、ココは4kg、ハクは5kgにもなったが、成犬になっても2.6kgという小ささだ。
もう一匹、生まれた白茶の女のコは、ブリーダーさんに引き取られた。
生まれたてからすぐの、世話をした日々は、寝不足で大変だったけれど、忘れられない幸せな時間だった。
ココは、基本的に わたし達と一緒に子育てをする、というスタンスだったので、子犬達の世話を、わたしやおばあちゃんがするのを、当たり前のように受け入れていた。
そうして、家では犬達との穏やかな生活をする中、おばあちゃんが昨年、心臓の病気であっけなく亡くなってしまい、わたしには、おばあちゃん名義の古い家と、犬達が残されたのだった。
小学校低学年の時に、両親を交通事故で一度に失い、その後は、父方の祖母に育てられた。
祖父も、とうに他界していたので、おばあちゃんの苦労は、いかばかりだったろうか、と思う。
けれど、小学生くらいの子供は、時に、驚くほど残酷だ。
授業参観の時に、せっかく来てくれた祖母をみて、クラスの男子たちは、すぐにからかいの種を見つけた、とばかりに騒ぎ出す。
「なんだよ、ばあちゃん来てんの、誰んトコだよ!」
くす、くす、くす、くす。
あの時のおばあちゃんは、わたし以上に、居たたまれなかっただろう。
そして、その時以降、わたしはずっと “ばばぁ” とからかわれ続ける事になる。
そんな小さな頃から、わたしの人間不信は、少しずつ醸成されていく。
学生時代は、ほとんど人と深く関わらずに、やり過ごしてきた。
卒業後、ようやく就職した会社では、事務職に就いたが、そこで初めて、親友と言っていい程、仲良くなれる女性と出会う。
会社の先輩であり、わたしの教育係となった畑野洋子さん。
今時の派手な美人で、明るく頼もしい姉御肌の彼女は、教育係としてだけでなく、何かと、わたしの世話を焼いてくれた。
同じ会社の、営業職の彼氏と共に、わたしを交えて、飲みに行ったり、休日にキャンプに行ったり、そんな友達付き合いは、わたしにとっては、初めての事ばかりでとても楽しかった。
けれど、そんな幸せな時間は、あっという間に終わりを告げる。
ある日、いつものように、洋子さんと、彼氏である杉本直哉さんと、休日に飲みに行く事になり、お店に向かうと、そこには直哉さんしか来ていなかった。
「洋子さんは? まだですか?」
いつもなら、二人揃っているはずなのに、と疑問に思って聞くと、
「いや、今日は、洋子は誘ってないんだ。 真奈ちゃんに、話があってさ」
「そうなんですか? 話ってなんでしょう」
訝しく思いつつも、努めて明るく答える。
「いや、まぁまぁ。 まずは何か飲もうよ、最初は、ビールでいい?」
そういって、生ビールを注文すると、取り敢えず乾杯をする。
「真奈ちゃんさ、今、彼氏とか、いないんだよね?」
「はぁ、そうですね」
「あのさ、良かったら、俺と結婚を前提に付き合ってくれないかな?」
「え?」
「真奈ちゃんならさ、真面目だし、働き者だし、安心して家を任せられそうな気がするんだよね」
「あの、洋子さんは……」
「いや、洋子もさ、美人だし、いい女だとは思うんだけど、あいつ、やっぱり派手だしさ。 遊びで付き合ってる分には、いいんだけど、結婚となると、ちょっと違う訳よ」
「…………」
「それに、あいつ、あれで専業主婦希望だって言うんだぜ。 今時、専業主婦はキツイでしょ。 やっぱ、共働きで、奥さんも稼いでくれないと」
「…………」
「だからさ、その点、真奈ちゃんなら、いい家庭を、築いていけそうな気がするんだよね。 俺の事、嫌いじゃないでしょう? キャンプの時、俺のために作って来てくれた肉じゃが、旨かったな~」
そう言って、にやりと笑った直哉さんの顔を、わたしは、直視出来なかった。
(あの肉じゃがは、貴方のために作ったんじゃ、ありません)
言いかけて、飲み込む。
端的に言って、気持ち悪かった。
自分の彼女と、友人関係にある私と、なぜ、そういう関係になろうと思えるのか?
モラルとして、気持ちが悪かった。
「あの、わたし帰ります」
「え? 待ってよ、真奈ちゃん」
「直哉さんと、お付き合いとか、あり得ませんから。すみません」
そう言って、自分の分の、お勘定分のお金をテーブルに置くと、わたしは、席を立った。
しかし、翌日、会社に行くと、すぐに洋子さんに呼び出される。
給湯室で、喫煙者である洋子さんは、イライラとした様子で、灰皿にタバコの灰を落とす。
「真奈ちゃんさ、どういうつもり?」
「あ、あの?」
「あたし、昨日、直哉に振られたんだけど?」
「わたしは、別に何も……」
「あいつ、真奈ちゃんに、プロポーズしたって言ってたんだけど?」
「…………」
「あたし、直哉と本気で付き合ってて、結婚も当然するもんだって思ってたのよね。 まさか、あんたに取られるなんてね」
「わたし、取ってなんていません。 ちゃんと、直哉さんには、お断りしました」
「あんな、高スペックな男、もう、捕まえらんないわよ、どうするのよ? あたし、もう29よ? 直哉と結婚して、寿退社で子供産んで、そんなあたしの夢が、全部台無しよ」
「あの、あの……。 すいませんでした」
「はぁ~~~~~~、もういいわ。 仕事戻ったら?」
「はい、あの……」
「もういいってば! あんたとは、もう口も聞きたくないし、顔も、見たくないのよ!」
「はい、すみません……」
そうして、初めての、楽しい友達付き合いは、幕を下ろした。
そして、その日から、社内の女性陣からの、いじめが始まったのだ。
結局、せっかく頑張って就職した会社は、辞めざるを得なくなってしまった。
いじめが、つらかったのもあるが、仕事が成り立たなくなり、ほぼ、クビも同然だった。
必要な書類を捨てられる、資料をシュレッダーにかけられる、PCのデータを消される。そんな事が続けば、仕事に支障が出るのは当たり前だった。
そして、ことあるごとに
「先輩の男を取った、恥知らず」
と、陰口を言われ続けた。
自然と、周りの女性だけでなく、男性社員も、わたしを遠巻きにするようになっていった。
一方の、直哉さんはというと、あの後、すぐに派遣の若い女の子に手を出していたらしく、妊娠発覚、おめでた婚へと進んでいた。
相手の女の子は、妊娠が分かると同時に、退社してしまったので、わたしへの風当たりに、変化はなかった。
そんな状況が、半年も続いた頃、神経性胃炎を起こした わたしは会社で倒れ、そのまま病院へ救急搬送。
大事を取って、入院となった。
翌日、見舞いに来た上司に、
「もう、ここいらで、考えた方がいいんじゃないか?」
と、自主退社を促された。
退院後に、退職届を提出した際には、
「これに懲りたらさ、もう少し、考えた方がいいよ。 会社は、仕事する場であって、男を捕まえる所じゃないからね」
と、言い放たれた。
わたしには、もう反論する気力もなく
「ご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした。 お世話になりました」
と、頭を下げるので精一杯だった。
こうして、わたしは会社を去ることになったのだ。
それからは、派遣会社に登録して、派遣社員として働くようになる。
しかし、行く先々で、今度はセクハラに悩まされた。
ある時、飲み会に誘われて参加した。
女性は、わたしと誘ってくれた同僚の佐野ちゃん。
男性陣は、普段は交流のない部署の3名だったが、みんな既婚者だった。
その中の、大野係長は若手の出世頭らしく、日焼けした肌に、にこやかな口元、自信にあふれているタイプに見えた。
その係長に、飲みの間、口説かれ続け、辟易した わたしは、2次会への誘いを断って帰宅した。
しかし、その翌日に佐野ちゃんが
「昨夜、あれから大野係長にキスされちゃって~」
と、頬を赤らめて、嬉しそうに報告をしてきたのだ。
(わたしが、誘いに乗らなかったから、矛先を、佐野ちゃんに向けたんだろうか?)
と、彼女に申し訳ない思いがよぎる。
別の日、配属先の部署での忘年会でも、1次会の食事だけで帰ろうとしていると、普段から、わたしに気があるのか、と思わせる言動の多かった課長に、
「女子は、2次会、絶対参加な!」
と、声を掛けられる。
仕方なく、部署の女の子3名で、2次会のカラオケについて行ったが、やはり身の危険を感じたので、途中で気分が悪くて、と言い訳をして帰った。
しかし、やはりその後、課長は大荒れに荒れて、残された2名の派遣の女の子達に、セクハラ行為をしたのだそう。
彼女達は、
「カラオケのデュエットしようって、仕方なく歌ったら、すっごい顔近付けられて、最悪ですよ」
と、泣いていた。
どうやら、わたしが危機感を抱いて、セクハラから逃げると、他の女の子達に、とばっちりがいってしまうようだ。
そう思ったわたしは、それから、一切の飲み会への参加を拒否するようになった。
それでも、日々のセクハラ行為は後を絶たない。
帰りの駅のホームで待ち伏せされたり、朝のミーティングの時に、不意にぐいっと近づかれたり、資料を渡される時に手に触れてきたり。
一度、教えていないはずの携帯電話に、課長から休日に電話が来た時には、さすがに部長に報告をしたが、結局、派遣契約を打ち切りにされて、追い出されたのは、わたしの方だった。
あの時、別の社員のおじさんに
「小日向さんは、賢いからなぁ」
と、言われたのは、逆の意味だったんだろう、馬鹿正直に報告なんてして、仕事を無くすのは、あなただよ、と。
つまらないトラブルや、根拠のない罪悪感を感じるよりも、一人で、気楽に過ごす方がずっといい。
会社には、人付き合いに行っているのではないのだ、仕事さえ、させてもらえばそれでいい。
わたしは、極力、人と接するのを避けるようになる。
そんなわたしの、唯一の癒しは、おばあちゃんと犬達だった。
最初の会社を辞めた時、憔悴した わたしを心配したおばあちゃんが、散歩のお供に、と知り合いのブリーダーさんから、譲ってもらったのがココだった。
トライカラーの、生後三か月の小さいパピヨンは、たちまち、なくてはならない家族の一員になり、わたしの心も癒してくれた。
ココが3歳になった頃、一度だけ、是非とも繁殖させてほしい、と熱心にブリーダーさんに頼まれ、お見合いをして、ココは妊娠した。
相手のコは、イギリスチャンピオン犬のこどもだと言う事で、白茶の、とても可愛らしい顔つきのコだった。
その時に生まれたのが、ハクとミルクだ。
ハクは、ココと同じトライカラーだったが、耳が立たずにファーレンになった。
パピヨンで、耳の立っていないコは、蛾を意味するファーレンという別種に分類される。
昔は、ファーレンのほうが一般的だったらしいが、今では希少種だそう。
そしてミルクは、パパ譲りの白茶の女の子だったが、とても小さくて、ココは4kg、ハクは5kgにもなったが、成犬になっても2.6kgという小ささだ。
もう一匹、生まれた白茶の女のコは、ブリーダーさんに引き取られた。
生まれたてからすぐの、世話をした日々は、寝不足で大変だったけれど、忘れられない幸せな時間だった。
ココは、基本的に わたし達と一緒に子育てをする、というスタンスだったので、子犬達の世話を、わたしやおばあちゃんがするのを、当たり前のように受け入れていた。
そうして、家では犬達との穏やかな生活をする中、おばあちゃんが昨年、心臓の病気であっけなく亡くなってしまい、わたしには、おばあちゃん名義の古い家と、犬達が残されたのだった。
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